83 救国の姫君2
空中にポッカリ空いた穴は、まるでテレビ画面みたいにこことはまったくちがう場所を映していた。
派手で豪華な広間の奥には、とっても大きな玉座に座っている赤い女の人の姿が見える。
これはきっと、この国の王都のお城が見えているんだ。
でも向こうはこっちに気付いていないみたいで、本当にテレビみたい。
炎のように逆立った真っ赤な髪の女王様は、玉座にふんぞり返っていろんな人たちをどなりつけてる。
カンカンギャンギャンとわめき立てて、家来のような人たちはヒーヒーした顔でそれを受け止めていた。
「さて、なんでこんなものがここにあるのかは知らないけれど、好都合じゃないか? このまま女王のいる玉座の間に乗り込んでしまえば、することは最終決戦だけだよ」
夜子さんはあぐらをかいたままぷわーっと浮かび上がる。
のんきで他人事で素知らぬ顔で、適当な言い方をしながら。
この穴を通れば女王様のところまで一直線でいける。
そして女王様を倒してわがままやひどいことをやめさせれば、別にこの国全部をわたしの『りょういき』にする必要はないんだ。
「け、けどよ、大丈夫か? 女王陛下だって強力な魔法使いだ。それにいくら手薄だからって、いきなり城の只中に飛び込むなんて……」
「案外慎重だねぇ。君は結構、細かいことは気にせず先頭をきるタイプだと思ったんだけどなぁ」
『ふあん』をこぼしたレオに、夜子さんはすこしイジワルな言い方をした。
「心配には及ばないよ。君たちになら、アリスちゃんにならできる。『真理の
ムッとするレオを無視して、夜子さんは一人でペラペラとそゃべる。
そして穴の向こうでガミガミさわいでいる女王様を見て、肩をすくめながらため息をついた。
「それにそもそも、王族特務や魔女狩りなんかの一流の魔法使いたちが、本気で女王の命令を聞いて本気で戦ってれば、さすがに君たちの解放はもっとずっとてこずっていたはずだ。つまりもうすでに、女王の支持は落ちぶれている。彼女は丸裸同然さ」
確かに、この国の人たちはみんな女王様にこまって、きらってた。
女王様側の人たちの中にも、そんな風に思っている人たちがいたっておかしくないんだ。
しょーがなくとか、いやいやとか、いろんな理由があってしぶしぶ働いているだけかもしれない。
「力も運命も情勢も、そして人の心も、全て君たちの味方をするだろう。アリスちゃんの味方をするだろう。後は君たちの決意次第さ。まぁ、私は何にも強制したりしないよ」
「わたしたちの、決意次第……」
いざ女王様のところまで行けるってなると、とっても心臓がバクバクする。
今までの戦いだって別にこわくなかったわけじゃない。
わたしの中にどんなに強い力があったって、人とぶつかり合うのはとってもこわいことだから。
レオが言うように、このまま突っ込んでいっていいのかって『ふあん』はある。
でも今行かなかったら、じゃあいつ行けるんだろう。
一刻も早くこの国を平和にしたいんだもん。チャンスは、すこしでも見逃してる場合じゃない。
レオとアリアがわたしの顔をジッと見てきた。
その目にはすこしだけ『ふあん』があるけれど、でもわたしを信じてるってその顔が言っている。
こわいこと、あぶないこと、無茶なこと。今までたくさんしてきた。
基本いつもわたしが思うままにめちゃくちゃやって、二人にフォローしてもらってたけど。
でも、そうやってここまで来られたのは、わたしたちが三人でがんばってきたからだ。
だからきっと大丈夫。
こわくても、無理だと思っても、きっとわたしたちなら。
今まで出会ってきたたくさんの友達の心が、わたしたちに力を貸してくれるから。
この国の平和を願っている人たちの気持ちが、きっとわたしたちを支えてくれるから。
だから、大丈夫だ。
「行こう、二人とも。一気に女王様のところに。ちょっとでも早く、わたしはこの国を平和にして、みんなが笑っていられる場所にしたい!」
二人の手をにぎって、わたしは力強く言った。
ずっとずっとわたしと一緒にいてくれた、とっても大切な友達。
レオとアリアが住むこの国を良い国にするために、わたしは最後までがんばりたいから。
今一番守りたい友達がここにいるから、わたしは戦える。
「アリスならそう言うと思ったよ。せっかく今まで頑張ってきたんだもん。目の前にゴールがあるなら飛び込まないとね。わたしはアリスの気持ちに、アリスの夢についていくよ」
キリッと顔を引き締めて、アリアは落ち着いた声でうなずいた。
いつもとっても頼りになる、しっかり者で大人っぽい、お姉さんなアリア。
わたしのことをぜったいに信じるって、その真っ直ぐな目が教えてくれた。
「無茶だ無謀だって、今更お前に言ってもしょーがねぇしな。やるべき時はやるしかねぇ。お前はいつも通り突き進め。お前はそうやって、いつも自分の希望で道を開いてきた。他のことはどうにかしてやるよ」
レオはやれやれって肩をすくめながら、でもその目には燃えるような熱い気持ちがこもっていた。
いつでもわたしたちを守ってくれる、力強いお兄さん。
レオがいてくれれば、わたしは何にもこわくない。
三人で手をつないで、みんなの気持ちを確かめ合う。
わたしたちはずっと一緒だった。
一緒に旅をして、冒険をして、ご飯を食べる時も寝る時も、戦う時だってずっと一緒。
そして、この心もいつだってつながってる。
いままでもこれからも、わたしたちは大切な友達だ。
だからこそわたしは、二人のためにこの国を平和にしたい。
そして二人はそんなわたしについてきてくれる。
もうわたしたちに、迷いなんてない。
運命とか宿命とか。
そういうのもあるのかもしれないけど、でも関係ない。
わたしが、わたしたちがしたいって思うから突き進む。それだけなんだ。
「…………」
そんなわたしたちを夜子さんは静かな目で見ていた。
いつものニヤニヤ顔じゃなくて、どこか『ものうげ』でさみしそうな、しんみりとした顔だった。
「こうなる運命だったか……いや、きっとそうじゃないんだろうね。運命も宿命もあったし、使命すら背負ったけど、この道を選んだのはアリスちゃん自身の意思。けれどそれが、私にはちょっぴり皮肉にも見えるよ」
心を決めたわたしたちを見ながら、夜子さんはひとりごとのようにつぶやいた。
わたしにはその言葉の意味がわからなかっけど、今はそれを考えている暇はなかった。
二人とつないでいる手の温かさを感じて、目の前の覚悟を決めることで頭がいっぱいだったから。
そんなわたしを見て、夜子さんはやんわりと笑った。
「さぁ、思うままに行きなさい。私はただ、それを見守るよ。私はただの傍観者。指示を出したり助けたりはしない。ただ事実を告げ、見ているだけのお姉さんさ。だから、君が感じて君が決めたことを、成しなさい」
「うん。わかった……!」
夜子さんはそう言うと、すーっと空気にとけるように消えてしまった。
残ったのは空中にポッカリ空く穴だけ。そして、わたしとレオとアリアの三人だけ。
もう言葉なんて必要なくて、思ってることは全部伝わった。
ソファーから立ち上がるのも、手をはなさないのも、穴まで歩いていくのも、口を開かなくてもみんなわかってる。
穴の向こうの女王様は、ずっとわめき散らしてる。
自分の思い通りにいかないって、気に食わないって『かんしゃく』を起こしてるのかな。
そのガミガミを受けてる家来の人たちは、とっても辛そうに見えた。
わたしたちが、終わらせよう。
この国で生きているたくさんの人のために。
ぎゅっと手をにぎり直して、わたしたちは勢いよく穴の中に飛び込んだ。
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