2 普通の女の子2

 終業式の日はもちろん授業がないから、今日の学校は午前中でおしまい。

 いつもよりも早く帰れるのがなんだかお得な感じがして、少し浮き足立っちゃう。


 午前中だけだったから給食はなくって、だからちょっぴり空き始めたお腹を抱えながら、わたしは晴香と創といつものように下校する。


「今日、お昼ご飯食べたら何しよっか」


 お腹が空いているからか、いつもよりちょっぴり早足になりながらわたしが二人に聞くと、晴香はショボンとした顔をした。


「ごめんねアリス。今日は帰ったらお出掛けして、外でお昼食べるの。だから遊べないかなぁ」

「そっかー。いいなぁ『がいしょく』。何食べるのー?」

「なんだろう。わかんないけど、あったかいのがいいなぁ」


 晴香は首にぐるぐる丸巻きにしているマフラーに首をうずめてふわりと微笑んだ。

 しっかりと厚着をして暖かくしているものだから、コロンとモコモコしてて可愛らしい。


 晴香と遊べないのは残念だけど、美味しいものを食べにいくんなら、そっちを優先した方がいい。

 わたしだって、お母さんがご飯に連れてってくれるって言ったら、二人に「今日はごめんね」って言うだろうし。


「じゃあ創は?」

「俺も今日はダメだ。昼飯食ったらお使い手伝えって言われてて。年末の買い物始めるんだってさ」


 わたしが聞くと、創はぐいっと口をへの字にして言った。

 確かにあと一週間ちょっとで大晦日だし、色々と準備しないといけない時期だ。

 お母さんはいつも、「何事も準備は前もって、余裕を持ってしなさい」って言うし、創のお母さんはきちんとしてるんだなぁ。


 大晦日といえば、その前にはクリスマスがある。

 お母さんはクリスマスになると、いつもフルーツのたっぷり乗ったホールのケーキを買ってきてくれる。

 二人だと一日じゃ食べきれないから、それを二日かけて食べて、それでも余っちゃたりする。

 美味しいケーキにプレゼント。クリスマスのことを想像すると今からわくわくしちゃう。


 それに大晦日の次の日からはお正月で、おせち料理とかお餅とかが食べられるし、お年玉ももらえる。

 冬休みは楽しいことがたくさんだ。


「じゃあ二人ともダメなのかぁ」

「ごめんねアリス。明日はみんなで遊ぼうね」


 これから始まる冬休みは楽しみだけれど、とりあえず今日二人と遊べなくてちょっとガッカリ。

 晴香がショボンとするわたしの腕をきゅっと抱きしめて言ってくれたから、わたしはすぐに笑顔で頷いた。


「うん! じゃあ今日はわたし、一人であられちゃんに会いにいくね」


 少し前に会った、不思議な女の子。

 水色の目がとってもきれいで、まるで外国のお人形さんみたいな女の子。

 わたしたちはその子のことをあられちゃんって呼んで、ここ最近放課後によく一緒に遊んでる。


 あられちゃんがどこから来てどこに帰ってくのかは、よくわからないんだけど。

 でも、いつも三人で遊んでいたわたしたちは、最近四人で遊んだりする。

 今日は前に貸した本のお話とかでもしようかな。


 二人とバイバイして、急いで家に飛び込む。

 脱いだ靴をちゃんと並べて、お母さんにただいまを言ってから手洗いうがい。

 わたしはもう十才だから、それくらいのことはちゃんと言われなくてもできるのです。


 お昼ご飯のオムライスを食べて、その後にお母さんが入れてくれたあつあつのココアを飲んだ。

 お腹がいっぱいになってあったかくなったら、ちょっぴり眠くなっちゃって。

 少しぽーっとしていたら、お母さんが「お昼寝しよっか」ってソファの上でひざ枕をしてくれた。


 お母さんのあったかくて柔らかいおひざの上でしばらくうつらうつらしていたら、急にパッと目がさめた。

 今さっきまですっごく眠かったのに、もう全く眠くなくなっちゃった。

 お昼寝、してたのかなぁ。あんまりよく覚えてない。


 時計を見てみたらお昼の二時を少しすぎた頃。

 そんな気はしないけれど、お母さんのおひざに寝転んでから一時間ちょっとは経っているみたいだった。


 そろそろあられちゃんと会える頃かなと思って、わたしはお出かけの支度をすることにした。

 立ち上がってから大きな伸びをして、トタトタと二階の部屋に向かう。

 小学校に入学してからずっと使ってるピンク色のリュックサックに本を何冊か入れた。


 前にあられちゃんに本を貸したら、すっごいはやさで読んで返してきて、いろんな本を読みたいって言ってたから。

 それからわたしは会うたびに新しい本を持っていってあげるようにしてる。

 わたしと同じで本を読むのが好きみたいだし、わたしが好きなファンタジーを面白いって言ってくれたから、わたしたち『しゅみがあう』みたい。


 モコモコのコートを着て、マフラーに手袋も忘れない。

 寒くないようにぴっちりとたくさん着込んで、友達とあそんでくるねと家を飛び出した。

 お母さんの行ってらっしゃいを背中に聞きながら、わたしはルンルン気分で近くの公園に向かう。


 別に約束をしているわけじゃないんだけど、あられちゃんと会う時はいつもその公園。

 そこに行けばいつもあられちゃんが待っていて、わたしたちが帰る時も最後まで公園にいて見送ってくれる。


 わたしはこっそり、もしかしたら公園の妖精さんなんじゃないかと思ったりしてる。

 それとも冬とか雪とかの妖精さん。どっちにしてもあられちゃんはなんというか、『しんぴてきな』女の子で、わたしはついついそんな不思議な想像をしてしまう。


 だってキラキラした水色の目はおとぎ話の妖精さんみたいだし、雪みたいに白いお肌は絵本の挿絵に書いてあるみたいにきれいだし。

 それにいつも静かにそっと笑うあられちゃんは、なんだか『みすてりあす』なんだもん。


 まだまだあられちゃんのことは知らないことばっかだけれど。

 でもだからこそ、わたしはあられちゃんのことがもっと色々知りたくて、だから最近はいつも会うのがわくわく楽しみ。

 会って遊んでおしゃべりして。そうやってあられちゃんと一緒にいると、楽しい気分になっちゃうから。


 晴香や創のことはもちろん一番大好きだけれど、でもあられちゃんのことも大好き。

 けどあんまりあられちゃんのことばっかりにしてると、晴香と創が『しっと』しちゃうかな?

 ちゃんとみんなで仲良く遊ぶようにしなくちゃ。


 そんなことを考えながらルンルンで公園に行くと、ベンチに一人座って本を読んでいる女の子がいた。

 雪は降ってないけど今はもう真冬でとっても寒い。

 なのにコートをきたりマフラーをしたりしないで、トレーナーと長ズボンでケロっとしている女の子。


「あられちゃーん!」


 もう見慣れたその姿を見つけたわたしは、元気よく名前を呼んで大きく手を振った。

 あられちゃんはすっと静かに顔を持ち上げて、きれいな黒い髪のショートヘアを振ってわたしの方を見た。


「……こんにちは、アリスちゃん。待ってたよ」


 その水色の目でわたしを見つけると、あられちゃんは口元だけちょこんと笑った。

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