31 わがままな女王様7

 みんながわたしを見る。

 何で見られてるのかわからないわたしは、きっととってもおとぼけな顔をしていると思う。


 辺りがシーンとなって、みんながみんな驚いている中で、アリアが震える声で口を開いた。


「い、今の、アリスがやったの……?」

「え、わたし?」


 思ってもみなかった質問に、ちょっぴりうわずった声で返してしまうわたし。

 でもそんなわたしのことをみんなが『ちゅうもく』してくるから、何だかわからないけどすこし恥ずかしくなってきた。


「だって今、アリスから何だかすごい────」

「この私の魔法に何をした! 小娘!」


 おそるおそるといった感じでアリアが話し続けようとした時、女王様の怒鳴り声が飛んできた。

 突然のことで忘れそうになってたけど。そうだ、今女王様に狙われてるんだった……!


「忌々しい! 小娘の分際で私の崇高なる魔法に干渉するなど、身の程を知れ!」


 すこし時間が経って我に返った女王様が、また怒り狂った声を上げた。

 言ってることはよくわからなかったけど、でもまた更に怒らせちゃったみたい。

 本当に今、わたしが何かしたのかな?


「……おっと、私がびっくりしてる場合じゃない。ほら、逃げなさい君たち」

「────そうだ! 今はとにかく逃げるぞ!」


 女王様の怒鳴り声でハッとした夜子さんが、でも特に焦るふうもなくやんわりと言った。

 それを聞いたレオが、わたしたちの手をギュッとにぎり直して引っ張った。


「今はとにかく逃げるぞ! 考えるのは全部後だ!」

「う、うん……!」


 レオに引っ張られるまま、わたしとアリアは路地の中にしゅるりと入りこんだ。

 後ろで女王様のものすごく怒った声が聞こえるけれど、でももう魔法は飛んでこないし、それにだれも追いかけてはこなかった。

 夜子さんが止めてくれてるのかもしれない。


 わたしたちはそのまま細い路地をずーっと走った。

 レオに手を握られたまま、ただただがむしゃらに走った。

 大通りからの『けんそう』が聞こえなくなっても走って、しばらくするともうそこは町の外れだった。


 わたしたちはそこでようやく立ち止まって、しゃがみこんではぁはぁと息をした。

 町と草原の境目で、町を囲む木に三人でもたれかかる。

 まさに『いのちからがら』で、わたしたちはしばらくだれも何もしゃべれなかった。


「…………ごめんね、二人とも」


 すこし落ち着いてきてから、わたしは二人に謝った。

 二人は何にも悪くないのに、わたしのせいであぶない目にあわせちゃった。

 わたしがションボリと下を向くと、レオがわたしの頭にガシっと手を置いた。


「気にすんな────って言いたいとこだけだよ、確かにとんでもないことに巻き込まれちまったよ」

「ちょっとレオ! そんな言い方しなくても……」

「でも、さっきも言ったけどよ。オレたちはお前を見捨てるなんてできなかった。まぁ何つーか、乗り掛かった船、みたいな感じだ。あそこでお前を一人死なせるなんて、そんな胸糞悪いことできねーよ」


 らんぼうな言い方だけれど、レオの言葉はとっても優しかった。

 すこし口をはさみかけたアリアも、柔らかい顔でそれにうなずいてる。


 レオはだらんと木の幹にもたれかかりながら、わたしの頭をガシガシと撫でてきた。

 らんぼうですこし痛いけど、でも優しさが伝わってくる、そんな手だ。


「だ・け・ど、だ! 女王陛下に真っ向から反抗するとか、バカがすることだぞ。お前も嫌ってほどわかっただろうが、そんなことしたら反逆罪で殺されるだけだ」

「そうだよアリス。女王陛下はとってもわがままな人だけど、でも言うことを聞かないと殺されちゃうから、みんな大人しくしてるんだよ。なのにアリス、あんな風に飛び出しちゃうんだもん。わたし、心臓が止まっちゃうかと思ったよ!」


 わたしの頭をガシガシするレオに続いて、アリアが声を上げた。

 わたしの手を両手でぎゅっと握って、ヒヤヒヤした顔で言ってくる。


「ごめんね、二人とも。わたし何にも知らなくて。それに、あんなひどいところ見せられちゃったら、何だかがまんできなくて……」

「アリスが他の世界から来たっていうのは、やっぱり本当なんだね。だって、この国の人なら全部知ってるしわかってるはずだもん。女王陛下のことも、魔女のことも……」


 アリアはわたしの手を握ったまま自分の膝の上までおろして、なんだかとっても優しい声を出した。

 それからレオと顔を見合わせて、すこし考えるようにうーんとうなってから、ゆっくり口を開いた。


「女王陛下はとってもわがままで、それに横暴な人なの。でもそうじゃなくても、普通魔女が捕まっても止める人はいないんだよ」

「どうして? どうして魔法使いはそんなに魔女を悪者にするの? 『魔女ウィルス』ってやつがあぶないから?」

「そうだね。やっぱり一番の理由はそこ、かなぁ」


 わたしが食らいつくように聞くと、アリアはすこしこまった顔をしながらうなずいた。

 それからわたしの手を強く握って、優しい顔でわたしの目を見てくる。


「他にも、『しんぴ』の『ひとく』に反するとか、色々理由はあるけど、でもアリスには難しいよね。でもやっぱり一番は、『魔女ウィルス』が人から人に感染する死のウィルスだからなんだよ」

「魔女を放っときゃ感染者が増えて死人が増える。だからみんな、死を振りまく魔女のことを嫌うし避けるんだ。魔法使いにやられてるのを見ても、普通だれも止めねーよ」

「そんな! だって悪いのはウィルスで、魔女になっちゃった人は何も悪くないのに! そんなのってひどいよ!」


 ていねいに説明してくれる二人だったけど、わたしにはぜんぜん『なっとく』がいかなかった。

『魔女ウィルス』があぶないってことはわかるけど、でも魔女がひどいことをされる理由には、なってないと思う。


 わたしが声を上げると、二人は顔を見合わせてこまった顔をした。


「アリスの気持ちも、わかるよ。でもね、そういうものなんだよ。この国の人にとって魔女は危険なもので、それを魔女狩りが退治することは当たり前なの」

「それに、問題は死を振りまくだけじゃねぇからな。魔法使いとして魔女の存在は受け入れられねーもんなんだよ。そんなやつが危険を振りまいてるなら、狩るのが普通だ」

「そんな……」


 わたしがそれを受け入れられないのは、元々住んでいた世界が違うからなのかな。

 ここがわたしの知ってる世界とちがうから、その気持ちや考え方がわからないのかな。

 それとも、魔女の友達がいるからなのかな。


 二人は優しく説明してくるから、言っていることはわかるけど。

 でもどうしても、『なっとく』はできなかった。


 この世界の人にとって、それに魔法使いにとって、魔女はいちゃいけないことになってるんだ。

 だから女王様はあんなひどいことを平気でするし、それをだれもなんとも思わない。


 それがどんなにこの世界にとって普通なことでも、やっぱりわたしは、それは嫌だと思った。


「二人も、そうなの? あの子がああやってひどいことされてるのは、当たり前だって思う?」


 わたしがションボリしながら聞くと、二人は気まずそうな顔でお互いを見て、何も言わなかった。

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