27 勝てない

「────────!!!」


 誰かが叫んでいる。

 爆発の轟音にかき消されて、誰が何を叫んでいるのかは全く聞き取ることができなかった。

 炸裂した衝撃と全てを飲み込む爆炎が、瞬時にして広がって私を包んだ。

 けれど、その衝撃も熱も私には届かなかった。


 D8が放った剣が爆発する一瞬手前で、私の胸から青い炎が吹き溢れた。

 その炎は急速に私を包み込んで、間一髪のところで爆発から私の身を守ってくれる。

 爆炎が晴れ、衝撃が収まり、そしてそれに合わせるように私を多い包んでいた青い炎の膜も収まった。

 青い炎は収縮すると、いつものように私の胸元で氷の華を咲かせた。


「やるじゃねぇか、アリス」

「私の力じゃないよ。私を守ってくれる友達がいるから、私はなんとか立っていられるの」


 爆発を防ぎきり、身をよろけながらもなんとか踏ん張って立つ私を見て、D8は薄く笑った。

 そして友達という言葉に反応して、その顔をしかめる。


「お前は、確かにそうだな。俺も昔は、お前の隣にいた」

「今だってまだ間に合うよ。こんなことしなくても、私たちはきっと……」

「それができりゃあ、苦労してねぇって────!」


 D8が苦い顔をして剣を握り締めた時、私とは対称の位置にいる氷室さんが動いた。

 剣を握るD8の手首を氷室さんが掴むと、そこからパキパキと音を立てながら彼の体が凍りはじめた。

 D8は舌打ちをしながら氷室さんを振り払って、直後自分の腕を燃え上がらせて凍てつきを溶かした。


 その隙に氷室さんは至近距離からD8に向けて氷の槍を複数放つ。

 しかしそれはD8の体に到達した瞬間にことごとく砕け散った。


「魔女ごときの魔法が俺に効くかよ!」


 不意打ちを失敗した氷室さんにD8の手が伸びる。

 その手は炎をまとい、そこから火炎放射のような炎の柱が唸りを上げて放たれた。

 それに対して氷室さんは咄嗟に同じような炎を放って対抗したけれど、その劣勢は明らかだった。


「氷室さん!」


 私は慌てて二人の元に飛び込んだ。

 剣を強く握り直し、光をまとって瞬間的に二人の元まで詰め寄る。

 二つの炎のぶつかり合いを剣で掻き消して、そのままの勢いでD8に斬りかかる。


 けれどもうそこにD8の姿はなかった。

 私が割り込み炎を消した時点で彼はもう動き出していた。

 私たちの後ろに回り込んでいたD8は、腕を大きく広げてニヤリと笑った。


 その瞬間、私たちを取り囲むように炎がぐるりと周囲に走って、円状の壁を作り出した。

 メラメラと揺らめきながらも高々と燃え上がる炎の壁は、私たちを完全に閉じ込めた。

 炎で空間を限定することで逃げ場を封じ、狭く封鎖的な戦いの場を仕立てられてしまう。


「アリス。昔のお前は強かった。そして今のお前もどうやらその一端を扱えるようだが、そんなのままごとみてぇなもんだぜ。話になりゃしねえ」


 燃え盛る炎を背にD8は静かに言う。


「自分自身のものになってない力をいくら振るおうが、そこになんの意味も生まれねぇよ。今のお前は、ただ棒切れを振り回してんのと何にも変わりゃしねぇ」

「なにが、言いたいの……?」

「お前じゃ俺には勝てねぇってことだよ」


 D8は呆れるような溜息をついた。

 そして何かを憂うように寂しそうな目をしてから、私たちに冷ややかに目を向けてきた。

 燃え盛る炎すらもその熱を感じさせず、その視線と共に空気が凍っていくようだった。


「昔のお前なら、俺なんて敵じゃなかっただろうさ。でも今のお前なら俺だって殺すのはわけねぇ。だから今のうちに、さっさとぶっ殺す!」


 私たちの周囲に燃える炎たちが高く昇った。

 天に届くほどに伸び上がる炎は、私たちに逃げる余地を与えない。


「……この中から出ないと」

「うん。でも燃えている範囲が広すぎて、剣で切っても炎の壁自体は消せないみたいで……」


 この場から逃れるために炎の壁に斬りかかってみても、すぐに周りから火の手が伸びて消えた分は補われてしまう。

 地を這い燃え上がっている炎の壁は、その一部分を切ったところで全体を打ち消すことはできなかった。

 氷室さんが魔法で水を放ってみても、それは炎を消すどころか蒸発させられてしまう。焼け石に水どころの話ではなかった。


「無駄なことはやめとけ。丸焦げになるだけだぜ。ま、どっちにしたって結果は一緒だけどな!」


 D8が広げる両手の上には巨大な火の玉が浮かんでいた。

 火の玉という表現は、それにはあまりにも陳腐すぎる。

 それはまるで太陽を模しているかのように、凝縮した熱エネルギーの塊だった。

 燃え盛っているというよりは、炎という力の塊のようだった。


 あれは以前、向こうの世界のあの城で、氷室さんを殺そうと放たれたものと同じものだった。

 それが二つ。人を丸々飲み込んで焼き尽くすには十分ほどの大きさの小型の太陽。

 それが唸りを上げて彼の手の平の上に浮かんでいた。


「安心しろよ。これを放り投げやしねぇよ。それじゃあお前のその剣に切られておしまいだからな」


 浮かぶ二つの太陽に身構える私たちを見て、D8は不敵に微笑んだ。

 余裕の面持ちで、けれどどこか悲観したような表情で。


「あらゆる魔法を打ち消すその剣は一見最強に見えるが、お前の強さの所以はそれじゃなかった。その剣を振り回すことしかできない今のお前じゃ、こういうのには対応できねぇだろ」


 二つの太陽が激しく瞬いたかと思うと、そこからレーザーのような熱線が無数に放たれた。

 視界を埋め尽くすほどの凝縮された炎のレーザーの群れが、私たち目掛けて一斉に降り注いでくる。

 そして同時に私たちを取り囲んでいる炎の壁からも、まるで意思を持った生き物のようにその火の手が伸びてきた。


 周囲全ての方向から襲いかかってくる炎。それは私の剣一振りで対応できる範囲を越えていた。

 氷室さんが咄嗟に張った障壁は、その圧倒的な物量とエネルギーに難なく破壊され、突破されてしまう。

 魔法使い、魔女狩りの魔女とは比べ物にならない実力に、私たちは迫り来る炎になす術もなく、ただ受け入れるしかなかった。


 その時────


「本当、あなたは力技ばっかり。力が有り余っているのはいいことだけれど、もう少しテクニックを身につけなよ」


 私たちの周りに幾重にも重ねられた障壁が張られ、迫り来る炎を全て遮断した。

 そして炎は障壁に触れた瞬間に力をなくし、その勢いを弱めやがて消えていった。

 私たちを取り囲んでいた炎の壁も次第に消え、一気に静けさが訪れた。


 音もなく障壁が消え、炎が晴れた先には、一人の女の人が立っていた。

 黒いコートに身を包んだ、長いポニーテールを揺らす女の人が。


「そんなんじゃ、いつまで経っても私に追い付けないよ、レオ」

「────アリア、てめぇ……」


 魔女狩り、D4がまるで私たちを庇うように背を向けて、D8との間に立っていた。

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