4 三人会議

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「さて、それでは説明してもらいましょうか」


 魔女狩りの本拠地の敷地内には、四つの館と一つの塔が建てられている。

 四つの館は言うまでもなく、魔女狩りを統べる四人の君主ロードが管理するそれぞれの館。

 それぞれは俗に、『スペードの館』、『ダイヤの館』、『ハートの館』、『クラブの館』と呼ばれている。

 館は敷地の四隅に均等に建てられており、その中心を結ぶように一棟の塔がそびえ立っている。


 それは魔女狩りを統括する塔であり、主に四人の君主ロードが集う場合に用いられることが多い。

 その塔の頭頂部の一室で、四角いテーブルを前に三人の魔法使いが腰掛けていた。


 室内を照らすのは窓の外から入る月明かりと、揺らめくロウソクのみであるため少し薄暗い。

 しかしそれでもこじんまりとしたその部屋の中で、相手の顔を見ることには苦労しなかった。


 ロード・ケイン、そしてロード・デュークスが着席した姿を確認して、三人の中で一番若い魔法使いが爽やかに口火を切った。

 声色はとても柔らかく穏やかで、囁き包み込むような温かみを帯びていたが、その言葉は強く凛としていた。


 ロード・スクルド。魔女狩りを統べる四人の君主ロードのうちの一人。

 清潔感のある黒髪を爽やかに短く整えた、とても顔立ちの整った若い魔法使いだ。

 デュークスとケインは壮年の男性であり、その顔つきや風態に年相応のものを感じさせるが、二十代前半ほどの若々しさを見せるスクルドは、その二人に対しては少なからず浮いていた。


 まるで童話の王子様を連れてきたかのような、凛々しく煌びやかで精錬とした佇まい。

 端正な美しい相貌に浮かべる穏やかな笑みは、甘みすら感じさせる。

 その碧い瞳がその涼やかさと深みを表しているようだった。

 白いローブをまとった姿も引き締まっており、その在り方は騎士のごとき固さを思わせる。


 そんなスクルドが、少なからずこの場の空気を制していた。

 ニコニコと気の抜けた笑みを浮かべるケインと、不服そうに顔をしかめるデュークス。

 その二人の無言の圧力に屈することなく、スクルドは最初からペースを掴んでいた。


「現在姫君を巡る任務はどうなっているのか。そろそろ私にも教えて頂かないと」


 スクルドの口調は穏やかだったが、その言葉に遠慮がない。

 それは願いではなく指示に近い。この場でしかと説明せよと暗に訴えていた。

 そんなスクルドの方をちらりと見て、デュークスは誤魔化すことなく舌を打った。


「姫君の護送は失敗。その後魔女化が発覚し、これを討伐しようとするもそれも失敗。それだけだ」

「それはもう聞きましたよデュークスさん。あなたの独断による失敗の話は。私が聞きたいのはその後の話ですよ」

「その後だと?」

「ええ。その後あなたはどうしたのですか、とお聞きしているのです」


 声色は穏やかだ。しかしその碧い瞳はまっすぐと力強くデュークスを捕らえていた。

 その無遠慮な眼力にデュークスは顔をしかめた。

 若造が調子に乗りおって、と。


「いくら姫君があちらの世界に逃れていて人員を派遣するのが容易くないとはいえ、もう少し進展があってもいいのでは?」

「……こちらにはこちらの事情というものがある」

「そうですか。で、事情とは?」

「まーまースクルドくん。その辺りは僕のせいみたいなところがあるからさ」


 スクルドの詰問にあからさまに顔を歪めたデュークスを横目で見て、ケインが割って入った。

 ニコニコへらへらといつもの調子で、何を考えているのかはわからない。

 そんな彼を見て、スクルドは小さく溜息をついた。


「デュークスには、もしもの場合に備えて別の計画を育てる必要があったしさぁ、そんなに躍起にならなくてもいいんじゃないのって僕が言ったのさ」


 事実とは些か異なるが、間違いではない。

 正確には、デュークスはケインによって抹殺を抑えられていて、大仰な行動に出られなかった。

 二度の失敗をした結果、周りの目を気にせざるを得なくなり、軽率に部下を派遣できなかった。

 部下を派遣した時点で再び抹殺の動きをしたと勘ぐられ、糾弾されるのは面倒だからだ。


 デュークスは飽くまで秘密裏に、他の君主ロードが手が伸びる間も無くことを終えたかった。

 結果として具体的な行動を起こすことができずにいた。

 その間の期間を自身の『ジャバウォック計画』の更なる研鑽に費やす結果になったのだ。


「しかし、姫君奪還は最優先事項。わざわざ王族特務からその任を請け負ったのだから、あまり時間をかけてはいられない」

「わかってるってぇ。だから僕が自ら様子を見に行ったんじゃないか」

「そういえば、その時の報告もまだしっかりと聞いていませんでしたね」


 今度は鋭い眼光がケインに向けられた。

 それにケインは少しだけ笑みを引きつらせる。

 自分たちに比べて明らかに若輩の身であるにもかかわらず、スクルドには相手を気圧す力があった。

 しかしケインも同格の魔法使いである君主ロードであり、そして歩んできた時が違う。

 それだけで押し負けることはない。あくまでニヤニヤとした笑みを保ったまま向かい合う。


「あなた程のお人が姫君の元まで行きながらそのまま手ぶらで帰ってきたのですから、余程の理由があるのでしょう」

「手ぶらとは酷いなぁ。ちゃんと成果はあったし、僕は僕なりの責任と判断の元帰ってきたんだけどなぁ」

「では、そのお話を聞かせてもらいましょうか」


 戯けて話すケインの調子にスクルドは一切屈しなかった。

 あくまで真面目に整然と、自らのペースを崩すことはない。


「姫様はかつてこの国を救った時の力と記憶を今は持たない。それは僕らの中でも純然たる事実だ。そしてこの五年間、その片鱗すらも垣間見えなかった。けれどねぇ、今姫様は、その力を取り戻しつつあるみたいなんだよね」

「それは僥倖ではないですか。姫君が力と記憶を取り戻すのならば、ご帰還も容易い」

「まー話は最後まで聞こうぜ。姫様は力を取り戻しつつあり、その片鱗を扱うことができるみたいだけれど、見たところ記憶に関してはさっぱりみたいなんだよね」


 ヘラヘラと語るケインにスクルドは僅かに顔をしかめた。

 しかしそんなことなどお構いなしに、むしろその表情を楽しむようにケインは続けた。


「確かにスクルドくんの言う通り、記憶が戻っていれば姫様は率先して戻ってきてくれるだろうさ。しかしそれをしないのはやはり、記憶が戻っていないからだ。けれど今の姫様はかつてに近い力を振るい、そしてかつてをも凌ぐ強大な力の一角を見せた」

「まさか、『始まりの力』を……」

「多分ね。僕が目にしたのは本当に片鱗というか、氷山の一角みたいなものだっとは思うよ。けれど確かにあれは姫様の力の深淵の一部だった」


 部屋はしんと静まり返った。

 魔法使いたちが求めている姫君の『始まりの力』。

 しかしそれが自分たちの与り知らぬところで不用意に振るわれるようなことがあれば、それはとても好ましくない事態だ。


「ケインさん。あなたなら姫君を捕縛し、連れ帰ることができたのではないのですか? そのような状態であるのなら尚更、時間をかけている場合ではないでしょう」

「もちろん僕も最初はそうしようと思ったさ。姫様の力の解放は一時的だったし、その隙はあった。『始まりの力』も暴走のような使い方だったしさ、封印して連れ帰ろうと思ったんだよ。でも、ナイトウォーカーに邪魔されちゃってさ」

「ナイトウォーカーだと!?」


 声をあげたのはデュークスだった。

 普段は落ち着き重たい表情をしている彼が、珍しくその顔を驚愕に染めていた。


「まぁ確証は取れなかったけれど、まず間違いないだろうね。僕の魔法を弾いてみせたんだ。そんな魔法の使い手が向こうにいるとすれば、それは五年前に姿を眩ませた王族特務の魔法使い、イヴニング・プリムローズ・ナイトウォーカーくらいなものだろうさ」


 静まり返った室内の空気が更に重みを増した。

 顔を引きつらせるデュークスに、冷静な面持ちながらも眉をひそめるスクルド。

 そんな二人を順番に見やって、ケインは楽しそうに笑みを浮かべた。

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