7 泡風呂

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 大きなピンク色のベットが堂々とその存在感を露わにしている薄暗い部屋。

 淡くぼんやりとした明かりに照らされる室内の中で、部屋の中心にあるテーブルの上には、白く煌めくものが浮かんでいた。


 白いバラが一輪、何に支えられるわけでもなくそこに浮かび佇んでいる。

 その白い花弁は淡く、しかし神々しく光り輝き、この色香に満ちた空間の中で異彩を放っていた。


 そんな部屋の中は無人であり、静寂に包まれていた。

 床には三人分の衣服が乱雑に脱ぎ捨てられている。

 そして部屋の奥、バスルームから響く花が咲くような声が、部屋の静寂を僅かに乱していた。


「流石レイさん。お見事でございました」


 広いバスルームの中でクロアの興奮した声が響いた。

 とても嬉しそうに微笑んでレイの頭を優しく撫でる。

 対するレイも満足そうに、落ち着いた表情でそれを受け入れていた。


 広いバスルームの中にある浴槽は、四、五人で入ろうとまだ余裕があるようなものだった。

 今その浴槽は白いふわふわな泡で満たされており、三人の魔女がその泡の中で埋もれている。


 カールした長い黒髪をタオルで結び上げたクロアは、浴槽の縁にゆったりと背中を預け、泡に満たされた湯に浸っていた。

 普段は蒼白と言えるほどに白いその肌も、湯の温かさに当てられてかやや赤みを帯びている。

 濡れた髪とわずかに赤みの差した肌は、髪を持ち上げたことで露わになったうなじを扇情的に見せていた。


 水面の泡はその内を覗かせることを拒むように白く膨れ上がっており、それらが体に張り付いている。

 その泡が付着した様もまた淫靡さを増していた。

 水面の泡を押し退ける二つの豊満な乳房は、まるで泡と共に湯に浮いているようだ。

 湯に浮かぶほどに軽やかに、しかし泡の中に溶けゆくように揺蕩たゆたう二つのそれは、視覚からでもその沈むような柔らかさを感じさせている。


 しかしそんな乳房にはレイの黒い頭が預けられていた。

 まるでそれを枕にしているかのように頭を預け、そしてその全身をクロアにもたれ掛けさせるレイ。

 頭の重みで乳房は柔軟に潰れ、しかし包み込むよな弾力を持って受け止めている。

 クロアはそんなレイを後ろからやんわりと抱いて、まるで母のように優しくその頭を撫でていた。


「これは大きな一歩だ。そう思うだろう?」

「えぇえぇ。確実に大きな前進でしょう。姫君の行く末を握ったのですから」


 心地好さそうに目をつぶり得意げに言うレイに、クロアはうんうんと頷きながらそれを肯定した。

 包み込むようなその声と、柔らかく受け止めるその弾力のある身体の感触を一身に味わいながら、レイは満足げに微笑む。


「でもさ、結構強引だったんじゃないの? 流石のアリスもアンタのこと嫌いになっちゃったりして」


 二人に対面するように湯に浸かっているアゲハが意地悪く微笑んで言った。

 両腕を広げ浴槽の縁にかけているせいで、その胸元は堂々と広げられている。

 その張りのある胸の頭頂部は泡によって辛うじて隠されているが、クロアにはやや劣るもののたわわと実ったそれは、明確な存在感を放ってあられもなく晒されている。


 クロアの胸が溶けるように柔らかく揺蕩たゆたっているとすれば、アゲハのそれは柔らかさを含ん上で引き締まっており、より弾性に富んだ張りと形の良さが見えた。

 胸元の中心に掘られた蝶のタトゥーとまとわりつく泡の相乗効果で、果実のように生き生きと実ったその乳房の形はくっきりと強調されている。


「その点は平気さ。確かに不興は買っただろうけど、しかしアリスちゃんは対立で友達を見限るような子じゃない。それが彼女の強さでもあり、そして同時に弱さでもある」


 レイは微笑んで湯に沈む自身の胸をとんとんと叩いた。


「現に『庇護』の繋がりは消えていない。僕はまだちゃんとアリスちゃんの友達さ」

「ホントアンタって、なんて言うかサイテーよね」


 アゲハは溜息をつきつつそう言いながらも、しかし言葉ほどレイを非難しているわけではなかった。

 しかしレイのそれが、アリスの心と優しさに漬け込んだ行為であることは事実だ。

 道徳的に考えれば好ましくないことも、また事実だ。


「ですが、姫君が全てを取り戻した暁には、レイさんの元にいらっしゃるのでしょう? それなら問題ないでしょう」

「そうだね。アリスちゃんの心は僕のものだ。最終的に僕のものになるのだから、その心の揺れ動きもまた僕のものさ」


 レイは更にクロアの胸に頭を沈め、更には手を伸ばして挟み持ち上げるようにその餅のような膨らみの形を歪めた。

 レイの手の動きに合わせて自在に形を変えるそれは、レイの指をたゆんと飲み込むように沈め、柔らかな圧力がその頭を包んだ。


「お気に召しましたか?」

「ああ、文句がないほどにね。クロアの胸はいつだって心地いいよ。包まれるようだ」

「いつでもお好きな時に包みいだいて差し上げましょう」


 そう言うと、クロアは腕に力を込めてぎゅっとレイを引き寄せた。

 ただでさえ身を委ねていたレイの体が更にクロアに押し付けられ、その頭がぐにゃりと乳房の形を潰した。

 そんな二人をアゲハはとても冷たい目で見つめていた。


「なんだいアゲハ。仲間はずれは嫌なのかい? だったらほら、こっちおいでよ」

「誰が! いかないわよ!」


 ニヤリと笑みを浮かべてレイが腕を持ち上げて広げる。

 腕にまとわりついた泡が持ち上げられることでぽたぽたと落ちる。

 そんなレイにアゲハは眉をぎゅっと寄せて反論した。


「なんだ違うのか……あぁ、なるほど」


 一人で何を納得したのかレイはニヤける笑みを更に強め、悪戯っぽく眉をあげた。

 その様子にアゲハは嫌な予感がして少し身をよじったが、既にレイは動き出していた。


 クロアの腕の中から抜け出したレイは、まるで泳ぐようにすいっとアゲハの元まで擦り寄り、そしてアゲハの身の内に潜り込んだ。

 腕を広げていたアゲハにそれを阻むことはできず、レイの顔は泡を押し退けアゲハの胸の間に収まった。

 湯の中でも流れることなく張りのある形を保っていたその間に、搔き分けるように埋もれるように顔を押し込む。

 漂うその二つの乳房を両の手で包んで、自らの顔を押し挟むように力を入れてレイはその感触を楽しんだ。

 顔を包むその圧力はクロアのそれよりもやや強く、その存在感をより感じさせた。


「僕に構って欲しかったんだろう? そう怖い顔をしなくたって、ちゃんとアゲハの胸も味わってあげるさ」

「なっ────」


 上目遣いで、しかし愛らしさよりは鋭いクールさが先行するレイの視線に、アゲハは口をもごもごとさせた。

 他人に自身の肉体を晒すことに何の躊躇いもない彼女だが、レイのその行為には戸惑いを見せた。


「それともアゲハは、ベッドの方がお好みだったかな?」


 レイは湯の中でアゲハの脇腹をすぅっとなぞり、そのまま内腿へと手を滑らせた。

 入浴剤の適度な滑りとアゲハの滑らかな素肌が相まって、レイの指はスルリと滑るように肌を伝った。

 全く無駄のないくびれた腰回りから、程よく筋肉のついた引き締まった腿へ。同じ身体、同じ肌のはずなのに、手が下っていくにつれその滑らかさは増してゆく。


「だ、誰が……! 私アンタみたいの趣味じゃないし!」

「そう言う割には、前は良い声で鳴いたじゃないか。身体の方はそうでもないんじゃないかい?」


 レイはほくそ笑んでアゲハの胸から顔を上げると、ぐいっと顔を持ち上げてアゲハの首筋に唇を這わせた。

 潤いに満ちた少し薄めの唇が、しかし確かな柔らかさを持って首筋を撫で、アゲハは喉の奥で声を鳴らした。

 ただそれだけの行為のはずが、しかしそれだけで全身にピリピリとした感覚が走っていく。


 レイはアゲハの好みには合わない。

 それは確かな事実ではあるが、レイには他人を魅了し誘惑する力がある。

 それはレイが得意とする魔法でもあるが、レイ自身が持つ魅力によるものでもある。

 その表情、言葉、仕草は他人を惑わす力を持っていた。


「────んもう、やめてよ! 私今そういう気分じゃないの!」

「なんだぁつれないなぁ。久しぶりに可愛がってあげようと思ったのにさ」

「……ったくこの色魔め」


 胸や太腿をぬめりと共に絡みつくように撫で回す手つきと、首にまとわりつくぬるっとした唇の柔らかい感触。

 直接身体に訴えかけてくる刺激に飲まれそうになりつつも、アゲハは腕にぐっと力を入れてレイを引き剥がした。

 レイは拗ねたように口元を尖らせながらも、そこまで本気ではなかったのかアッサリと身を引いた。


「……そんで、これからはどうするわけ?」


 アゲハに引き剥がされたレイはいそいそとクロアの元に戻っていた。

 今度は正面から抱きつくように身を預け、横向きに寝そべるようにその胸を枕にしていた。

 浮力と弾力を持ったクロアの双房は、ふんわりとその重みに歪みながらもレイの頭をしっかりと支えていた。

 そんな姿にやるせない溜息をつきながらアゲハが尋ねると、レイはうーんとわざとらしく考える仕草を見せた。


「鍵が手に入ったのですから、後は解放の時を見定める、ということでしょうか? レイさんにはお考えがおありで?」

「まぁね。封印を解けば力と一緒に記憶が戻る。その時、過去の記憶に飲まれては欲しくないんだよね。もちろん記憶と共に当時の気持ちを思い出してもらわなきゃいけないけど、今のアリスちゃんを失っては欲しくない」


 ちゃぷちゃぷと水音を立て、泡と湯をかき混ぜながらレイは自分が枕にしているそれをゆったりと撫でていた。

 その手のひらがわずかに胸のてっぺんを撫ぜるたび、クロアは少しだけ甘い息を吐く。

 そんな声に心地よく耳を傾けるレイを、クロアはまるで赤子を見るやうな穏やかな目見下ろす。


「それに問題はその先だ。記憶と力の封印を解き、その奥に眠る力を引っ張り出してあげないことには、僕らの目的は達成されない」

「でもさ、下手に手を出したらこの間みたいになるんじゃないの?」

「それは君が手順をすっ飛ばして刺激して、の機嫌を損ねたからだ。アリスちゃんに深淵へと手を伸ばす心の準備をさせて、正面から敬意を持って挑めば、はきっと目覚める」


 呆れ顔で窘められたアゲハは苦い顔をした。

 退屈のあまり強引な手段でアリスを刺激した結果、真奥の力が暴走し痛い目を見たのは事実だった。


「では、これからわたくしたちはどうするべきでしょう」

「今は傷心のアリスちゃんだけれど、あの子はちゃんとそれを乗り越えるだろう。その後、アリスちゃんには自分が何者なのかを知ってもらう必要がある。それを理解できれば、力を受け入れる覚悟もできるだろうさ。記憶と力を取り戻す覚悟だけじゃなく、の力を呼び覚ます覚悟も必要だからね」

「では、わたくしたちは姫君の成長を促すと?」

「そうなるね」


 レイはクロアの胸から手を離すと体を捻って仰向けになった。

 胸元からクロアを見上げ、ニヤリと微笑む。


「成長を促すって、具体的にどうやって?」

「僕らが大きなアクションを起こさなくてもいいのさ。アリスちゃんが力と真実を追い求めるような状況になればね。そろそろ、また魔女狩りが動き出すだろうし。ね、クロア」

「えぇ、でしょうね」


 アゲハの問いかけにレイはなおざりに答えて、クロアも薄く微笑んで頷いた。

 アゲハはいまいち理解できなかったが、難しそうなことだと判断して深く考えるのをやめた。


「とりあえず、次のこっちからのコンタクトはクロアが取ってみてよ。方法は任せる。敵方の動向を見つつ、様子を見てアリスちゃんに適度に触れておくんだ。アリスちゃんもきっと、色々知りたいだろうしね」

「えぇえぇ喜んで。是非ともお任せくださいな」


 レイの頭をそっと撫でて、クロアはゆったりと微笑んだ。

 その笑顔はとても穏やかだ。しかし穏やかすぎて、逆に何かを孕んでいるようにも思えた。

 しかしそれは、彼女にしかわからないもの。


「姫君の心境と覚悟が整い次第、鍵を用いた解放をするということですね?」

「ああ、その通りだよ。もう、そう時間はかからないだろう」


 レイの口元がニヤリとつり上がった。

 その目は深く、暗く怪しく煌めいた。


「その時こそを迎える時だ。全ての魔女の始祖。魔なる物の原点。『始まりの魔女』ドルミーレ────」




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