4 普通の女の子4

 すっかり冬な十二月は、日が落ちて暗くなるのも早い。

 お母さんにはいつも、暗くなる前に帰りなさいって言われてるわたしは、薄ぼんやりしてくるのが帰る合図なのです。

 寒いのもそうだけど、こういうところも太陽さんにはがんばってほしいなぁ。


 いつもと同じようにあられちゃんと公園でバイバイして、わたしは一人で帰り道に着いた。

 本を入れ替えたリュックの重みが少しだけ違う。

 今度はどんな本を貸してあげようかなぁなんて、そんなことを考えながら静かな道をとことこ歩く。


 わたしは本を読むのが好きだし、自分で言うのもあれだけど、人より結構読んでると思う。

 でもあられちゃんの読むペースはとっても早くって、このままだとわたしが持ってる本なんてあっという間に全部読み終わっちゃうんじゃないかな。


 別に比べるようなことじゃないけれど、あられちゃんはわたしよりも、もっとずっと本が好きなのかもしれない。

 それとも、ワクワクする物語が好きなのかな?

 どっちにしてもわたしと大好きなことが同じなことがとっても嬉しいわたしです。


 薄暗いけど、まだ一人で歩いてても怖くないくらいの明るさ。

 でも明かりはピカピカついてるから、逆に灯りがないところは余計に暗く見えたりして。

 その暗がりからなんか面白いものでも飛び出してこないかなぁなんて、ふと電柱の影を見た時だった。


「……? ……雪?」


 思わず立ち止まる。

 ちょうど光が当たってない、電柱の隅の影になっているところに、白くてもふもふしているものがあった。

 それはまるで綿の塊みたいにコロンとふわふわしていて、雪みたいに真っ白だったから、暗い影の中でもよく目立っている。


 綿かと一瞬思ったけれど、でも今は冬だしもしかしたら雪かな?

 でも雪なんて今年はまだ降ってないし、あの隅っこにだけあるのは変。

 それに、雪の塊にしてはふわふわしてるし、やっぱり綿?


 誰かが綿の塊を転がしてしまったのかなと思ったけれど、わたしが興味津々で見つめていると、白い塊からピンとたった二つの長い耳が生えたのです。


「うさぎだ!」


 そう、綿か雪かと思っていた白いもふもふはうさぎでした。

 耳を突き立てたのと同時に頭を持ち上げて、はっきりとうさぎだってわかるようになった。

 うさぎは小さい頭をキョロキョロ動かして、それからその赤い目でわたしのことをじーっと見てきた。


 ぴったりと目があって、わたしはうさぎから目が離せなくなった。

 可愛くて見つめたくなったというのもあるけれど、なんだか目をそらせなくなったのです。


 うさぎはしばらくわたしと目を合わせてから、急にぷいっとそっぽを向いて、それからタタタッと駆け出した。

 うさぎなんて学校の飼育小屋にいっぱいいるから別に珍しくはないんだけど。

 でも街中にいるのはなんだかヘンテコで、わたしは気になって仕方なくなってしまった。


「待ってうさぎさん!」


 薄暗い道をササッと駆けて行くその背中を、わたしは思わず追いかけた。

 帰り道からは少しはずれちゃうけど、でもどうしてあの子がこんなところにいるのか気になって仕方なかったから。


 もしかしたら、何だか不思議なことに巡り合えるかもしれない。


 そう思って一生懸命にうさぎを追いかけていた時だった。

 曲がり角を曲がると、突然うさぎの姿がパッと消えていた。

 確かに角を曲がったのを見たはずだし、そのすぐ後にわたしも曲がったのに。

 まるで魔法のように、うさぎの姿は跡形もなくなっていた。

 そして────


「やぁ、こんばんは」


 そこにはうさぎの代わりに、とってもきれいなお兄さんが立っていた。

 黒いニットの帽子をかぶって、全身真っ黒な服を着た、まるで女の人みたいにきれいな男の人。

 ううん、男の人みたいにキリッとしてるけど、もしかしたら女の人なのかもしれない。


 こういう人を『ちゅーせーてき』というのかもしれない。

 高校生くらいの、お姉さんかお兄さんかよくわからない人。

 でもとにかくきれいで、そしてカッコいい。


 その人はわたしのことを見るとパァっとお花みたいなにっこり笑ってあいさつしてきた。

 何が何だかわからなかったわたしだけれど、挨拶されたからには返さないとと思って、きちんとこんばんはとお辞儀をした。


「急にごめんね。びっくりさせちゃったかな。僕は全然、怪しい人じゃないよ」


 その人はとっても優しい声で、ふにゃっと笑って言った。

 僕って言ったから、やっぱり男の人かもしれない。


 とってもいい人そうな、優しいそうな人。

 だからびっくりはしたけれど、その人が言うあやしい人じゃないという言葉を信じてもいいかなぁなんて思ってしまった。


「僕はね、君とお友達になりに来たんだ」

「わたしと? どうして?」

「うーんとね、君がとってもいい子だって聞いたからさ」

「誰に?」

「いろんな人にさ」


 知り合いのお兄さんみたいに仲良く話しかけてるその人に、わたしは何だか普通にお話をしてしまった。

 知らない人とお話しちゃダメだって、お母さんにも学校の先生にも言われてるけど。

 でもこの人と話すのは何というか、別にいけないことだとは思わなかった。


 でも、まるでテレビの芸能人みたいにきれいな人で、なんだか『げんじつばなれ』した感じがする。

 この人と話しているわたしは今、普通じゃないことをしている。そんな気分になった。


 だからなのか、初めて会ったこの人にわたしは興味を持ってしまった。

 さっきまで追いかけていたうさぎのことや、それがどうして急にいなくなってしまったのかよりも。

 この人は一体どんな人なんだろうって、それが気になってしまった。


「まぁ理由はなんでもいいじゃないか。肝心なのは、僕が君とお友達になりたい。それだけさ」

「でも、わたしまだお名前聞いてない。お名前を知らないのに、友達にはなれないよ」

「確かにそれもそうだ。失礼、僕としたことが」


 わたしがいうと、その人はてへっと舌を出した。

 そのちょっとした仕草もなんだか『さま』になっている。

 きれいというかカッコいいというか。


 そしてわたしのすぐ前に近寄ってくると、しゃがみ込んでわたしと目を合わせてきた。

 手袋をしたわたしの手をとって、まるで童話の王子様みたいに、ちょっとかしこまってわたしのことを見上げる。


「僕の名前はレイ。どうぞよろしく」

「レイ……くん?」


 わたしが名前を繰り返すと、その人は一瞬目を丸くしてからぷっと軽く笑った。


「『くん』、か。まぁそれでもいいよ。君が呼び易いのならレイくんでいい」

「なんか変だった?」

「いいや、何も変じゃないよ────ところで、君の名前を教えてくれるかな」


 もしかしてやっぱり女の人なのかな。

 でも男の人みたいにキリッとしてるし、自分のこと僕って言ってるし……。


 レイくんが笑うものだからちょっぴり心配なったけど、でも本人が良いって言うからそれで良いのかな。

 少し不安はあったけど、わたしは自分も名乗ることにした。


「わたしは花園 アリスです」

「花園 アリス……アリスちゃんか。なんほど────良い名前だね」


 レイくんは一瞬だけ目を細めて難しい顔をしたかと思うと、すぐにとっても柔らかい笑顔になった。


「アリス……アリスちゃん。やっぱり君が僕の探していた子だよ。まさかこんな幼気な女の子だとは思わなかったけれど……でも、やっと見つけたよドルミーレ」


 レイくんはニコニコ笑いながら、少しよくわからないことを言った。

 でもその笑顔がとっても優しくて、わたしはあんまり気にならなかった。

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