26 子供の相手は子供に
「────それでここにやって来たと。まぁ個人的な迷惑はこの際置いておこう。確かに現状の君たちがとる最善の策と言えるからね」
私たちはこの一夜を過ごすために、夜子さんが居を構える廃ビルにやってきた。
ここは街の外れにあるし、廃ビルがあるようなところだから周りに人気はないし住宅もない。
一応夜子さんの住まいではあるけれど、夜子さん手ずからの強力な結界があるし、今この辺りで一番安全だろうということだった。
「それにしてもやれやれだよ。ここは放浪魔女の宿屋ではないんだけどね」
「急に押し掛けてすみません。他に行くあてがなくて……」
「まぁ事情は聞いた。私は優しい優しいお姉さんだからね、困っている時は助けてあげるさ」
突然わらわらと押し掛けたのにもかかわらず、夜子さんはにこやかに迎えてくれた。
ボロボロで少し中身が飛び出しているソファにどかっと座ったまま尊大な態度で、けれど寛大に受け入れてくれた。
「カノンちゃんとまくらちゃんと言ったかな? 私は真宵田 夜子という。自分のうちだと思ってゆっくり休みなさい」
「すまない。世話になる……」
カノンさんがぺこりと頭を下げると、その腕に縋り付いていたまくらちゃんもそれに倣った。
そんな二人を夜子さんは楽しそうに見つめていた。
「それにしても面白い組み合わせだねぇ。まさかここに君みたいな子を招き入れることになるなんてね。まったく、アリスちゃんには困ったものだよ」
「────真宵田 夜子……どこかで聞いたことがある気が……」
夜子さんの言葉の意味が測りかねて返答に困っていた時、カノンさんがボソリと呟いた。
「気のせいじゃないかな? よくある名前だしね」
「……? あ、あぁ……」
決してよくあるとは思えないんだけど、指摘するのはやめておいた。
夜子さんは明らかに何かを誤魔化しているようだったし、今の私たちの立場でそれを突っ込むのはあんまりよくない。
「ほらほら、疲れただろうしゆっくり休むといい。下の階は好きに使っていいからさ。と言っても、暖かいベッドは期待しないことだ。ここはホテルじゃないからね」
それはもう覚悟の上だった。この廃ビルに人が心地よく寝られる設備が整っているとは思えなかったし。
「アタシは寝ないからいいさ。まくらもどうせまだ眠くないだろ?」
「うん! さっき寝ちゃったら全然眠くない」
確かにまくらちゃんは元気一杯だった。
魔法で眠らされていたとはいってもあそこでぐっすり寝ていたわけだし、当然といえば当然かも。
「でもカノンさんも少しは休まないと。これからのことを考えると……」
「そうだよカノンちゃん。君はきちんと睡眠をとって休養するべきだ。なに、その間のまくらちゃんの面倒のことなら任せなさい」
夜子さんはそう言うと、ニヤリと意地悪く微笑んで部屋の入り口に目を向けた。
何というか、とても底意地の悪い笑みだった。
「そこにいるんだろう千鳥ちゃん。ほら、仕事の時間だ」
「んぎゃ!」
部屋の入り口の陰に隠れてこちらを伺っていた千鳥ちゃんを、夜子さんが魔法でひょいと引き入れた。
完全に不意をつかれたらしい千鳥ちゃんは、間抜けな声を上げて部屋の中に転がるように入ってきて、そしてバランスを崩して前のめりにずっこけた。
「もう! なにすんのよ!」
「千鳥ちゃんの大好きなお仕事の時間だよ。ほらほら、泣いて喜びながら拝受しなさい」
ぷんすかと声を上げる千鳥ちゃんに対し、夜子さんは相変わらず無駄に大きな態度で接する。
夜子さんは本当に千鳥ちゃんに対して意地悪だなぁ。
千鳥ちゃんは恨みがましく私たちを均等に睨んだ。
そういえば初めて会った時も、ここに来た私たちに大分警戒心を振りまいていたなぁ。
確か同じ居候が増えると立場が危ぶまれることを心配していたような。
もしかしたら今も同じ心境なのかもしれない。
「仕事って言われてももうこんな時間だし。私もう寝たいんだけど」
「残念だけど仕事は仕事だよ。寝る間を惜しんで働きたまえ」
「……何しろっての?」
「そこのまくらちゃんは今夜は眠れないそうだから、その子が起きている間遊んであげなさい」
「な────」
千鳥ちゃんは信じられないという風に目を見開いて、夜子さんとまくらちゃんを交互に見た。
確かに、もう寝たいと言っている人には酷な仕打ちだ。
「もし眠れたとしても、もしもの時のために起きていて見張りをしてなさい。それが今夜の仕事だよ」
「ちょっとちょっとちょっと! 勘弁してよ! 私も眠いんだけど!」
「君の眠気なんか知ったことないさ。カノンちゃんに比べたら、君の眠気なんて吹けば飛ぶようなものなんだから我慢しなよ」
「知らないわよそんなのー!」
「うるさいなぁ。今この仕事を引き受けないなら、一生安眠はできないと思うことだね。私がそれを許さない」
「アンタ一々極端なのよ!」
渋々というか仕方なく、千鳥ちゃんは引き受けるしかなかった。
流石にちょっと可哀想だ。
「あの千鳥ちゃん。私も起きてるからさ。私もさっき寝てたからまだそんなに眠くないし……」
「アーリース〜!」
千鳥ちゃんが顔を輝かせて私の手をとったけれど、しかし夜子さんがそれを許さなかった。
「いや、アリスちゃんはきちんと休んだ方がいい。精神が大分疲弊しているだろう。夢の中に侵攻されたんだからね。精神攻撃を甘く見てはいけない。まくらちゃんの遊び相手は千鳥ちゃんだけで十分さ」
「でも、流石に一晩中は……」
「そーだそーだ! せっかくアリスがこう言ってくれてるのにー!」
ぶーぶーと反論する千鳥ちゃん。けれど夜子さんは譲らなかった。
重い溜息をついてから、ふと雰囲気を優しげなものに変えた。
「困った子だなぁ千鳥ちゃん。私は君こそ適任だと思って頼んでいるんだよ? この場で一番のお姉さんは千鳥ちゃんだろう? ここはお姉さんの千鳥ちゃんにしか任せられないと思ったんだけどなぁ」
「そ、それは……」
夜子さんがアプローチを変えた瞬間、千鳥ちゃんはポリポリと頰を掻いて口ごもった。
基本的に千鳥ちゃんは頼りにされることに慣れていないんだと思う。
それがいくらあからさまでわざとらしいものであっても、あなただけが頼りみたいなことを言われるのに弱い。
可哀想なくらいチョロいんだ。
「お姉ちゃんが遊んでくれるの?」
そこで、まくらちゃんがとても無邪気に千鳥ちゃんにまとわりついた。
まくらちゃんは年の割には精神年齢低めだし、小柄で顔も幼げだし、そういう風に無邪気に甘えられると本当に小さな子供を相手しているような気分になる。
千鳥ちゃんも満更でもなくなっていた。
「ま、まぁ、ね? 私が一番お姉さんだし? やっぱり最終的にみんなが頼りになるのは私ってことよね? 仕方ないから私が面倒見てあげる!」
「アイツ大丈夫か? なんだか別の意味で心配だ」
「まぁ、子供の相手は子供にってことで」
千鳥ちゃんのチョロさぶりを見て訝しげに首を傾げるカノンさんに、夜子さんはヘラヘラと笑って返した。
まぁ確かに精神年齢は近そうだし、案外気が合うかもしれない。
でもまくらちゃんは顔や言動こそ幼くて小柄ではあるけれど、色々発育は良いからなぁ。
全体的に小柄で性格も子供っぽい千鳥ちゃんと比べると、へたするとどっちがお姉さんかわからない。
まぁ千鳥ちゃんには悪いけれど、ちょっとお願いしよう。
朝早めに起きて代わってあげれば、千鳥ちゃんも少しは寝られるだろうし。
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