2 伝説と伝承より

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「やはり、そういうことか……」


『まほうつかいの国』、魔女狩り本拠地内、『ダイヤの館』。

 その地下に設けられている研究室で、ロード・デュークスは一人噛み締めるように言葉を漏らした。


 石造りの薄暗い室内には彼一人。

 蝋燭による朧げな明かりが照らす中で、デュークスは自らの研究結果と睨み合っていた。


 魔法使いとはある種、学問の徒だ。

 世界のことわりを読み解き、自然の摂理と共にあり、その仕組みを解明する者。

 魔法とは神秘に手を伸ばす手段であり、いかにその神秘を秘匿したまま人の手の内に入れるのかを、彼らは日々追い求めている。


 魔法とは、神秘とは本来人智を超越するもの。

 その一端に触れた彼らは、より遥かなる高みを目指す。

 魔法使いとは、本来はそういう類の者たちのことだ。


「やはり、私の読みは間違ってはいなかった。『魔女ウィルス』とは、魔法とはそういう……」


 デュークスの独り言は続く。

 その額からは冷たい汗が静かにつたい、やや引きつった表情を撫でた。

 本来は綺麗に整えられた金髪も、長い研究の果てか、くすみ乱れていた。


 デュークスは汗を拭いもせず、どかりと一人用のソファーに腰かけた。

 壮年の男性である彼だが、いつも生真面目で四角四面な振る舞いをしているせいか、その見た目は十程上に見える。

 それに加えて今は、やつれていることもあってさらに老けて見えた。


「やはり計画は、私の計画はなくてはならん。姫君の力に頼るなど、それこそ最もしてはならんことだ。この世界は一度、清算されなければならない。その為にはやはり、姫君の存在は…………」


 一人思考を巡らせながら、デュークスは呻いた。

 彼が得意し専門とするのは、呪詛などの魔法だ。


 彼はその秀でた知識と実力、そして魔女狩りとしての使命感から、独自に『魔女ウィルス』の研究を進めていた。

 人から人へと伝播する未知のウィルス。人を魔法が使える存在へと変貌させるそれを、呪いの一種と仮定してのものだった。


 『魔女ウィルス』は遙か二千年前、歴史の闇に葬られた『始まりの魔女』ドルミーレが端を発すると言われている。

 しかしそれは伝説、または推測の域を出ず、『魔女ウィルス』の実態は未だ全くといっていいほど解明されていない。

 人の歴史が朧げになる程昔から存在するにも関わらず、人は未だに『魔女ウィルス』を理解できていなかった。


 しかし、デュークスはその中で、一つの活路を見出していた。

 それは彼自身の才能、実力でもあり、しかし誰も思い至らなかった伝承に目をつけたからだった。


 『始まりの魔女』ドルミーレと同じく、歴史の闇に葬られたものがある。

 それ故に存在は不確かで、人々はその名前すら知らない。

 しかし、それを知るものが名を聞けば、必ず不快感を覚えるもの。


 混沌の魔物ジャバウォック。


 デュークスは長年の研究の末、の魔物とドルミーレに繋がりを見つけた。

 それを足がかりにさらなる研究を進めた結果、ジャバウォックの存在が『魔女ウィルス』に対抗しうる可能性を見出したのだ。

 それ故の『ジャバウォック計画』。しかし今までは不確定要素が多く、その実行は棄却され続けていた。


 しかしデュークスは、その計画に絶対的な自信があった。

 それは自身の実力と才能に対する自信であるのは勿論のこと、研究を進めれば進めるほど、両者の繋がりをより感じたからだ。


 ジャバウォックという存在もまた、彼の専門に近しい属性を持っていた。

 それ故に、彼はその計画に対する研究に全てを打ち込むようになっていた。

 魔女狩りとして、根本から魔女を打ち滅ぼす為に。


 そして今、デュークスは一つの答えの入り口を目にした。

 『魔女ウィルス』とは何なのか。それを知ってしまった彼は、より一層の覚悟を決めた。


D4ディーフォーD8ディーエイト……裏切りおって。恩を仇で返すとはまさにこのことだ。そもそも、アイツらが最初の任務を滞りなくこなしていればこんなことには…………いや、私の判断ミスか。情に絆されすぎた」


 力なく手で顔を覆って、デュークスは嘆息した。

 彼はレオとアリアが魔女狩りとなった時から、二人のことをよく知っている。

 姫君に同行しその偉業を補助した二人は、若くして実力もあり、なにより上を目指す強い意志を持っていた。

 それを見たデュークスは、二人を手許に置き様々なチャンスを与えてきた。


 それ故に、二人に対して他よりも情がなかったと言えば嘘になる。

 先を期待する若人として、熱を入れていたのは事実だ。

 だからこそ、王族特務に口利きをして、姫君迎謁の任務を得たのだから。

 もちろん、彼自身の思惑も絡んでのことではあるが。


「……部下に責任を押し付けていても仕方がない。全ては私自身の力不足だ。その証拠に、私の指示はことごとく失敗している。無能を晒しているようなものだ。これでは、スクルドの若造に何を言われても言い訳などできん」


 自信家であり野心家である彼にしては、その言葉はいつになくしおらしかった。

 しかし、結果だけを見ればそれは全て事実だ。


 姫君アリスの奪還失敗から始まり、D7ディーセブンによる抹殺も返り討ち。

 その後はケインによって牽制に合い、しかし彼の助力によってレオを差し向けるも、それも失敗の上離反を許してしまった。


 そもそも、救国の姫君たる花園 アリスを抹殺しようという試みそのものが、この国においてイレギュラーなのだ。

 魔女狩りをはじめとする魔法使い、それに魔女たちですら、その身に宿る力を求めている。

 その中でただ一人その存在の抹消を試みる彼に立ち塞がる壁は、あまりにも高い。


 しかし、それでもデュークスは自身が掲げる『ジャバウォック計画』を取り下げるつもりはなかった。

 むしろ今までよりも更に、その計画実行の必要性を感じている。


「『始まりの力』に頼ったところで、根本的な解決にはなりえん。あの力はこの世界の癌だ。忌々しき『始まりの魔女』からいずる力など、そうに決まっているではないか。私が、やらねばならん……」


 デュークスは噛み締めるようにそう言うと、徐に立ち上がった。

 疲れ切った白い顔のまま、重い足を持ち上げて研究室の奥へと歩みを進める。


 石造りの冷たい室内を、彼の渇いた足音が響く。

 部屋の奥には蝋燭がなくとても薄暗かったが、その代わりに薄く淡い光が立ち込めていた。


 その光は、床に描かれた魔法陣から発せられていた。

 幾何学模様によって描かれた円の内側にはベッドが置かれ、その上には一人の女性が横たわっている。

 肌には血の気がなく、まるで時が止まっているかのようにピクリとも動かない。


 そんな女性のことをデュークスは静かに眺め、小さく呟いた。


「間違っているものは、正さなければならない。それが例え摂理だとしても、法則だとしても、神秘だとしても……この世界そのものだとしてもだ」




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