10 魔女の森4

「あれ、海!?」

「ううん、湖だよ。大きいからわかりにくいね」


 しばらく歩いてるとまた開けたところに出た。

 そこには先が見えないほど大きな水があった。

 レイくんは湖だって言うけれど、すっごく大きすぎて海にしか見えない。


 こんなにおっきいのに海じゃないなんて不思議。

 きっと大きさに関係なく湖の『ていぎ』があるんだろうけれど、そこのところはよくわからない。

 とにかく、大きな森の中に大きな湖がありました。


 そしてその湖のほとりに、森の中には似つかわしくないものがありました。

 草や木や花がたくさん生えている森の中なのに、そこには白くてきれいなテーブルが置いてあった。


 とても大きくてイスが十個くらい置いてあるから大勢で囲めそうな、パーティができそうなテーブル。

 大きいといってもこの森みたいに巨大じゃなくて、ふつうのわたしでも使えるサイズです。


 そのテーブルの横には一人の女の人が立っているのが見えた。


「お二人ともお待ちしておりました。お茶の準備は整っておりますよ」


 わたしたちが近付くと女の人はていねいにお辞儀をして、とっても柔らかい声で言った。

 全身真っ黒なドレスを着ていて、まるで絵本に出てくるどこかの国の『きぞく』の人みたい。

 ドレスと同じ真っ黒な日傘をさしながら、にっこりと笑いかけてくる。


「はじめまして。わたくしはクロアティーナと申します。以後お見知り置きを」

「ク、クロア……?」

「クロアでよろしいですよ」


 女の人はわたしの目の前にしゃがみ込むと、わたしの空いている方の手を握ってとろけるような声で言った。

 ロウソクみたいに白い手はちょっぴり冷たかったけれど、でも大人の女の人らしい柔らかくて優しい手だった。


 一度に色んなことが起きてちょっと混乱したわたしに、とってもゆったりと微笑む。


「あなた様のお名前をお伺いしても?」

「あの、えっと……花園 アリスです」

「アリス様……! あぁ、なんと愛らしいお名前でございましょう。あなた様が、我らの麗しの姫君……!」


 クロアの白い顔がパァっと明るくなって、とてもキラキラとした目を向けて来た。

 わたしは何が何だかわからなくて、とりあえずレイくんを見上げた。


「まぁまぁクロアティーナ、最初から飛ばしたらアリスちゃんが困っちゃうよ。まだアリスちゃんは何も知らないんだから」

「おっと、失礼致しました。わたくしとしたことが……」


 やんわりとレイくんに注意されて、クロアさんはハッとした顔をした。

 それからすぐに落ち着いたお姉さんの顔になって、わたしの手を放して立ち上がった。


「では、まずお茶に致しましょう。美味しいお紅茶に甘いお菓子、色々取り揃えておりますよ」


 クロアさんはパチンと手を合わせてニコニコと言った。

 それからテーブルの真ん中にあるイスを引いてくれたから、わたしは誘われるままにちょこんとイスに座ってみた。


 席についてみると、テーブルの上にはキラキラした光景が広がっていて、わたしは一瞬で夢中になってしまった。

 甘い香りがするたくさんのお菓子がテーブルいっぱいに並べられているんだもの。


 フルーツがたくさん乗ったケーキは五段くらい重なった特大だし、ふわふわなシュークリームが大皿に山盛りに積まれてる。

 バケツで作ったみたいなおっきいぷるぷるのプリンや、色んな動物の形をしたクッキーの山。

 同じ色は一個もないんじゃないかというぐらいにカラフルなマカロンのピラミッド。

 他にもたっくさん。色々ありすぎてわからない。


 お菓子の国に迷い込んじゃったような光景に、わたしは思わずわぁーっと声を出してしまった。


「すっごーい! これ、全部食べていいの!?」

「もちろんですとも。あなた様の為にご用意したのですから。お好きなだけ召し上がってください」


 わたしの隣の席に座ったクロアさんがニコニコと言った。

 これだけのお菓子を好きなだけ食べていいなんて、まるで夢見たい。

 うちにいたらこんなたくさんの甘いものがそろうことなんてないし、そもそもご飯が食べられなくなるからっていっぱいは食べさせてもらえない。


『まほうつかいの国』は夢の国なのかもしれない!


「これはアリスちゃんの歓迎会だからね。是非楽しんでよ」


 クロアさんとは反対隣にレイくんが座った。

 こんなに広いテーブルで三人固まって座るなんて変なのと思ったけど、でもそんなことはどうでもよかった。

 とにかく今は目の前に広がる甘いお菓子に飛びつきたくてしょーがなかった。


「慌てなくてもお菓子は逃げませんよ。さぁ、まずは紅茶をどうぞ」


 興奮するわたしに微笑みながら、クロアさんはすっと手を持ち上げた。

 するとテーブルの上に置かれていたティーポットやティーカップがカタカタと動き出して、まるでダンスのステップを踏むみたいに飛び跳ねながらこっちにやって来た。


 まずはカップがわたしの目の前に飛び込んできて、お皿を下じきにしてガシャンと着地した。

 その後にポットがぽーんと飛んできて、その勢いのままカップの中に熱々の紅茶を注ぎ込む。


 熱かったのか、注がれたカップは一回ビクンと身震いした。

 中身がじゃぼんとこぼれそうになったけど、カップはなんとかそれを受け止める。

 ポットが紅茶を注ぎ終わると、今度はミルクポットとシュガーポットが二人仲良くわたしの前にやって来た。


 まるで「いれる?」と聞いてくるように体を傾けてきたかは、わたしはとっさに「お願い!」と答えてしまった。

 するとミルクポットが宙に浮き上がって紅茶にミルクを注ぎ、カップの中がすーっと白くなる。

 そしてその後に続いてシュガーポットからスプーンが浮き出して砂糖を入れ出した。


 一杯入れるたびにスプーンがわたしの方を見てくる────ように見えた────から、三杯いれたところで「もういいよ」と止めた。

 するとスプーンはシュガーポットの中にすぽっと戻り、どこかともなく飛んできた他のスプーンが紅茶をくるりとかき混ぜた。


 全部の準備が終わって、カップが飲んでというように飛び跳ねた。

 わたしは目の前で起きた信じられない光景にびっくりしながら、隣のクロアさんの顔を思わず見た。


 クロアさんがぜひ飲んでという顔をするから、おそるおそるカップを両手で持って、ゆっくりと口をつけてみる。

 フルーツのような華やかな香りがぷわーんとただよって、ミルクのまろやかさと砂糖の甘さが広がる。

 一口飲んだだけで、なんだかとっても幸せな気分になった。


「美味しい!」

「それはようございました。さぁ、お菓子もどうぞ」


 クロアさんはなんだかとても幸せそうに笑って、優しく頭を撫でてくれた。

 なんだかお母さんみたいでとってもホッとする。

 わたしはすっかりリラックスして、目の前に広がるお菓子に手を伸ばした。

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