36 何倍返し
落ちてきたカノンさんとカルマちゃんと一緒に、四人で地面にふんわりと着地する。
アゲハさんが撃墜されたことで、辺りには静寂が広がった。
人気のない薄暗い路地は、一時的に元々の静観を取り戻している。
腕や羽を切り落とされ、遥か上空から叩き落とされたアゲハさん。
普通に考えれば死んでしまっているだろうけれど、転臨したアゲハさんは信じられないくらい頑丈だ。
きっとまだまだ、彼女を追い詰めるには至っていないはず。
地面に叩きつけられた彼女の姿は、流石に恐ろしくて確かめることができなかった。
十数メートルの高さから地面に叩きつけられた人間がどうなっているかなんて、想像もしたくない。
少し遠めに見えるその姿が、辛うじて人間の姿を保っていることくらいはわかる。
けれどそれよりも具体的に、どういう風になってしまっているかは、とてもじゃないけれど見る勇気が出なかった。
「アゲハちゃんの様子はどうかなぁ〜? ぐちゃぐちゃかな? 血いっぱい出てるかな?」
「ちょ、ちょっとカルマちゃん」
尻込みしている私と対照的に、カルマちゃんは楽しそうな足取りでアゲハさんに近付いていった。
復活したカルマちゃんは味方になってくれているけれど、根本的なネジの外れ具合は変わっていないみたい。
警戒心の全くない軽やかな様子で歩みを進めるカルマちゃんを、私は制止しようと手を伸ばす。
けれどカルマちゃんはそんな私を見てにへらっと笑った。
「だ〜い丈夫だよー。もぅ、お姫様は心配性さんだなぁ。アゲハちゃんペッチャンコだし、再生するにしてももーちょっと時間かかるよきっと! ────おっと」
私たちの方を見ながら、朗らかな後ろ歩きで歩みを進めるカルマちゃん。
その余裕綽々ぶりに、見守る私たち三人は溜息をつくしかなかった。その時。
「────私はアンタの脚でも貰おうかな! カルマ!」
倒れ伏すアゲハさんの元までカルマちゃんが近づいた時だった。
不意にカルマちゃんの足首を握る手があった。
失った腕をいつのまにか再生させていたアゲハさんが、その傷一つない綺麗な細腕でカルマちゃんを捕らえていた。
「ありゃりゃ。カルマちゃんもしかしてもしかしなくてもピンチ?」
「脚だけとは言わず、その腐った命諸共くれちゃってもいいけどさ!」
アゲハさんの再生はもう完了していた。
その穢れなき姿のどこにも傷は見当たらない。
切り落とされた両腕も羽も、綺麗に元どおり。何事もなかったかのようだ。
起き上がりざまにカルマちゃんの足首を握ったアゲハさんの手の内が、煌々と光っている。
魔力が収縮して、今にも炸裂しそうなほどにエネルギーが溜められているのがわかった。
「カルマ!!!」
カノンさんが張り裂けそうな声を上げて飛び込んだ。
それに続いて私と千鳥ちゃんも急いで向かう。
けれど既に足を掴まれてゼロ距離の攻撃を受けようとしているカルマちゃんに、とても間に合うとは思えなかった。
その時、閃光が私の横をすり抜けた。
電気をまとった千鳥ちゃんが、雷の速度で駆け抜けたということを一瞬遅れて理解する。
瞬きの間に接近した千鳥ちゃんが、カルマちゃんの足にしがみつくアゲハさんの顎を勢いそのままに蹴り上げた。
「…………!」
「早く離れなさい!」
電撃を伴う蹴りを頭部に受けたアゲハさんは、蹴り上げられた衝撃と共に感電し、ビクンと痙攣して仰け反った。
当然その手は足首を放し、千鳥ちゃんに言われるがままに離脱するカルマちゃん。
「千鳥ちゃん! 危ない!」
けれど、アゲハさんの手には既に爆発の時を待っていたエネルギーが充填していた。
千鳥ちゃんの攻撃によって力が抜けて、魔力を押さえつけている力も同時に抜けていた。
そのエネルギーが、今にも炸裂する……!
私の声にすぐさま千鳥ちゃんは反応して、慌てて自分もその場を離れようとした。けれど────
「どこ行くのさぁクイナ。お姉ちゃんを足蹴にするとかさぁ、いい度胸してんじゃん……!」
「……! このっ……!」
既に持ち直していたアゲハさんが、千鳥ちゃんの腰の辺りに抱きついた。
そして大きな蝶の羽が千鳥ちゃんを包み込む。
逃げ場をなくしたのは千鳥ちゃんだけではなく、アゲハさんの手のエネルギーもまたその狭い中に閉じ込められた。
間に合え!
そう念じて急いでも、あとほんの僅かの距離がどうしようもなく遠い。
今にも炸裂しそうな攻撃と、逃げることを許さない抱擁。
どんなに足を早めても、手を伸ばしても、届かない。
そして、羽の中で爆発が起きた。
全ての衝撃と威力を羽の内側に留め、その代わり内部では行き場のないエネルギーが暴れ回っている。
「千鳥ちゃん!!!」
羽がゆっくりと開かれ、現れたのは案の定無傷のアゲハさん。
羽の内側で同じ爆発を受けていたはずなのに、傷一つない綺麗な体。
そして、ボロボロになった千鳥ちゃんが力なく倒れ込んだ。
地面に倒れ伏す寸前、私はその体を受け止めた。
多少は防御行動が取れたのか、あの爆発を間近で受けた割には欠損箇所は見当たらない。
けれど全身の至る所に裂傷と火傷があり、息も絶え絶えだ。
「千鳥ちゃん! しっかりして!」
「アリス……ごめん、馬鹿した……」
「そんなの良いから!」
急いで治癒の魔法を全力でかける。
薄ぼんやりとした白い光が千鳥ちゃんを包んで、苦痛に歪む顔がほんの少し和らいだ。
「この野郎が!」
そんな私たちを冷たく見下ろすアゲハさんに、カノンさんが力任せに木刀を振るった。
アゲハさんはそれをひょいっと軽々しく避けて、一足飛びに飛び退いた。
「だから言ってんじゃん、調子乗んなってさ。アンタらの攻撃なんて私には効かないんだって。でも痛いのは痛いし、イライラしてしょーがないから何倍にもして返しちゃうけどね!」
怒りと苛立ちを含みつつも、絶対に負けないという確信を持った言葉。
嘲るような、蔑むような高笑いが冷たい空に響いた。
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