34 疑心の言葉
それから少しまた取り留めのない会話に戻って、よくやく千鳥ちゃんは眠そうに目を擦った。
千鳥ちゃんが眠くなるまでの話相手ということだったけど、割と話し込んでいた。
この部屋には外の光が差し込んで来ないからわかりにくいけれど、流石に日は昇り始めていると思う。
今から寝たら昼夜逆転してしまいそうだけれど、徹夜をしてくれた千鳥ちゃんはだいぶ眠そうだったから、大欠伸するその姿を黙って見送った。
そうして千鳥ちゃんも眠ってしまって、私は一人ぼっちになった。
なんとなくまくらちゃんに目をやってみて、その穏やかな寝顔に思わず笑みが溢れた。
屈託のない無邪気な寝顔。年の頃より幼く見えるその顔は本当に子供っぽくて、年の離れた妹のよう。
下手すれば娘を持ったような気分にすらなる。
こんな可愛らしい女の子が、魔女の残酷な運命を背負っているなんて。
挙げ句の果てには同じ境遇の魔女に狙われて、その魔女は自分の周りの人々殺して回っている。
何の罪もないはずなのに、どうしてまくらちゃんがそんな仕打ちを受けなきゃいけないんだろう。
そっと起こさないように近寄って、ふわふわ空気を含んだ柔らかそうな髪の頭を撫でる。
無意識に私の手にすり寄ってくる姿が愛らしい。
守ってあげなきゃ。同じ魔女としてもそうだし、年長者としても、そして一人の友達として。
『やーっと一人になった。待ちくたびれちゃったよーん』
とても穏やかな気持ちでまくらちゃんの頭を撫でていたところに突然声が降ってきて、私は思わず飛び上がりそうになった。
まくらちゃんを起こしてしまったかと心配になったけれど、そういえばまくらちゃんの眠りは呪いだから、何をしても起こせないんだったとホッとする。
それよりもこの声だった。私はこの声を知ってる。
昨日の夜聞いたばかりの、甲高くも艶のある、癇に障る声だ。
「カ、カルマちゃん!? どうしてここに!」
『しーー! みんな起きちゃうでしょー! もっと静かに喋ってよーん』
慌てる私にカルマちゃんはひそひそ声でそう言った。
相変わらず姿を現さず声を降らせているだけなのに、ひそひそもあるのかと思ったけれど、でも声色は一応ひそひそしていた。
それにしても、どうやってここに侵入したんだろう。
この廃ビルに張られている結界は夜子さんお手製で、相当の強度があるらしい。それは千鳥ちゃんも言っていた。
だから外部からの敵の侵入なんてできないはずなんだけど。
「みんなを起こさないようにって、一人ずつ順番に殺していくつもり?」
『違う違う違うってー! カルマちゃん夜まで待つって約束しちゃったしね。今そんなことしたらルール違反でしょ! カルマちゃん良い子だから、その辺はちゃんと守っちゃうのです!』
「じゃあ、何の用?」
『もー! お姫様ったら冷たーい。カルマちゃん悲しいよー』
めそめそめそ、とわざとらしく口で泣いているアピールをするカルマちゃん。本当に何がしたいのやら。
『せっかくだからお喋りでもしようかなーって。ほら、カルマちゃんって社交的だから!』
「お喋りって……。私カルマちゃんとお喋りすることないけど」
『えーーーー! カルマちゃんがどうやってここにいるのかとか気にならないの?』
「教えてくれるの?」
『ま、それは内緒なんだけどねっ! てへペロ!』
ふつふつと苛立ちが湧き上がってくるのを必死で抑え込む。
カルマちゃんはこういう子だ。頭のネジがだいぶ外れてどこかに行っちゃっているような、そんな子だ。
ペースに飲まれちゃいけない。感情に飲まれちゃいけない。
「……じゃあ私に何か話でもあるの?」
『ないよ?』
「じゃあ何で出てきたのさぁ」
ケロッと言ってのけるカルマちゃんに私は脱力する。
意味不明過ぎて構えているのがバカバカしくなる。でもだからといって警戒しないわけにもいかないし。
ただとりあえず、みんなを起こす必要はないかもしれない。
「そもそもカルマちゃんは私自身には興味ないんじゃないの? 私自身はお姫様じゃないからって殺そうとしてるじゃん」
『まぁその方が回りくどくないかなーって思うからそうしようとは思うけどぉー。でもでも、あなたに興味がないわけじゃないよ?』
「どうして?」
『うーん。例えば、どうして他でもないあなたが、カノンちゃんなんかと仲良くしてるのかなー? とか』
「え?」
その言い方にはとても棘があって、私は思わず眉を潜めた。
単純に嫌な言い方をされたから、というのもあるけれど、わざわざ悪く聞こえるような言い方をしてきたことが気になった。
「カノンさんは良い人だよ。必死にまくらちゃんを守ろうとしている、とっても優しい人。カルマちゃんにそんな言い方される筋合いないよ」
『ありゃ、怒っちゃったー? ごめんごめーん。でもさぁ、いっつもカノンちゃんに邪魔されてる私が言っても説得力ないかもだけどぉー。普通の魔女だったら、カノンちゃんとは仲良くしないと思うの。今のあなたなら尚更そのはずだと思ったんだけどねーん。ま、あなたがそれで良いなら良いんじゃなーい?』
「どういう意味?」
カルマちゃんの悪意を含めた言い方がとにかく気に入らなかった。
何故カルマちゃんがカノンさんをそこまで悪くいうのかわからない。
カノンさんは優しいしとても立派な人。確かにいつも怖い顔してるし言葉遣いも悪いけど。でも良い人だ。
『もぅ怒らないでよー。こーわーいー』
「カルマちゃんが嫌なこと言うからでしょ」
『あはは。そうだね、ごっめーん』
悪びれもなく口先だけの言葉。
その内側に込められている意味はわからない。
『良いと思うの。本当はそういうのが美しいんじゃないかな。カルマちゃんにはわからないけどねーん』
「だから何が言いたいの?」
『結局自分以外はみんな敵ってこーと!』
うふふ笑うその声が不快だった。
今この場で私たちに危害を加えるつもりがないとしても、これ以上言葉を交わしたくなかった。
「もう帰って。夜になったらどうせまた来るんでしょ」
『もぅつれないなぁ。カルマちゃん寂しいよぉ。でもでもあんまり怒らせても可哀想だから、この辺で勘弁してあげましょう! カルマちゃん偉い!』
えっへんと、またわざとらしく言葉にするカルマちゃん。
もう彼女が何をしたいかなんて、考えるだけ無駄なのかもしれない。
『まぁ何でも良いけどさ。何でもかんでも信じるのって、カルマちゃんどうかと思うなぁ。他人が本当のこと言ってるかなんてわかんないもん』
「例えそうだとしても、私は友達のことは信じるよ」
『友達、か。そうだといいね』
その声はとても冷淡だった。冷たくて、重い。
心も体も凍てついているかよのうな、暗闇の奥底から吐き出したような冷徹な言葉。
『ま、カルマちゃんに関係ないのでどーでもいいやー! だってどうせ今夜、みーんな死んじゃうんだもんねっ!』
一転振り切った明るい声色に戻って、楽しそうに笑うカルマちゃん。
この子の感情の振り方が全くわからない。
『それでは、そろそろ時間なのでこの辺でっ! アデュー!』
そしてパッと、はじめから何もなかったかのように静かになった。
何だかただただ疲れただけで、何も得るものはなかったし、寧ろ苛立たされて損ばっかり。
何を言いたいのかさっぱりだったけれど、でも彼女の言葉が心に引っかかった。
カルマちゃんは、カノンさんの一体何を知ってるっていうの?
思考はもやもや混沌として、ブルーな気持ちが渦巻いていた。
けれど手元でまくらちゃんがもぞもぞと目を覚まして、私を見上げてパァっと笑顔になったのを見て、私も自然と笑みが溢れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます