58 妖精の喧嘩と始まりの力9

 むずかしいお話が頭の中をクルクルする。

『始まりの魔女』ドルミーレ。その力の『始まりの力』。そしてその力はわたしにあって……。


 今まで何回か、わたしは自分でもわからない力を使ってきた、みたい。

 女王様に追いかけられてた時だったり、動物さんたちの町で兵隊さんたちを追い返した時だったり。

 レオもアリアもわからなかった、なんだかすごいわたしの力。


 それが、その『始まりの力』なんだ……。

 大昔にいたっていう『始まりの魔女』が持っていた力を、わたしが持ってる。

 この『まほうつかいの国』でとってもきらわれて、いなかったことにされちゃった、だれも知らない昔の魔女。

 その人の力が、わたしにある。


 なんだかとっても不思議な気持ちだった。

 ソルベちゃんが話してくれることはいろいろむずかしくて、そもそも何にも知らないわたしにはちんぷんかんぷんなことばっかりなのに。


 それでも、そのドルミーレのことと、それからその力のことは、そういうものなんだって思えちゃって。

 ココノツさんが教えてくれた昔話だと、ドルミーレはみんなからきらわれて、退治されちゃった悪者。

 会ったことがあるっていうソルベちゃんも、こわい人だったって言ってた。

 魔法使いのレオとアリアも、『始まりの魔女』って呼ばれてるドルミーレのことはあんまりよく思ってないみたい。


 なのに、どうしてだろう。

 わたしはあんまり、わるい風には思えなくて。


 ココノツさんの昔話を聞いた時も、その力がわたしにあるって聞いても、そうは思えなかった。

 それはわたしがこの世界の子じゃなくて、なんにも知らないからなのかな。


「わたしには……その『始まりの力』には何ができるのかな? わたし、何にもわかってなくて」


 がんばって頭を動かしながら、わたしはなんとか質問した。

 腕に抱きついてきてるアリアと、手首をつかんではなさないレオ。

 なんだか二人は、あせってるような心配してるような、そんな顔でわたしを見てる。


 わたしの質問に、ソルベちゃんは腕を組んでうーんとうなった。


「僕もドルミーレの力のことを全部知ってるわけじゃないからなぁ。ただ、ドルミーレはなんでもできたよ。魔法を使いこなすようになってからは、彼女にできないことはなかったんじゃないかな。ただその頃にはもう、彼女は僕ら妖精と会わなくなってたから、詳しいことはわからないんだよねぇ」

「なんでも、かぁ。ざっくりしててわかんないよ〜」


『ぐたいてき』にこういうことができますっていうのがあれば、イメージしやすいのに。

 何でもできるって言われると、自由すぎてどうしていいのかわからなくなる。

 そもそもわたしは、自分の力のことについて何もわかってないのに。


 ぶぅと唇をつき出すと、ソルベちゃんはフフフと笑った。


「ごめんね。でも、あんまり難しく考えなくていいと思うよ。魔法は世界に働きかける力。世界という現実に自分の想像を反映させる力なんだ。君がこうしたいって強く想えば、その気持ちが力を伝って、世界はきっと応えてくれるよ」

「つよく、思う……」


 たしかに、今まで不思議なことが起きた時は、わたしがとにかく無我夢中な時だった。

 必死で、その場の気持ちでいっぱいになって。

 レオとアリアを、友達を守りたいって強くそう思った時に、胸の奥底がグッと熱くなったんだ。


 でも、じゃあまたいつでも同じようなことができる?って聞かれたらそれはうーんで。

 この力を使いこなせれば、わたしはもっと二人のために色んなことができるかもって、そう思ったのに。

 いつもわたしのことを助けてくれる二人に、わたしもできることがほしかった。

 でも、なかなかそううまくはいかないみたい。


「あーん。もうよくわかんないよー! 頭こんがらがりそうー!」

「アハハ。いつのまにかすっかり小難しい話になっちゃってたね。おっかしなぁー。はじめは僕ら妖精のことをお話してただけだったんだけどね〜」


 ソルベちゃんは楽しそうに笑いながら後ろ向きにぴょんと跳んで、ベッドにドカンと座った。

 確かに、最初はわたしたちとはぜんぜんちがう、妖精さんたちのことについての話だったよね。

 なんでこんなに話がそれちゃったんだっけなぁ……。


「せっかくだし、もっと楽しいお話をしようよ! そうだなぁ、何がいいかなぁ」

「ちょっと……ちょっと待ってくれ」


 うきうきニコニコしているソルベちゃんを、レオがさえぎった。

 わたしの手首をぎゅっとにぎったまま、すこし元気がなさそうな声で。


「アリスにある力が、その『始まりの魔女』のものだったってことは、それがバレちゃまずいんじゃねぇーか? 魔女由来の力……しかも大昔に迫害された『始まりの魔女』由来の力、だぞ? そんなのが知れたら、女王陛下もそうだが、魔女狩りが動くかもしんねぇ」

「確かに、そうかもしれない。昔討伐された『始まりの魔女』の力を持ってるなんて知られたら、英雄の末裔だっていう女王様も、そもそも魔法使い全体も許さない。他の魔女を狩ることよりも、アリスを退治することを優先して、魔女狩りが沢山おそいかかってくるかも……」


 心配そうにしぼり出したレオの言葉に、アリアもうなずいた。

 二人はわたしの友達だから、わたしがその力を持っていることには何にも思っていないみたいだけど。

 でも確かに、昔ドルミーレがきらわれて退治されちゃったのは、その力を持ってたからなんだから。

 わたしが同じものを持ってるってバレちゃったら、大変なことになっちゃうかもしれない。


「今だって十分憎まれてるってのに、そんなことがバレたらオレらだけじゃ逃げきれられなくなるかもしれねぇ。アリス、お前はもうあの力をあんまり使わない方がいい」

「う、うん……」


 そもそも使い方がわからないんだけどなぁと思いつつ、わたしはうなずいた。

 だって、レオがものすごくこわい顔で言うんだもん。

 それだけ、心配してくれてるんだろうけど。


「そうだよ。何かあったらわたしたちがちゃんと守ってあげればいいんだし。アリスの力はすごいけど、それでもっと大変なことになったら困っちゃうもん。アリスは、もっともっとわたしたちのこと頼ってね」

「う、うん。ありがとう、アリア」


 わたしの腕をさらにぎゅうぎゅう抱きしめて、アリアはわたしの目をまっすぐに見た。

 本当はわたしも二人の役に立ちたいから、力が使いこなせればいいなぁって思ってるんだけど。

 でも、それはなんだか言い出せなかった。


 でも、二人の気持ちが優しさがうれしかったから、わたしは言われた通りにうなずいた。

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