72 お花畑と城と剣6
ひんやりと、冷たさが手のひらにしみ渡った。
寒いところにずっと置いてあったみたいに、キンキンに冷たい。
そう思った瞬間、わたしがにぎっているところが急に熱くなって、それと同じように胸の奥底が熱くなった。
力を使える時と同じあの熱さが、ものすごい勢いでふくれ上がるのを感じる。
「っ…………!」
胸の奥、心の奥底で、とっても大きな中がふくらんで、わたしを押しのけて押しやぶって出てきそうな感じ。
体の内側からはち切れそうな何か大きなものがこみ上げてきている。
わたし自身がというよりは、心が押しつぶされるような気がした。
体は何にも痛くないのに、心が、気持ちがとても苦しい。
わたしは『とっさ』に剣から手をはなそうとしたけど、でもわたしの手は言うことを聞いてくれない。
燃えちゃいそうなほどに熱く感じる黒い剣の柄を、しっかりにぎったまま。
わたしの体は石像にでもなっちゃったみたいに、ぜんぜん動かなくなっちゃって。
剣から手をはなすことも、ここからはなれることも、指一本動かすこともできなかった。
だからわたしは、自分の内側でふくれ上がる大きな力を、ただただガマンすることしかできなかった。
胸の熱さと剣の熱さ。
二つはつながってるみたいに一緒に強くなっていく。
イスにつきささったままの剣はカタカタと小さくふるえだして、胸の熱さはその熱が体中に広がりだす。
もうどうしたらいいのかわからない。
この熱さに飲み込まれて、わけがわかんなくなっちゃうかもしれない。
そう思った時────
『どうして、ここに帰ってきてしまったのかしら』
あの、静かで重い、冷たい声が頭の中でひびいた。
何回か聞いた、女の人の声────ドルミーレの声。
『わたしはただ、眠っているだけなのに。静かに、眠っていただけなのに』
つぶやくような声がひびく。
ねむそうな、ねぼけているような、すこしトロンとした声。
それでもやっぱりその声は暗くて、ちょっとこわい。
『まだ私は眠っていたいのよ。外のことなんてどうでもいいんだから』
「あなたは、ドルミーレなの?」
聞こえるかはわからなかったけど、わたしは思わず質問しちゃった。
だって、もう何回もわたしの頭の中でしゃべってるのに、名前は教えてくれないし、いつもひとりごとばっかり。
そろそろ、なんでわたしの中でしゃべってるのか教えてほしかった。
わたしの声が聞こえたのか、その声は『はぁ……』とおもーいため息をついた。
『あなたと関わるつもりだって、私にはなかった。なのにあなたが勝手にこっちへ来るから。私はただ安らかに、平穏に眠っていたかったのに。あなたが勝手に私との距離を縮めて、その騒音を私に響かせるものだから……』
「どういうこと? 私がこっちの世界に来ると、どうしてあなたがうるさい思いをするの?」
『あなたの感情はうるさいのよ。今までは気にならなかったのに、こっちへ来てあなたが色々なものに触れるから、それはどうしても私のところまで届く』
「…………???」
確かにわたしはこっちの世界に来てから、ワクワクしたりドキドキしたり、ウキウキしたりハラハラしたり。
元の世界にいた時よりも色んなことを『たいけん』して、楽しいことも大変なこともいっぱいだ。
でも、どうしてそれをドルミーレはうるさがるんだろう。
これは、わたしの気持ちなのに。
『まぁいいわ。よくはないけれど、言っていても仕方がないもの。それよりも、あなたがこんな所まで来て、しかもその剣を手にするまでに至ったことが問題だわ。騒音だけでは飽き足らず、直接的に私の眠りを妨げにくるなんてね』
「えっと、ごめんなさい。別にあなたを起こそうと思ったわけじゃないの。でも、わたしは力がほしかった。わたしの中にはあなたの……ドルミーレの力があるみたい、だから。その力をもっとちゃんと使えるようになって、わたしは友達を助けられるようにしたいの」
『………………』
声が、ドルミーレの声が急にだまっちゃった。
だまってるのに、重苦しくて『いごこち』の悪い『ふんいき』がずしっと伝わってくる。
それからすこしだまっている時間が続いてから、ゆっくりとまた静かな声がひびいた。
『誰かを、他人を救うことが良いとは限らない。救いは幸福とは限らないし、それをすることによって不幸に陥ることもある。人間は、愚かな生き物。私は、人を救うことに価値を見出せないわ。そもそも、人に価値なんてないのよ』
「そ、そんなことないよ……! わたしは、友達のことが大好きだもん! 友達に助けてもらったり、守ってもらったらうれしい。だからわたしも、同じものを返してあげたいの! だからわたしは、大好きな友達がいるこの国を、救いたい……!」
『……』
今度だまったのは、少しだけ。
でもその後に舌打ちがまじったため息が聞こえた。
『あなたはどうして、そんなにも私と違うのかしら。育った環境? 世界が違うから? どうしてあなたは……』
「えっと、だってわたしはわたしだもん。あなたとちがうのは、当たり前じゃないの?」
『………………そうね』
はき捨てるみたいに、でもどこかちょっぴりさみしそうに、ドルミーレは小さく答えた。
顔も姿も見えなくて声だけなのに、とってもこわい顔をしてそうなのがわかる。
『────力が欲しいと言ったわね。使いたいのなら勝手に使えば良いわ』
「いいの?」
『好きになさい。わたしが
投げやりな、どうでもよさそうな言葉。
でもその声はどんどん重くなっていって、なんだか怒っているように、ズンとひびいた。
『私の力は呪われた力。人の身と、この世界に余る、過ぎた力。存在してはならなかった、禁断の神秘。この世界と、この国に蔓延る呪いそのもの。あなたは、それがわかっていて?』
「っ………………!」
ゾワゾワッと、体中の肌がひっくり返るような鳥肌が、頭のてっぺんから爪先まで駆け抜けた。
妖精さんの村の時みたいな、黒くて悪い気持ちがわたしの中をぐるぐる回る。
それがとっても気持ち悪くて、こわくて。全身がガクガクふるえるのを感じた。
『それが、あなたが求めた力。『魔女』と蔑まれた私の力。あなたはこの力でお友達とやらを救うと言うけれど。あなたの心が私に耐えられるのかしらね。見ものだわ』
「ひっ…………」
目の前が真っ暗になった。
心の中の、ドルミーレから流れてくる黒い気持ちがそのまま飛び出して、わたしの周りをかこんじゃったみたいに。
目の前が真っ暗になって、なにも見えなくて、とてもさみしくてこわくて。
ドルミーレの一言ひとことが、それこそ呪いみたいに気持ちを重くする。
その声を聞けば聞くほど、わたしの心がこわいと泣きさけびそうになる。
『さぁ、力に身を委ねてみると良いわ。あなたが私を呼んだのよ。ただ眠っていただけの私を呼んだのよ。こんなところまで来て、私の剣を手に取って、あまつさえこの国を救いたいだなんて言って。なんて生意気で、なんて無垢な……。そんなあなたに、望み通り私の力を使わせてあげましょう。この力は……強すぎる力の果ては虚無。孤独の海に溺れなさい』
冷たい声がわたしをつつむ。
氷のようなひんやりした静かな声が、心を突き刺すようにわたしにふりそそいだ。
その声で、心がぐちゃりとつぶれちゃいそうになる。
こわくて、さみしくて、つらくて。
何も見えないし何も聞こえないし、なにもわからない。
ただ、心の奥底から冷たくて暗いものがわたしを埋めつくしてく感覚だけがわかって。
それが何よりこわかった。
わたしがわたしじゃなくなるような。
だれもいない、さみしい場所に放り込まれたみたいな。
あったかさもやさしさも何もない、『こどく』とかなしさに包まれてるみたい。
やだ。こんなのいやだよ。
さみしいよ、かなしいよ、つらいよ、こわいよ。
どんなに力があったて、どんなに強くたって。
一人ぼっちなのは、いやだよ。
これがドルミーレの力を使うってことなの?
これがドルミーレの力で、これがドルミーレの気持ちなの?
こんなの、わたしにはたえられないよ。
一人なんていや。さみしいのも、暗いのも。
わたしは、いつだって大好きな友達と一緒にいたいんだもん。
……そうだ。友達。
わたしはいつだって友達とつながってるんだ。
なら、きっと今だって。ドルミーレのこの暗い力に包まれた今だってきっと……!
そう、思った時────
『アリスちゃん……!』
あられちゃんの声が、聞こえた。
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