49 幻想を抱く

「私がこれから戦っていくにあたって、もっと力を使いこなさなきゃいけないよね?」


 私が尋ねると『お姫様』は頷きながらも少し困った顔をした。


「そうだね。ただわたしが、記憶と力が封印されている今、あなたに貸せる力は限られてる。本当の意味で力を使いこなそうと思うのなら、やっぱりこの封印を解かないことには、ね」


 困った苦笑いを浮かべる『お姫様』。

 今私が使えるのは『真理のつるぎ』と『奉仕と還元』の力だけ。

 それ以上のお姫様としての力、つまり『始まりの力』を引き出すのは、現状では難しいのかな。


「昔はもっと強かったって、レオは言ってた。私があなただった時は、どんなことができたの?」

「どんなことって聞かれると難しいなぁ。色んなことができたとは、思うけど」


 私の質問に『お姫様』はうーんと唸りながらお茶に口をつけた。

『始まりの魔女』ドルミーレをこの身に宿して、強大な『始まりの力』を扱うことのできる私には、一体何ができるのか。

 でも『お姫様』の反応を見るに、色々できすぎて一つひとつ例に挙げるのが大変という風に感じられた。


「まぁまぁ細かいことは置いておいて。今は、今現在できることについて教えるね」

「今でも、私にできることあるの?」

「あるある。今までできていたものの延長みたいなものだからね」


『お姫様』はニパッと機嫌よく笑うと、クッキーを一つ口に放り込んだ。

 さっきまでは親友のことで少し気を張って話していたけれど、また子供らしい無邪気さが戻っていた。


「わたしにはね、『幻想の掌握』ができるの」

「げ、幻想の掌握……?」


 いきなり小難しいことを言われて、私は思いっきり首を傾げてしまった。

 そんな私を見て面白そうに笑って、『お姫様』は構わず話を続けた。


「簡単に言うと、魔法のコントロールかな。わたしはね、周囲で起きている魔法現象のコントロールを奪って、思いのままに改変できるの」

「簡単に言えるならはじめからそう言ってよぉ」

「ごめんごめん」


 少し拗ねたように言ってみれば、『お姫様』はまた楽しそうに笑った。

 この子とはこうやって和やかに話したいものだと、その笑顔を見て思ってしまった。

 話している内容は、なかなか和やかとは言い難いけれど。


 まだ説明としては堅苦しさを拭えない気がしたけれど、大分わかった気がした。

 それはつまり、他人が使った魔法に対してとても有効な力なんじゃないのかな。


「魔法使いや魔女なんかの魔法を扱う者に対しては、天敵のような力になるよ。『真理のつるぎ』で問答無用で打ち消すこともできれば、相手が使った幻想を掌握して利用することもできる」

「それ、結構ズルイよね」

「うん、そうだね。全ての魔法の始まりであるドルミーレからいずる力だからこそって感じかな」


『お姫様』はそう笑いながら言いながらも、ドルミーレの名前を口にした時少しだけ眉をひそめた。

 でも今はそこに突っ込んではいけない気がして、私は見なかったふりをした。


「ただ、魔法をコントロールする力だから、これはわたし自身がそもそも魔法を使えることが前提の力なの」

「え、でも私たちは魔女じゃないから魔法は……」

「そうだね。でも本来は、『始まりの力』があればあらゆる魔法が使えるから。なんてったって全ての魔法の原点だからね」


 言われてみればそうか。『始まりの魔女』の力を宿しているのだから、力を使いこなせればそれをもって魔法を扱える。

 私が『魔女ウィルス』に感染して魔女になっているかどうかは関係がないんだ。


「でも、じゃあどうすればいいの? 今のままじゃ、その『幻想の掌握』は使えないんじゃ……?」

「あなた自身が魔法を扱う者ではなくても、魔法を使う手段はあるでしょ? 現にあなたは、何度か使ったはずだよ」

「……『奉仕と還元』! 友達からの力を借りれば、私だって……!」


 ハッと思い当たって思わず声を上げると、『お姫様』はうんうんと頷いた。

 私自身は普段魔法を扱うことはできないけれど、私が繋がっている友達の魔女の力を借りれば、私も限定的に魔法を扱うことができていた。


「本来の『幻想の掌握』の力ならば、魔力さえあればあらゆる魔法を奪い取ることができる。けれど今、あなた自身は魔法が使えないからそこまでのことはできない。でも、繋がりを辿った友達の力を経由することで、限定的な使い方はできるはずだよ」


 今まで戦う時は無我夢中で、あまり細かいことに気を配らなかったから意識していなかった。

 でも戦いの時私が使っていたのは紛れもなく魔法で、あれは友達から借り受けていたものだ。

 その力に、更にそんな使い方があるなんて。


「他人の魔法のコントロールを奪うこと自体は、実力差や魔力差があれば他の人にもできること。でもそれは起きている現象の主導権を奪うというだけだから、場合によって奪い返されたりもする。それに、魔法の種類によっては干渉できない。でも『幻想の掌握』は、魔法のシステムを根底から奪う力だから、どんな魔法にも有効だし、根こそぎ奪うから奪い返されることもない」


 それはやっぱりどこか、『始まりの魔女』ならではの力のように感じられた。

 全ての始まりであるからこそ、他の魔法使いや魔女に有無を言わさない力を振りかざせるんだと。


「どんな魔法と言っても、今のあなたは十全じゃないから限定的な使い方になるとは思うけどね」

「その力は、どうやって使えばいいの? 普通に魔法を使うのと同じように?」

「ううん。『幻想の掌握』は魔法由来の力ではあるけれど、その根本は『胸に幻想を抱くこと』だから、全く違うよ」

「……?」


 ひどく抽象的な物言いをされて、私はまた首をひねるしかなかった。

 そんな私に『お姫様』は優しく微笑んで、そして自らの胸の前でそっと手を握った。


「希望を描き、夢を抱いて、理想に焦がれる。それがわたしの本質の一つだからね」

「ごめん、さっぱり意味がわからない」

「要は心の問題ってこと。わたしが辿って来て道のりは、確かに幻想に満ちたものだった。そしてそれは、かつてわたしが夢見たもの。わたしにはね、その夢を叶える力があるんだよ」


 言っていることが一つも理解出来なかった。

 とても雰囲気で物を言っているようにしか聞こえない。

 訝しげに顔を歪める私に『お姫様』は苦笑いを向けた。


「ごめね、わけわからないよね。とにかくね、わたしには思い描いたものを形にする力があるんだよ。『幻想の掌握』はそこからの延長で、起きている魔法げんそうを自分の空想げんそうで飲み込んでしまうことなの。だからね、ただ理想を思い描けばいいんだよ。どうしたいのかってね」

「そう、なんだ……」


 細かい理屈を理解するのは、今の私にはまだ難しそうだった。

 でも何ができるかということはなんとなくわかった気がする。

 後は力そのものを、必要な時に上手く引き出せるかだけれど。


「あなたももう感じていると思うけれど、わたしたちの間に制限がなくなったことで、力を貸すということ自体のハードルはとても下がってる。自分のものとして常に扱うことはできなくても、強く望んでくれれば一時的に手を貸すことはできるから」

「うん、わかったよ。ありがとう」


 確かに今日は二度も力を引き出したけれど、その過程はとてもスムーズだった。

 ただ戦うことを胸に抱いて、力を必要とするだけで湧き上がってくれた。

 それでもまだ私自身のものとして取り戻したわけではないから、油断はしちゃいけないんだろうけど。


「大切なのはね、心のままに生きることだよ。小難しいことを色々言っちゃったけれど、わたしたち自身の力は、心に由来するものだから」

「心に……?」

「うん。友達と心を繋ぐ力もそうだし、胸に抱く夢や希望、空想を形にする力も、どちらも心から湧き出る力。ドルミーレの力を原動力としてわたしたち自身が作り出した、わたしたちの能力ちからなんだよ」


『お姫様』は自身たっぷりに笑った。自らの力に、心に誇りを持っているかのように。

『始まりの力』という強大な力に頼るだけではなく、それを自分のものとして昇華させているんだ。

 もしかしたらそれができていることが、私がこの身にドルミーレを宿している所以なのかもしれない。


「だからね、忘れないで欲しいの。常に夢と希望を胸に抱いていれば、わたしたちは必ずそれを実現させられるんだって。儚い幻想は、いつか形ある現実にすることができるんだって」

「幻想を、形に……」

「うん。だから見失わないで。自分の理想や、戦う意味、守りたいものを。本当に、一番大切なものが何なのかを」


『お姫様』は私の奥底を見据えるように、深い視線を投げかけてきた。

 きっと彼女には、まだ私に言っていないこと、言えないことがあるんだと思う。

 けれど、必要以上のことは聞けないし、聞いても意味がないと私は思っているから、彼女もそれを尊重してくれている。


 真実は自分の手で掴み取らなければ意味がない。

 それがどんなに苦しい道のりの果てにあるものだとしても。

 それがどんなに残酷な結果であったとしても。

 それでも、自分自身の目で向き合って、決して目をそらしちゃいけないんだ。


「わかった。最後まで私は、大切なものから目を離さないよ」

「……うん」


 頷く『お姫様』の表情は、どこか寂しさを含んでいるように見えた。

 それは、これから起きるであろう過酷な戦いを憂いているのかもしれない。

 かつての親友たちとの衝突。自由な思惑を巡らせる魔女狩りやワルプルギスとの問題。

 先が思いやられてならない。けれど、これが私の運命ならば、全力で抗う他ないんだ。


 意識に穏やかに靄がかかってきて、この夢の時間の終わりを直感した。

 いつもこうやってこっちの意識が薄れる時は、目覚めの合図だ。現実の私が目を覚ます。


「心を感じて。あなたに繋がる大切な心を。そうすればきっと、それが真実に繋がるから────」


 霞んでいく意識の中で『お姫様』の声が聞こえた。

 不安を浮かべながらも、それでも希望を胸に前を向く意志の強さを持った声が。

 私は、その健気な想いに心の中で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る