18 もう一つの世界1

 それからわたしは約束通り、よくクリアちゃんに会いに行って一緒に遊ぶようになった。

 いつ会ってもクリアちゃんは透明なままだったけれど、わたしがあげたリボン付きのヘアゴムのおかげで、見つけるのはだいぶ楽チンになった。


 わたしたちはたくさんおしゃべりをして、たくさん遊んだ。

 でもやっぱりクリアちゃんはわたしと一緒に来てくれなくて、いつも森の中でばいばいする。

 わたしはそれが、いつもちょっぴり悲しい。


 そんな毎日がしばらく続いた、ある日のことです。

 わたしはレイくんとクロアさんと三人で、日向ぼっこしていた。

 ぽかぽかあったかいお日様の下で、クロアさんが焼いてくれたおいしそうなアップルパイを、わたしたちは三人で仲良く並んで座って食べていた。


「ねぇレイくん。魔女の人たちに、わたしができることってなぁに?」


 口いっぱいに入れたアップルパイを飲みこんでから、わたしはレイくんを見上げて言った。

 そんなわたしをレイくんは少し驚いたように見下ろしてくる。

 わたしの手をふきんで拭いてくれてるクロアさんも、同じような顔をしてる。


「急にどうしたんだい、アリスちゃん」

「どうしたってわけじゃ、ないんだけどね。でもレイくん、前に言ってたでしょ? わたしの力を貸してほしいって。だから、わたしにできることがあるなら、それをしたいなぁって、そう思ったの」


 わたしはここに来てからずっと遊んでばっかりだった。

 とっても楽しくて、わくわくして、毎日があっという間だったけれど。

 でもそもそもわたしは、レイくんを助けるためにここに来たんだから。

 いつまでも遊んでばっかりじゃだめだ。


 それに、わたしにたくさん優しくしてくれるレイくんやクロアさんの力になってあげたい。

 何にも悪くないのに、大変な目にあってる魔女の力にわたしが本当になれるんなら、なりたい。

 その気持ちは、クリアちゃんと会えば会うほど強くなってきていた。


 わたしが必死に顔を上げて目を見ると、レイくんは優しい笑顔でわたしを見下ろした。


「そっか、アリスちゃんはそんな風に思ってくれてたんだね。君の心も気持ちも、だいぶこの世界に馴染んできたのかな」


 そう言って、レイくんはわたしの頭をそっとなでた。

 ちょっぴりくすぐったくて、でも気持ちいいレイくんの手。


「そろそろ頃合いなのかな。君の中に眠る力を、ゆっくりと呼び覚ましてもいいかもしれない。君の心がこの世界に向いてきている今なら、この世界のことに想いを向けている今なら」

「…………? この世界?」


 すこしむずかいことを言うレイくんの言葉に、わたしはちょっぴり引っかかった。

 世界ってどういうことだろう。この世界って言い方は、なんだかまるで別の世界があるみたい。


「そうさ。ここは、この国は、アリスちゃんが今まで暮らしていた世界とは全く違う世界にあるからね。君がここへ来てもう一ヶ月くらい経ったかな。それだけの時間があれば、この世界に馴染むには十分だろう」

「え、い、いっかげつ!? それに、違うせかい……? え、どういうこと? ……へ?」


 レイくんはキラキラとした笑顔で言うけれど、わたしはわけがんからなくて『こんらん』してしまった。

 ここはわたしがいたところとはちがう世界で、しかももう一ヶ月も経ってる……!?

 そんなこと、わたしぜんぜん知らなかった。


 だってだって、レイくんはここに来る時、すぐに行けるしすぐに帰れるって言ってたから。

 ここまでどうやって来たんだろうとは思ってたけど、まさか別の世界まで来ちゃってるなんて、思わなかった。


 それに一ヶ月なんて。わたし、ここに一ヶ月もいたの!?

 じゃあわたし、もうそんなに長い間おうちに帰ってないってこと……?

 何をしてもどこにいてもわくわくで楽しくて、時間のことなんてぜんぜん気にしてなかった。

 当たり前のように遊んで、食べて、寝て。そのことにぜんぜん『いわかん』なんてなかった。


 大変だ! 大変だ、たいへんだ……!


「わたし、帰らなくっちゃ!」


 今までふわふわ楽しいことで頭がいっぱいだったわたしだけれど、急にぶわーっと『げんじつ』が飛び込んできた。

 急にわたしは、まるで我に返ったみたいにそう思ってぴょんと立ち上がった。


 そんなに長い間、遠くに行って帰っていなかったなんて。

 お母さんに絶対に怒られる。お母さんはいつも優しくて楽しいけど、怒るととってもこわいんだ。

 カンカンになったお母さんを思い出すと、すーっと全身が寒くなった。


「ちょっと、ちょっと待ってよアリスちゃん……!」


 立ち上がったわたしの手を、レイくんがあわててつかんできた。

 さっきよりもとってもびっくりした顔で、わたしを捕まえて見つめてくる。


「大丈夫だよ、慌てることはない。何にも心配することなんてないよ。確かにここは違う世界で、ちょっぴり長い時間をすごしたけれど。でも、ちゃんとすぐ帰れるからさ」

「…………ほん、とう……?」


 レイくんわたしの肩に手を置いて、しゃがんで目を合わせて来た。

 透き通るきれいな黒い目が、まるでわたしのことを吸い込もうとしているみたい。

 うっとりするようなきれいなレイくんの顔と、優しい笑顔。それにふかーいその目に、わたしは少しクラクラした。


 ……そうだ。レイくんはわたしのお友達なんだから、嘘をついたりひどいことなんてしない。

 レイくんが言う通りなんにも心配しなくても、ここで楽しくしてれば、そのうちちゃんとおうちに帰れるんだ……。


 ────そう、思ったんだけど。


 でも急にポッと胸の真ん中があったかくなって、わたしの頭に一人の女の子の顔が思い浮かんだ。

 ……あられちゃんだ。そう、あられちゃん。


 ここにくる前、わたしはあられちゃんと約束した。

 すぐに帰るよって。すぐ帰って、一番にあられちゃんに会いに行くよって、わたしは約束した…………!


 でもわたしはとっても遠く、ちがう世界にいて、それにとってもたくさん時間が経っちゃった…………。


 まってる。

 きっとあられちゃんは、ずっとわたしをまってる。

 約束をやぶって、ぜんぜんすぐに帰らないわたしを、ずっとまってる……!


 そう思った『しゅんかん』、クラクラふわふわしていた頭が急にスッキリした。


「う、ううん! わたし、帰らなくっちゃ……!」

「なにっ……!?」

「ひ、姫様……!」


 わたしはレイくんの手をふりはらって、『むがむちゅう』で走りだした。

 びっくりしているレイくんも、『かんだかい』声を出すクロアさんの声も、今はあんまり気にならなかった。


 どうしたらいいのかなんてわからないけれど、でもいても立ってもいられなくて。

 だからわたしは、ただただ帰らなきゃって気持ちで走った。


 あられちゃんがわたしを待ってる。心配してる。

 お母さんだって、晴香だって創だって。


 だからわたし、帰らなくちゃ……!

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