9 忘れた頃にやってくる

「もー! 何にも教えてくれないんだもんなー!」


 私は少しヤケになって呻いた。

 夜子さんの言ってることの意味はわかる。わかるけれど、わざと言わないとあからさまにアピールされると、やっぱり気分は良くない。


「まぁまぁそうヤケにならない。そう慌てなくてもまだ時間はたっぷりあるよ」

「でも……」


 私たち魔女はいつ死んでしまうかわからない。それだけは、今はまだどうしようもない現実。

 私たちがいくら戦いを切り抜けたとしても、いつ『魔女ウィルス』に蝕まれて死んでしまうかわからないんだ。

 焦っても仕方ないとはわかっていても、だからといって悠長に構えるのもどうなんだろう。


「ほらほら、もう聞くことはないのかな?」

「……じゃあ」


 何でも教えてくれるわけじゃないけれど、質問するなとは夜子さんは言わない。

 答えられることは素直に答えようというつもりはあるみたいだった。

 親切なのか意地悪なのか。本当にこの人は判断がつかないなぁ。


「ワルプルギスの魔女たちのこと。真奈実さんやレイくんのことを、夜子さんは知ってますよね?」

「もちろん。あの子たちは大分やんちゃしてたからね」

「じゃあ、それを踏まえて聞きますけど……」


 実は一番聞きたかったことを、私は最後の質問にとっておいていた。


「透子ちゃんとワルプルギスはどういう関係なんですか?」


 あの時のレイくんの聞き逃しそうな一言。

 確かにレイくんは透子ちゃんの名前を口にしていた。

 まるで透子ちゃんが旧知の中であるかのように。


「透子ちゃんはワルプルギスだったんでしょうか。お姫様を信奉する魔女の、一人だったんでしょうか」


 もしそうだとしたら、透子ちゃんがあの時私を命がけで守ってくれた理由がわかる。

 初対面で何もわかっていなかった私を、あんなになるまで戦って守ってくれた透子ちゃん。

 彼女がワルプルギスであったのなら、その行動も理解できる。


神宮かんのみや 透子とうこは私の知る限り、ワルプルギスの一員ではなかった。けれどワルプルギスとは何らかの接触を持っていたようだよ。彼女にはきっと、別の目的があったのかもね」

「そう、ですか……」


 何とも言えないモヤモヤした気持ちが渦巻いた。

 あのホワイトの元に透子ちゃんがいたわけじゃないんだという安堵。けれど、ならどうして私を助けてくれたのかという疑問。

 結局私は、透子ちゃんのことを何にも知らない。


「アリスちゃんが気に病むことじゃないよ。透子ちゃんは、透子ちゃん自身の目的のために君を守っただけなんだからね」

「でも、やっぱり苦しいです。私を守るために友達が傷付いて、苦しんでるなんて……」

「アリスちゃんは優しいなぁ」


 その気の抜けた声は、あまり褒めているようには聞こえなかった。


「透子ちゃんの具合はどうなんですか?」

「意識は未だ戻らない。身体は完治といっていいほど回復しているけれど、精神面のダメージが大きかったのかな」

「透子ちゃん……」


 思わず俯いてしまった私の手を、氷室さんが優しく握ってくれた。

 少しひんやりとしたその手が何だか心地好い。


「まぁ透子ちゃんのことは私に任せなさい。アリスちゃんには目の前の問題が盛りだくさんだろう? 君はまずそれに向き合うべきだ」

「……はい」


 私は力なく頷いた。

 改めて考え直して、そして夜子さんと話して少し気持ちがブルーになった。

 私は自分のために、そして友達のためにやらなきゃいけないことが沢山ある。

 沢山ありすぎて何から手をつけていいのかわからないけれど。


「さっきも言ったけれど慌てる必要はないよ。まずは一つひとつ、目の前で起きたことに真摯に対応すればいい。そうすればきっと見えてくるものがあるだろうさ」

「そんなにうまくいくものでしょうか」

「君は何も知らなくても、いろんなことを知っているやつは沢山いて、そんな奴らが君を狙っているからね。その対処をしていれば、自ずとわかることもあるさ」


 何だかとても受け身な気もするけれど、私から行動を起こす術がない以上、まずはそうするしかないのかもしれない。

 まずは目の前のことに真摯に対応する。目の前の問題を対処できないようでは、きっと私は自分の真実には辿り着けないんだ。


「というわけで、君たちが今まさに直面し、そして対処しなければならない事態が早速訪れたようだよ」


 夜子さんはニンマリと意地悪く笑みを浮かべた。

 こんな長閑な喫茶店で、一体何が起こるのかと思わずキョロキョロして、私はそれに気づいてしまった。


 この寒々しい冬には全く似合わない。いやもしかしたらある意味似合うのかもしれないけれど。

 問題は忘れた頃にやってくる。少なくとも私はすっかり忘れていたし、きっと当の本人が一番忘れていたはず。


 通常の三倍ほどの大きさを誇るデラックスかき氷が容赦なく千鳥ちゃんの目の前に置かれ、全ての話はそこで完全に途切れた。

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