44 大っ嫌い
「結局アンタは、何がしたかったのよ。ワルプルギスを裏切って、アリスを殺そうとして。しかも私の為とか言っちゃってさ。アンタは一体……」
恐る恐る尋ねる千鳥に、アゲハは僅かに目を見開いて見返した。
今まで反感を全面に押し出した態度しかとらなかった妹が、自分に興味を示している。
そのことが意外に思え、驚き共に薄っすらと口元を緩めた。
「アンタのやってること、わけわかんないのよ。何がしたいのか、さっぱりわかんない。私の為とか言うならさ、そのくらい話しなさいよ……!」
「……別に。話すことなんて特にないけど? まぁ強いて言うなら、私がアンタのお姉ちゃんだから、とか?」
「ふ、ふざけないでよ! そんなのなんの説明にもなってない! てか、アンタが姉貴面すんなって言ってんでしょ!」
ヘラヘラと弱々しい笑みを浮かべながら、軽い口調でおざなりに言い放つアゲハ。
その言葉には隠しきれない深みがあり、千鳥は声を荒らげた。
この期に及んで、どうしてそんなことしか言えないのか、と。
「アンタはいつもそう! 自分のことはちっとも私に話さない! 何にも話してくれない! あの時だって……!」
「別に言うことなんてないし。話すことがないから話さないだけよ。いいじゃん別に。アンタ私のこと嫌いなんでしょ? 嫌いな奴のことなんて、どうだっていいじゃん」
「…………!!!」
千鳥は歯を食いしばり、地団駄を踏むように地を踏みしめた。
いつも自分勝手に好き勝手に、自由に振る舞う彼女が憎たらしくて堪らないと。
最後まで何も語ろうとせず、嫌味を吐き捨てる彼女に苛立ちが隠せない。
「えぇ、えぇそうよ! アンタのことなんて大っ嫌い! あの時からずっと、ずっと……! おまけにこっちまでわざわざ追っかけてきて、私の友達を殺そうとしたアンタなんか、大っっっ嫌い!!! 勝手にすればいい。アンタなんか勝手にすればいい! 勝手に死んじゃえばいいのよ!」
それは今まで溜め込んできた怒りによる叫び。
ずっと堪えてきた、自分の中に抱えてきた姉に対する拒絶の想い。
喉が張り裂けそうなほどに荒々しく、胸の内から、腹の底から声を放つ。
しかしその言葉とは裏腹に、その怒りとは裏腹に、彼女の頰を一筋の涙が伝った。
一度こぼれたその涙は、彼女が言葉を放つ度にポロポロとこぼれる。
怒りに満ちた叫びの中で、彼女自身でも理解できない涙が流れて止まらない。
「こんなこと、聞くんじゃなかった。気にした私がバカみたい。何無駄なことしてんだろ、私……」
「いーや、クイナ。無駄じゃないよ」
理由のわからない涙が止まらない。
その涙を乱雑に拭いながら呟く千鳥に、アゲハは柔らかい言葉を投げかけた。
普段は聞くことのない包み込むような声に、千鳥は思わずその目をまじまじと見た。
「アンタのお陰で私は────」
アゲハはゆっくり微笑み、そっと呟くように言葉を溢す。
傷付き疲弊しやつれたその顔の中に、ほんの僅かに余裕が戻った。
「ここから逃げられるんだから」
空間が張り裂けたような断裂音が響き渡り、全てを飲み込んだ。
その場にいる全員が耳を塞ぎ頭を下げる。
その炸裂は、アゲハから発せられた竜巻のような暴風の渦によるものだった。
風の波一つひとつが刃のような鋭さを持って渦巻き、彼女を縛っていた蛸の足を悉く切り裂いた。
自身を拘束していたしがらみを打ち破ったアゲハは、折れた羽を急速に再生させて大空に舞い上がった。
「────そんな……!」
声を上げたのはクロアだった。
斬り刻まれた己が足の激痛に顔を歪ませながら蹲った彼女は、吹き荒れる風を障壁で防ぎながら驚愕の表情でアゲハを見上げる。
今の今まで力なく項垂れていたアゲハに、逃れる力があるとは思ってもいなかった。
「油断しちゃったねクロア。もうちょっと注意してれば、私に出し抜かれることもなかったんじゃない? 調子乗ってるからこういうことになんのよ」
高く舞い上がったアゲハは、文字通り高みから余裕の笑みを浮かべる。
しかし彼女が負ったダメージは重く残っており、実際にはその表情ほど余裕が残っているわけでもない。
それは、未だひしゃげている腕を見れば明らかだった。
高い回復力を持つ彼女が、いくら拘束されているとはいえされるがままに痛めつけられていたのは、この時を待っていたからだった。
折られ潰され、嬲られた身体を回復させる魔力を抑え、この場を離脱する時のために温存していた。
爆発的な魔法を放てるだけの魔力を溜め、そしてクロアの意識が僅かにでも逸れる時を待っていたのだ。
「こんなところでアンタらに捕まってる場合じゃいんだよね。悪いけどさ!」
全ての足を斬り刻まれ、蹲るクロアに追撃のカマイタチを無数に放つアゲハ。
激痛に苛まれ再生が思うようにいかないクロアは、闇の
そんなクロアを満足げに見下ろし、アゲハは呆然としている千鳥に向き直った。
「別にアンタが私のことを嫌ってたっていいよ。私は、アンタにどう思われてたって構わない。だって私はアンタのお姉ちゃんだもん」
ニッコリと浮かべる笑みは、温かく屈託のないもの。
優しさのこもった、慈しみを含む笑顔。
そんな純粋な笑顔に、千鳥は動揺を隠せなかった。
「なん、なのよ……アンタは、なんなのよ……!!!」
「だからなんでもいいでしょ、そんなの。でも、安心して。私はいつだって、アンタの味方なんだから」
千鳥の涙はいつの間にか止まっていた。
それと同時に、怒りも苛立ちもこの場の混乱に連れ去られてわけがわからなくなる。
理解の追いつかない状況に、感情が入り乱れてどれが正しい気持ちか判断がつかない。
故に千鳥は、アゲハのその笑顔をただ呆然の見上げることしかできなかった。
「クイナ、アンタのことは私が解放してあげる。アンタに憎まれようが恨まれようが、私がアンタを救ってあげるからね。だからもう少し、待っててね」
そう言い残し、アゲハは力強く羽ばたいてその場から急速に離脱した。
傷付いた身体を庇いながらも、気丈な笑みを浮かべ、優雅に夜の空へと飛び去った。
残された千鳥はただ、その蒼い軌跡を目で追って、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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