41 暇人

「あの……ありがとうございました」


 D4が完全に姿を消した後、私はホッと息をついてアゲハさんにお礼を言った。

 あのまま彼女と二人で話していたら、私は取り乱してしまっていたに違いない。わけのわからない言葉の数々に混乱してしまっていたはずだ。

 アゲハさんはいい意味で状況を引っ掻き回してくれた。


「いいっていいって。私たち友達でしょ? 困った時はお互い様ってことで」


 ニカッと軽やかに笑うアゲハさん。今はその軽快さが少し頼もしかった。

 まさかワルプルギスの魔女に助けられるとは思わなかった。

 D4は今私に何かをするつもりはなさそうだったけれど、あのままなら私は彼女の言葉に惑わされていたかもしれないから。


 まぁアゲハさんがD4に言ったことは、ワルプルギスにも十分に当てはまることが多かったけれど。

 ただ現時点で見れば、魔女である私にとって魔法使いの方が敵対意識を持ちやすいことは確かだし、立場が全く違うからこそ、彼らの考え方や在り方はわからない。


 そういう意味ではやっぱり、D4の言葉を受け入れることは今の私には難しかった。

 もしかしたら、彼女の言っていたことは全て本当のことかもしれないけれど、それでも今はまだそれを受け入れることはできない。


「それにしても、アゲハさんはどうしてこんなところに?」

「ん? 特別な用はないけど?」


 私が尋ねるとアゲハさんはキョトンとして答えた。

 確か昨日もそんなことを言っていたけれど、この人は暇なのかな。

 助けて貰っておいてなんだけれども。


「あー、今コイツ暇なのかって思ったっしょ」

「べ、別に?」


 完全に思考を読まれた私は適当にはぐらかした。

 そんな私をアゲハさんは眉を寄せて睨んで、けれど人の良さそうな笑みを浮かべた。


「ま、暇なのは本当。今の私たちは待機が仕事だからね。いい加減飽きてきたんだけど」

「それはつまり、私が帰るって言うの待ちってことですか?」

「そんなとこ。厳密に言えば、アリスが力を取り戻すの待ちかな。リーダーの方針はアリスが自然に力を取り戻すのを見守る、だからさ」


 かったるいとでも言いたげにアゲハさんは肩をすくめた。

 確かにアゲハさんはアクティブな人そうだし、大人しく待機しておくというのは苦痛かもしれない。

 だからといってそれが私待ちだと言われると、なんとも反応に困る。

 もし私が力を取り戻したとしても、私は魔法使いの元にもワルプルギスの元にも行く気なんてないんだから。


「あの、アゲハさん。私を救うって、どういう意味なんですか?」


 私の力という話で、私は二人の会話で引っかかっていたことを思い出した。

 D4が、そしてアゲハさんも言っていた言葉だ。


「うん? そのまんまの意味だけど」

「えっと、それがわからないから聞いてるんですよ。別に私何も困ってないですし。いや、今こうやって色んな人たちに狙われている状況には困ってますけど。でもその張本人である魔法使いや魔女たちに救ってもらうことなんてないですよ」

「あー、そういうことね」


 アゲハさんは腕を組んでふむふむと頷いた。


「なんていうかなぁ。私もあんまり小難しいことわかんないしなぁ」

「えぇ……。だってさっき自分で言ってじゃないですか」

「まぁなんて言うの? 勢い、みたいな?」


 ペロリと舌を出してとぼけるアゲハさん。正直少しイラっとした。

 アゲハさんは一応見た目綺麗なお姉さんだからその見てくれは悪くないけれど、それを実際に目の前でやられると少し腹立たしい。


「まぁつまりあれだよ。結局今のアリスは本来の状態じゃないわけでしょ? それをこうさ、解放してあげよう、的な?」

「いまいち伝わってこないですね……」


 なんというかバカっぽい。まぁわかっていたことではあるけれど、アゲハさんは基本的に思慮深いタイプの人じゃない。

 多分そういうのはレイくんとかの役割なんだろう。アゲハさんは結構単純というか直情的というか、突っ走るタイプの人だ。

 さっきだってある程度自信はあったんだろうけれど、魔女狩りであるD4に対して真っ向から喧嘩を売っていたし。普通の魔女なら考えられないことのはずだ。


「まぁよくわらないですけど、とにかく助かりました。私一人だと魔法使いを相手に対処しきれませんでしたし」

「だからいいって。アリスを魔法使い側に取られるわけにいかないのはこっちも同じだし。私も退屈してたとこだしさ」

「あ、そうだ……」


 そこで私は、今自分が置かれている状況を思い出した。

 今私たちはカルマちゃんというワルプルギスの魔女に狙われているところだ。

 ワルプルギスの基本方針が私に対する不干渉なのだから、カルマちゃんのやっていることはそれに違反する。アゲハさんにそれを言えば、向こうで彼女を止めてくれるかもしれない。


 そう思って口を開いたけれど、直前で思いとどまった。

 そういえばこの人も気が長くはない。アゲハさんだって私に、いわゆるちょっかいをかけたいと思っているタイプの人だ。

 カルマちゃんのことを話すことで、アゲハさんにもそのスイッチが入ってしまうかもしれない。

 下手に告げ口のようなことをして墓穴を掘ることはしたくない。


「ん? どうしたの?」

「すいません。なんでもないです」


 言葉を止めた私に不思議そうに首をかしげるアゲハさん。私は慌ててそれを誤魔化した。


「あっそう。じゃあ私から一個聞いて良い?」

「……?」


 にこりと笑うアゲハさんに、今度は私が首を傾げた。

 人の良さそうな無邪気な笑顔だった。


「私が今さ、アリスのこと殺すって言ったらどうする?」

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