24 優しさ
「すまん。案の定完全に巻き込んじまった」
少し冷静になってから、カノンさんはぺこりと頭を下げきた。
別にカノンさんが謝ることじゃないのに。
「謝らないで。彼女はどの道、私を狙って来ただろうし」
「魔女が姫君を狙うなんてな。アタシには思いもよらなかった」
「ワルプルギスの魔女は、私のお姫様の力を欲しているみたいなんです。特にその中でも彼女は過激なタイプだった」
アゲハさんが言っていた過激な人というのがカルマちゃんのことを指していたのか、それとも他にもそういう人がいるのか。どっちにしても穏やかなことじゃない。
「とにかく、花園さんが無事でよかった」
氷室さんが眉を寄せてそう言った。
膝を折って私の前にしゃがみ込んで、私の手を優しく握る。
その手はわずかに震えていた。
「ごめんね心配かけて。私、氷室さんに心配かけてばっかりだね」
「それは、いい。私はあなたの友達だから……心配するのは、当たり前」
「氷室さん……」
あの夢の中に落ちた時、本当に心細かった。この手がとても恋しかった。
小さくて、柔らかくて。少しひんやりするけれど、でもその心の暖かさが伝わってくるこの手が、私は好きだから。
「明日の夜また現れるって言ってたけど、じゃあそれまでは安全かな?」
「どうだろうな。アイツの言葉を鵜呑みにするわけにもいかねぇ。それで寝首をかかれたら笑いもんだ」
私の言葉にカノンさんは苦々しく答えた。
「とにかく、これ以上お前らには迷惑かけられねぇ。明日はアタシ一人でかたを付ける」
「ダメだよそんなの! カルマちゃんの狙いは私になったみたいだし、それにあの子は危なすぎる。いくらずっと戦ってきてよく知ってるとはいっても、カノンさんを一人で戦わせるなんてできないよ」
それにカルマちゃんは、カノンさんには自分は倒せないと言っていた。姿を現せば戦いにはならないとも。
私にはそれが単なる挑発には思えなかった。
二人には何かがある。それはカノンさんも知らないことなのかもしれないけれど。
でも少なくとも、カノンさんが一人でカルマちゃんと対峙することが得策とは思えなかった。
「でも、これはアタシたちの問題だ。これ以上他人を巻き込めない」
「もう私の問題でもあるよ。私がカルマちゃんに見つかって、狙いを定められてしまった以上ね。それにもう私たち、他人じゃないでしょ?」
「アリス、お前……」
困った顔で私を見つめるカノンさん。
顔は怖いし口は悪いし、ぱっと見は近寄りがたく感じてしまうカノンさんだけれど。でもここまでのやり取りで、とっても優しい心を持っていることは感じ取れた。
まくらちゃんを必死で守ろうとしている想いや、私たちに極力迷惑をかけないようにしている姿。それを見れば信頼できる人であることはわかる。
「氷室さんは、反対かな?」
「いいえ。その通りだと思う。こうなった以上は、協力するべき」
私の問いかけに氷室さんはすぐに頷いてくれた。
魔女はその境遇から基本的に協力し合うものだって聞いた。
もう他人事ではなくなったといのもあるけれど、この危機は協力して乗り越えるものだって思う。
「だけどカルマは強力な魔女だ。奴はきっと宣言通り本気で殺しにかかってくる。アタシはともかく、お前らは大丈夫か?」
「うーんと……」
啖呵を切ったはいいものの、私自身に戦う力はない。
お姫様の力をまた同じように借りることができる保証はないから。
『真理の
「大丈夫。あなたは私が守る。何があっても」
少しの不安が顔に出ていたのか、氷室さんが透かさそう言った。
トンと私の胸に触れるその手はとても温かかった。
「私は、花園さんから力の恩恵を受けている。だから……並みの魔女には、負けない」
「……そうか。なら、それを拒む理由もねぇな」
「どっちにしても戦わなくちゃいけないもん。力を合わせるのが一番だよ」
私が言うと、カノンさんは力なく微笑んだ。
きっとずっと一人で頑張ってきたんだ。まくらちゃんの穏やかな眠りを守るために。誰にも頼れなくて。
「もう一人で頑張らなくてもいいんだよ。一緒に戦おう。一緒にまくらちゃんを守ろう」
「……ありがとう、アリス」
カノンさんは薄く微笑んで、未だ私の膝の上で眠るまくらちゃんの頭を撫でた。
「まくらちゃんって、いつまで寝てるの?」
「その時々による。けど一度にそんなに長くは寝ない。細々と強制的な眠りをする分、一回一回は短いんだ」
「なんていうか、厄介な呪いだね」
「まったくだ。お陰でここ一ヶ月近く、アタシは一睡もできてねぇんだよ」
「え、一ヶ月!?」
私は思わず身を乗り出してしまった。
人間って、そんなに長い間寝ないでいられるものじゃないでしょ。
「魔法でなんとか誤魔化してるんだ。まくらが眠っている時に奴が現れる以上、まくらが眠っている時は常に警戒しておかなきゃならねぇし」
「でも、せめてまくらちゃんが起きてる時に寝ればいいのに……」
「まくらは一人なんだ。起きてる時にアタシが寝てたら可哀想だろ」
とても当たり前のようにそう言うカノンさん。その言葉で、私はこの人がどんな人なのかわかってしまった。
カノンさんはどうしようもなく優しいんだ。顔が怖くても口が悪くても、その心はとても優しい。
一人ぼっちだったまくらちゃんに寄り添ってあげて、もう寂しい思いをさせたくないと思ってるんだ。
怖そうな人の意外な一面に、思わず笑みがこぼれてしまった。
そんな私を見てカノンさんは眉を釣り上げた。
「おいコラ、なに笑ってんだ」
「なんでもないですよー」
カノンさんの力になってあげたいと思った。
そして同じように、まくらちゃんを一人にしたくないとも。
今たまたま会っただけの仲だけれど、こうして境遇を共にして、ほんの少しだけお互いのことがわかり合えた。
それがなんだかとても嬉しかった。
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