12 調子が狂う

 今の今までの楽しい雰囲気は、完全にどこかにいってしまった。

 それはもちろん二人の時間を邪魔されたからじゃなくて、昨日一悶着あったワルプルギスの魔女が現れたからに他ならなかった。

 氷室さんもさっきまでのゆったりとしたクール顔から、張り詰めた表情に変わっている。


 けれど当の本人はどこ吹く風。

 私たちが緊張感を持って見つめているにも関わらず、まるで親しい友達に会いに来たかのようにニコニコしている。

 何だか、物凄く調子が狂うんだけど。


「どしたの? そんなピリピリしちゃってさぁ。楽しくお喋りしてたんじゃないの?」


 キョトンと首を傾げて言うけれど、原因はあなただから。

 確かに楽しくお喋りしていたのに、その雰囲気をクラッシュしたのはあなただから。

 そう言いたいのをグッとこらえた。


「えっと、あなたは確か、昨日会った……」

「あ、自己紹介してなかったっけ? ごめんごめーん」


 あまりにも気軽なノリすぎてついていけなかった。あれ、私たちって友達だったっけ?

 何というか、お互い顔は知ってるけど話したことのない隣のクラスの子みたいな感じというか。

 いや、それでもここまで馴れ馴れしくはならないはず。

 一応私たち、昨日緊迫したひと時を過ごしたと思うんだけど。


「私はアゲハ。よろしくねん、お姫様っ」

「ど、どうも……」


 アゲハ……さんはニカっと笑って握手を求めてきた。

 とても当たり前のように差し出されたその手を思わず私は取ってしまって、まるでこれから友達になりましょうといった感じで握手を交わしまう。


 年の頃は私たちより少し上くらいかな。雰囲気としては、チャラい女子大学生くらいのイメージ。

 その露出度の高い服装と、それによって曝け出されているグラマラスで女性的魅力に富んだ身体は、女の私でも少し刺激が強いと思った。


「あの……私たちに何か用ですか? あなたたちワルプルギスは、私を連れて行く気はないって昨日聞きましたけど……」

「え? 用なきゃ話しかけちゃダメ? お姫様案外冷たいなぁ」

「いや、別にそういうわけじゃ……」


 でも、用がなくても話しかける間柄ではないと思う。別にダメとは言わないけどさ。


「知ってる顔がいたら声かけるっしょ! もう私たち友達だしね!」


 アゲハさんは気のいい笑みを浮かべてそう言う。

 いつから友達になったんだろう。確かに昨日少しだけ顔を合わせているけれど、言葉を交わしたのは今この時が初めてなんだけど。

 ダメだ。この人のペースに全くついていけない。


「そっちのアンタも。えーっと、名前なんだっけ」

「…………氷室 霰」

「霰ね、霰! 覚えた覚えた!」


 警戒心マックスながらもボソリと呟くよう氷室さんの言葉をしかっりと聞き取って、アゲハさんは楽しそうに笑った。

 何なんだろう、何が起こってるんだろう。私たちは今何に付き合わされているんだろう。


「えっと、じゃあアゲハさんは、別に私を迎えにきたとかそういうわけじゃないんですね?」

「だから言ってんじゃん。別に何も用ないって。アンタを口説くのは基本レイのやつの仕事だし、そもそも私たちはアンタを無理やり連れて行くつもりは、今の所ないし」

「そう、ですか……」


 少しだけホッとする。昨日の今日だから尚更、ワルプルギスには警戒する気持ちができてしまう。

 別に敵対をしているわけじゃないんだけれど、危険な思想を持っているとは思う。

 何をしてくるかわからない以上、どうしても警戒して見てしまうから。


「でもまだこっちの世界にいたんですね。てっきり向こうの世界に帰ったのかと」

「リーダーは帰ったけどね。お姫様を放置はできないし、私とレイとクロアはこっち担当なの」


 クロア、というのはあの黒いドレスの人だったかな。

 私を無理矢理連れて行ったりはしなくても、だからといって放任はしくてれないらしい。

 だとしたら、私の行動は常に監視されていたりするのかもしれない。そう考えると何だかとても居心地が悪かった。


「アンタたち、こんなとこで何してたの?」

「二人でお買い物ですよ。まぁ手持ちの少ない高校生なので、ほとんどウィンドーショッピングですけど」

「ふーん」


 何だか、ただの世間話みたいになってしまった。

 これだとまるで、知り合いのお姉さんとお話しているのと変わりない。

 最初ワルプルギスの魔女だからと警戒した手前、とても調子が狂う。


「花園さん……」


 氷室さんが私の袖を摘んでぐいと身を寄せ、小さな声で囁いた。


「あんまり、気を許さない方がいい。相手はワルプルギスの魔女。何をしてくるか、わからない」

「う、うん。でも、何というかあまりにも他意がなさそうで……」

「敵ではなくても、味方でもない。気は抜かないように」

「わ、わかったよ」


 ヒソヒソと話す私たちをアゲハさんは楽しそうに見つめていた。

 まるで私たちが警戒していることが面白いとでもいうかのように。


「二人は仲良しだねぇ。あぁ、『寵愛』ってやつだっけ?」

「えぇっと、まぁ……」


 それに関してはあんまり自覚がなくてわからない。

 確かに力が繋がってはいるんだろうけれど、それが具体的にどういうものなのかは今の私には実感できていないから。

 氷室さんのことをとても大切な友達だと思っているのは本当だけれど。


「いーなー。私もさぁ、もっと仲良くしてくれる友達が欲しいんだよねぇ。今周りにいるのはレイとクロアだけでしょ? レイはあんなやつだから、キザったらしのがムカつくしさ。クロアは話題が全く合わないから楽しくないし。鬱憤溜まってんのさこっちはー!」


 ぐーっと伸びをして喚くアゲハさん。

 まぁぱっと見ただけでも、あの二人と性格が合うとは確かに思えなかった。


「だからさ、私とも仲良くしてよ。二人ともさ。いいでしょ? もう友達なんだからさ!」


 脈絡がないというか前後不明瞭というか。何でそういう話に?

 別にアゲハさんのことが嫌いとかそういうわけではないけれど、いきなりそんなこと言われても。


 私としては、ホワイトみたいな歪んだ正義を振りかざしている人の元にいる人は、やっぱり少し信用ならない。

 もっと個人のこと見なきゃいけないのはわかるけれど、信じるにはまだまだ判断材料が少なすぎる。


 けれどこの人はそんなことすっ飛ばして、私たちと仲良くなろうとしている。

 これは一体全体どうするべきなんだろう。


 氷室さんは相変わらず警戒心を弱めずに、けれど努めてクールな表情のままでアゲハさんを見つめている。

 気のいい笑顔と無感情なポーカーフェイスに挟まれて、私はうんうんと唸るなるしかなかった。

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