53 既視感
「うーん。何というか、この光景に既視感を覚えるのは私だけかな?」
私たちはみんなで連れ立って廃ビルへとやって来て、夜子さんが鎮座する四階まで疲労感満載の体で這い上がった。
そんな私たちを出迎えた彼女の開口一番は、ひどくぶっきらぼうだった。
中身が飛び出しているボロボロのソファに、ぐでんと横になっている夜子さん。
氷室さんとまくらちゃん以外ヘロヘロな私たちを見る目は、どこか冷たくすら感じた。
確かにこの間も、カルマちゃんに襲われた後の避難場所としてカノンさんとまくらちゃんを連れてきた。
その時の状況に酷似していると、まぁ言えなくもないかな。
私たち全員をあまり興味なさそうに順繰りと眺めて、その視線は千鳥ちゃんで止まった。
千鳥ちゃんは未だ、あんまり元気なさそうに大人しくしている。
夜子さんを前にしてその気落ちは増したようで、気まずそうに更に顔を下げた。
「随分と遅いおかえりじゃないか千鳥ちゃん。居候の分際で、ちょっと自由すぎるんじゃないかい?」
「…………ごめんな、さい」
夜子さんソファの上で仰向けになって、横目で鋭い視線を突き刺した。
千鳥ちゃんはその目を合わさることができず、俯いたまま呟くように謝る。
そもそもは千鳥ちゃんが家出をしていた。
でも本当はもっと早く帰ってくるはずで、私の戦いに巻き込んでしまったからこそ遅くなってしまった。
そのことについて責めれるのは可哀想だったから、私は一歩身を乗り出して口を挟んだ。
「夜子さん、あんまり千鳥ちゃんを責めないであげてください。帰りが遅くなっちゃったのは、私を助けてくれたからだったんです」
「あぁ……大分どんちゃんやっていたようだね。千鳥ちゃんで役に立ったかな?」
「千鳥ちゃんがいなかったら、きっと私は生きていませんでした」
さっきの戦いを夜子さんは把握していたようで、なんとも緩い反応を見せた。
そこで猫が喧嘩したね、といった程度の興味のなさ加減だ。
私が強く答えると、夜子さんは力なくふーんと空返事をして、流し目で千鳥ちゃんを見た。
「千鳥ちゃんにしてはやるじゃないか。普段より何倍も仕事をしてる。仕方ない、アリスちゃんに免じて家出は不問にしよう」
夜子さんの言葉に、千鳥ちゃんは少しだけホッとした顔を浮かべた。
そもそも千鳥ちゃんは夜子さんの元にいる資格はないんだといじけていたわけだし、突き放されなかったことに安堵しているようだった。
でも、未だ表情の陰りに変わりはない。
「ただ、アリスちゃんにはクレームだ。私は千鳥ちゃんに夕飯を買って帰ってくるように伝えてとお願いをしたはずだよ?」
「あー……すいません」
あからさまにお腹をさすって空腹を示す夜子さん。
そのジト目に、確かにそんなことを言われていたと思い出す。
一応千鳥ちゃんに伝えたけれど、その後が後だけにそんな余裕はなかったし、すっかり忘れていた。
でも一応、この場合は伝言を預かった私の責任になる、のかな?
千鳥ちゃんを見ると、向こうもあちゃーという顔をしていた。
「あの、じゃあ私、今から買ってきますよ」
「いや、いいよ。こんなこともあろうかと実は自分で買っておいた。千鳥ちゃんの分もあるからありがたく思うこと」
仰向けに寝転んだまま、仰け反るようにソファの脇に置いてあったビニール袋に手を伸ばす夜子さん。
変な体勢でビニール袋をぷらぷらさせながら、夜子さんはニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「ちなみに量はあるから、みんなも食べていくかい? というか、みんなここに泊まっていくの? いつだかみたいに」
「あー、私は……」
家でお母さんが待っている。
遅くなると連絡はしたけれど、そろそろ帰らないと流石に心配をかけてしまうかもしれない。
けれどアゲハさんに命を狙われている以上、のこのこ家に帰るというのもどうなんだろう。
そんな思考がよぎって言葉に詰まっていると、氷室さんが私の手をぎゅっと握った。
「あなたは、家に帰った方がいい。今、あなたの家以上に安全な場所はないから」
「そ、そう? 氷室さんが言うなら、そうしようかな」
私の目を真っ直ぐに見るその瞳はとても力強かった。
氷室さんがあの家に張ってくれた結界に、よっぽど自信があるのかな。
レイくんも中には入れないと言っていたし、強力なことは強力そうだし、言う通りにしよう。
「今はお母さんが家で待っているので、私は遠慮します」
「あぁ、そうだったね。なら、その方がいい」
「……? 私、夜子さんにお母さんの話しましたっけ?」
「ん? あぁ、いや、大した意味はないよ。気にしないで」
違和感のある受け答えに首を傾げると、夜子さんは適当にヘラヘラと笑って誤魔化した。
何だか引っかかるものがあったけれど、深く突っ込んでも意味はなさそうだったので気にしないことにする。
「カノンさんたちはどうする? というか、今はどこで生活してるの?」
「アタシらも大丈夫だ。今は街外れに部屋を借りてんだよ。そこに帰るさ」
「あ、そうなんだ……」
この間の一件以降、二人が具体的にどうしてるのか知らなかったけど、この街で生活する
詳しいことは後で聞いてみよう。
氷室さんも勿論自分の家に帰るようで、いつだかのようにみんなで雑魚寝をする、というようなことにはならないようだった。
「そっかー今日はお泊まり会はしないのかぁ。千鳥ちゃん、寂しくて泣かないかい?」
「な、泣かないわよ。泣くわけないでしょ」
ヘラヘラと小馬鹿にした笑みで言う夜子さんに、千鳥ちゃんはムッとして返した。
けれどその言葉にいつものような鋭さはなくて、弱々しい反論だった。
「お泊まり会はしないですけど、でもみんなで少し話したりしたいので、もう少し居させてもらいますね」
「あぁ、その辺りはどうぞ適当に。千鳥ちゃんの部屋で好きにやっていいよ。お姉さんは一人寂しく、適当にご飯食べて寝ちゃうから気にしないでいいさ」
私たちが来てから一瞬たりとも起き上がらない夜子さんは、またこの後寝てしまうという。
自堕落にもほどがあるじゃないだろうか。
こういう姿だけを見ていると、駄目な大人の典型のようでちょっと心配になる。
まぁ元が異世界人で魔女の夜子さんに、こちらの世界の大人としての普通を押し付けても仕方ないけれど。
でも、その自由さというか気ままさは、人として大丈夫だろうかと思ってしまうんだよなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます