31 おっかなびくり
「放して! 放してよ!」
未だ身体には力が入らない。
私はD4に抱きかかえられたまま、夜の空を飛んでいた。
今までいた公園はもう見えなくなってしまっていて、夜の空の闇に紛れながら街の方へと向かって飛んでいる。
「降ろして! 氷室さんのところに戻らないと! ねぇD4!」
あの状況で氷室さんを置いてきてしまったことに、焦りを感じずにはいられなかった。
氷室さんを妹だと言ったロード・スクルド。けれどその妹をあの人は殺しに来たと言った。
一体全体何がどうなっているのか、私にはさっぱりだけれど、でも氷室さんはとても怯えていた。
ロード・スクルドを前にして、とても震えていた。
そんな氷室さんを一人置いてきてしまうなんて、絶対に不安に決まってるんだ。
「それはできないよアリス。あの場にあなたをいさせるわけには……」
「じゃあせめてどこかに降ろしてよ。このまま飛んでるの、嫌だ」
私のことをぎゅっと抱きしめて、眉をひそめるD4。
長いポニーテールをはためかせながら滑空するD4もまた、迷いを見え隠れさせていた。
私のお願いに渋々と頷いて、D4は近くのビルの屋上に降り立った。
そこでようやく私にかけた魔法を解除したのか、全身の脱力感がなくなって、私は自分の足で立つことができるようになった。
駅前付近にあるこのビルからでは、街外れにある公園を見ることはできない。
そもそも地方都市のビルだから大した高さではないし、周辺を遠くまで見渡すのにはあまり適していなかった。
「氷室さんを助けに行かなきゃ……!」
「待ってよアリス!」
身体に力が入るのを確認して、私はD4の脇をすり抜けていこうと駆け出して、腕を掴まれた。
ぎゅっと強く私の手首を握るD4の顔は、不安に揺れていた。
「放してよD4。お願い……! 私、友達を助けたいの」
「無茶だよ。相手は
「それでも! 私は、大切な友達を見捨てることなんてできない!」
「っ…………!」
D4は苦虫を噛み潰したような顔をした。
迷いと不安、そして悲しみが入り混じった顔で、しかし私の手を握る力を強めて、強く引いた。
「お願いだから、待って……! お願いアリス。せめてあなただけでも、私の話を……」
「D4……」
今にも泣きそうな顔で声を絞り出すD4。
そうだ。今彼女は、D8と意見を違えぶつかって、すれ違ったばっかりなんだ。
D8もまたD4の言葉に耳を貸さず、何も言わずに去ってしまった。
「お願いアリス。私だって、私だって大切な友達を見捨てることなんてできないよ。あなたは覚えていなくても、私にとってあなたは……掛け替えのない親友なんだから……」
「……アリア」
私を手繰り寄せ、両腕に縋り付いて力の限り訴えかけてくるD4の姿に、思わず口からその名前が溢れでた。
D4は目を見開いて私のことを見返してきた。
「今、私の名前を……」
「ごめん、覚えちゃっただけ。思い出しては、ないよ。ごめんね」
「そうだよね。うん、そうだよね」
D4は眉を寄せて困ったような笑みを浮かべた。
それでも私の腕を握る手は小刻みに震えていて、その動揺と悲しみがありありと伝わってきた。
「でもね、D4。私、覚えてないし思い出せていないけど、あなたが私にとって大切な存在だってことは、わかってるんだよ」
D4の悲しそうな顔に、私は思わずフォローするように言葉を付け足した。
それがフォローになるのかはわからなかったけれど、それでも今の気持ちを伝えるべきだと思った。
「頭では理解しているし、この心もあなたたちが私の親友だって、感じてる。でもその記憶がない私にはそれを実感することはできなくて。だから……」
「……わかったよ、アリス。ありがとう」
D4は薄くゆっくりと微笑むと、私の腕を握る手の力を弱めた。力なく息を吐いて眉を下げる。
「少し、話できないかな?」
「でも……」
「あの子が心配なのはわかる。けど、少しでいいから」
穏やかに控えめながらも、D4の切実な思いが伝わってきてしまって、私はそれを強く振り払うことができなかった。
私と繋がっている氷室さんの心が、激しく揺れているのを感じて、正直気が気ではなかった。
私を呼んでる。助けてと叫んでいる気がして。
けれど今目の前にいるD4を、乱暴に振り切って向かうのは難しい。
今は穏やかなD4だけれど、私がそれを無視して強引に飛び出そうとすれば、今度こそ完全に拘束されてしまうかもしれない。
なら、今は冷静に話すのが一番の近道かもしれない。
D4もまた私の大切な友達なのだから、いつかは向かい合わないといけない相手だ。
きちんと話し合ってわかり合えれば、すんなりと通してもらえるかもしれない。
「……わかったよD4。でも、私は氷室さんを助けに行きたいの。その気持ちも、わかってほしい」
「……うん、わかったよ。ありがとうアリス」
D4は複雑そうに瞳を揺らしながらも、弱々しく微笑んで頷く。
私から手を放すと、屋上の塀に腰をかけた。
私も少し迷ってから、それに倣ってD4の隣に腰を下ろした。
D4はそんな私を見て嬉しそうに口元を緩めて、ゆっくりとおっかなびっくり手を重ねてきた。
その手はひどく怯えていて、小さく震えていた。
でも私の手を包み込むその手には優しさが込められていて、私はなんだかそれを懐かしいと感じてしまった。
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