29 わがままな女王様5

「こんなのって、おかしいよ……」


 足に、腰に力が入らなくて立ち上がれない。

 目の前で人が死んじゃったこと、女王様のあまりの『おうぼう』っぷり。

 なによりたくさんの兵隊さんが、わたしのことを狙って目の前に立っている。


 こわさで体中が震えてとまらない。

 でもそんな中で、わたしはたくさんのことに『なっとく』がいかなかった。

 だって、だって、なにもかも全部おかしいから。


「女王様なら、えらいならなにもやってもいいなんて、おかしいよ……。魔女でもそうじゃなくても、簡単に殺していいわけ、ないもん……!」

「まだ言うのか小娘。お前はなにもわかっていないんだね。いいんだよ、わたしは何をやっても。わたしの趣味に合わないものは、私の意にそぐわないものは、私に逆らうものはこの国には必要ないのだから。必要ないものは切り捨てる。それは国を背負って立つ私の仕事だもの。全ては私のため。私の国のため」

「そ、そんなの、ただのわがままだよ……!」


 ゾロっと、赤と黒の兵隊さんたちがにじり寄ってくる。

 私のすぐそばにいるレオとアリアは、それを見て固まってしまっている。

 でもわたしは、首を横にふって言った。


「わがまま、だと……?」

「あれが嫌いとがこれが嫌だとか、ぜんぶ自分の思い通りにしたいだけだよ。大人なのに、子供みたいにわがまま言ってるだけ。女王様なら、自分ことばっかりじゃなくて、もっとみんなのことを考えてよ!」


 こんな人が『まほうつかいの国』の女王様だなんて。

 魔法や不思議でいっぱいで、おかしなことや面白いことがたくさんな『まほうつかいの国』。

 まるで夢の中の世界にみたいに、ドキドキとわくわくでいっぱいの国。


 ここはそんなステキな場所のはずなのに、その女王様がこんなにひどい人なんて。

 この国にはここで出会ったいろんなお友達がいるのに。

 その国の一番えらい人がこんなわがままな人だったら、もしかしらわたしの知ってるだれかがひどい目にあっちゃうかもしれない。


 そんなのはいやだよ。

 ここは楽しい国でやさしい人がいっぱいの国。

 わたしが知ってる人たちは、みんな仲良く楽しくくらしてた。

 だからこの国の女王様には、もっとやさしくていい人になってほしい。


 もしかしたら、これはわたしのわがままかもしれないけど。

 でも、自分勝手な女王様よりはまちがってないと思う。


 だからわたしは、こわくて声がひっくり返りそうになりながらも、がんばって女王様を見上げて言った。

 そんなわたしを、女王様はぎゅっと顔を歪めて睨んでくる。


「このわたしを侮辱するか! 逆らうだけでは飽き足らず、女王たる私をコケにするか! そんなに死にたいのなら望み通りにしてやろう。誰でもよい。その小娘を殺せ!」


 女王様が声を張り上げて兵隊さんたちに命令する。

 その怒鳴り声に兵隊さんたちは一瞬ビクッとして、でももう逆らおうとはせずに一斉にわたしに手を向けてきた。


 兵隊さんたちの手元がパァっと光って、何か魔法みたなものを使おうとしているのがわかった。

 でも尻もちをついちゃってるわたしにはどうすることもできなくて、その光を見つめることしかできなかった。


 すぐにたくさんの光がワッとはじけて、目の前がまったく見えなくなる。

 わたし、ここで死んじゃうのかななんて、そんなのんきなことを思っちゃったりして。


 死んじゃう前に、もう一回お母さんに、晴香や創に、あられちゃんに、会いたかったなぁ。


 そう、思った時────


「クソったれが!!!」


 首根っこをぐっと引っ張られて、わたしの体がぐいっと後ろになげ飛ばされた。

 その後バンバンバリンとおっきな音がわたしのいたところで鳴りひびく。

 わたしはただされるがままに後ろに転がって、体中のいろんなところを地面に打ち付けた。


「クソ! 見捨てられるわけねーだろ! こうなりゃヤケだ!」


 それはレオの声だった。

 身体中が痛いのをがまんして目を開けると、レオがひっくり返ってるわたしの前に立って歯を食いしばっていた。

 わたしをなげ飛ばしたのは、レオだったんだ。


「レ、レオ! どうするの!?」

「どうするもこうするもあるか! 逃げる!」


 あわててわたしに駆け寄って抱き起こしてくれたアリアが、悲鳴のような声を上げた。

 そんなアリアに、レオは苦い顔で言う。


「オレたちがアリスをこの街に連れてきちまったんだ。ほっぽりだすなんてできねぇ」

「ダ、ダメだよ! 二人も殺されちゃう! 二人は何にも悪くないんだから……!」


 そうだ、二人は何にもわるくない。

 わたしだって自分がまちがってないとは思うけど、でも女王様に『はんろん』しちゃったから。

 でも二人は何にもしてないのに。わたしのことを助けようとしたら、きっと一緒に殺されちゃう。

 そんなのは嫌だ。


 でもレオはわたしに背を向けたまま首を横にふった。


「オレたちはお前を助けるって約束した。だからこの街に連れてきたんだ。まだなんにもできてねーのに、お前が殺されるのを見てられるわけねぇだろ」

「……レオの、言う通りだね。わたしたちはアリスをおうちに帰してあげたいから。だからアリス、一緒に逃げよう」

「二人とも……」


 わたしの手をとって立ち上がらせてくれるアリアは、にこっと優しく笑う。

 わたしたちを守るように立つレオの背中は、とっても大きく見えた。

 まだまだ会ったばっかりなのに、二人はわたしにとってもやさしい。


 わたしはそれがとってもうれしくて、涙があふれそうになった。

 やっぱり、こんな優しい人たちがいるこの国には、もっと優しい女王様にいてほしい。


「泣くんじゃなーよ。お前の言ったことは、間違ってなかった。自信持て」

「私の刑の執行を邪魔するか! 誰であろうと、子供であろうと構わん! 逆らう者は皆殺しだ!」


 チラッと振り向いて、レオは少し微笑む。

 そんなレオに女王様が怒り狂った声を上げて、それに聞いた兵隊さんたちがまた動きだした。


 わたしとレオとアリア。

 子供三人を、大人の兵隊さんたちがぐるりと囲む。

 さっきの攻撃からはレオが助けてくれたけれど、でも本当にここから逃げ出せるのかな。


 わたしの不安が伝わったのか、アリアは手を強く強くにぎってくれて、ぴったりと体を寄せてきた。


「大丈夫。大丈夫だよアリス。わたしたちが絶対、アリスをおうちに帰してあげるから……!」


 アリアの手も、わたしと同じくらい震えてる。

 でもわたしのことを元気付けるために、ニッコリ笑っていってくれてるんだ。

 そんなわたしたちを守るようにレオが兵隊さんたちとにらみ合いながら退がって、わたしたちにぴったり背中をつけた。


「相手は大人だ。しかも城勤めの一流。ガキのオレらじゃ絶対敵わなねぇ。なんとか隙を見つけて逃げるぞ」


 レオだってこわくないわけないのに。

 でもその声は力強くって、とっても頼りになった。


 けどレオの言うとおり、子供のわたしたちが大勢の大人に勝てるわけがない。

 逃げるって言ったって、絶対簡単じゃない。


「殺せ殺せ殺せ! 女王に逆らった罪を、その命を持って償わせるんだ! この国で、私の思うままにならないことなどないと、その身に知らしめるだ!」


 怒りくるった女王様が、野太い声でわめき散らす。

 兵隊さんたちは言われるがまま、私たちに向かって手を伸ばす。

 その手からは、さっきと同じように強い光が輝いた。


「っ……! アリア! 死ぬ気で防御張れ!!!」


 レオが叫んだ。

 張りつめた叫びに、アリアはわたしの手をにぎりながら手を伸ばす。

 レオとアリア、二人の力なのか、目の前に透明なバリアーみたいなものができあがった。


 わたしたちを囲むバリアーができた瞬間、兵隊さんの光が弾けた。

 その光と一緒に衝撃が飛んできて、それがバンバンと音を立ててバリアーにぶつかる。


 バリアー越しにでも伝わってくる大きな音と、ドンドンとひびく衝撃。

 二人が張ったバリアーは、すぐにバキバキとヒビが入っていった。


「クソッ……! 逃げる隙もねぇか……!」


 レオがガリっと歯を食いしばって苦しそうに言った。

 その言葉通り、二人とも今にも砕けそうなバリアーを張っているので精一杯みたいだった。


 二人は力をこめて前に手を伸ばす。

 でももうバリアーがもたなくて、粉々に砕け散っちゃいそうになった、その時────


「おいおい。ちっちゃなお子様相手に、いい大人がわらわらと。何やってんだろうねぇ」


 とってものんきな声が聞こえたかと思うと、兵隊さんたちが放っていた光の攻撃がふっと消えた。

 そして私たちの前にはいつの間にか、一人の女の人が立っていた。

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