3 季節外れ
「ごめーん、待った?」
待ち場わせ場所の駅前に着くと、既に氷室さんは待っていた。
結局十分くらいは余裕を持って到着したんだけれど、氷室さんはどのくらい前からいたんだろう。
「いいえ。私も、今来たところ」
それはどう見ても嘘だった。
氷室さんは生垣に腰掛けて本を読んでいたんだから。少なくとも本を読みたくなるくらいの時間はあったんだ。
そう思うとますます、いつから待たせてしまっていたんだろうと申し訳なさが募る。
でも、そんなに早く来ていたということは、今日のことを楽しみにしてくれていたのかな。それはちょっぴり嬉しかった。
それに氷室さんの、デートだとベタすぎてもう使われないような返答が、さっきの善子さんとのやり取りを思い出させてなんだかおかしかった。
「…………?」
氷室さんが不思議そうに首を傾げた。
いけない。一人でニヤニヤしていたかもしれない。
私は慌てて口を開いた。
「氷室さんそのコートかわいいね! やっぱり青系が似合うなぁ」
氷室さんはすっぽりと体を包むオーバーコートを着てきていた。
少し明るめの紺色で、綺麗なスカイブルーの瞳と良く合っていた。
オーバーコートの中にもしっかり着込んでいるのか少しこんもりしていて、ぐるりと巻いた厚手のマフラーに口元を埋めている。
正直とても可愛い。寒がりなのか完全防備の氷室さんは、なんだか普段見せない隙がそこにはある気がしてとても愛らしかった。
「……ありがとう。その……花園さんも……」
照れているのか、氷室さんは余計にマフラーに顔を埋めながら細々と呟くように言った。
困った。氷室さんが可愛い。こんな小動物みたいな反応をするのかこの子は。
照れている所も可愛いし、マフラーに顔を埋めているのも可愛いし、マフラーで髪がふわっとなっているところも可愛い。
氷室さんのことはずっと美人さんだと思っていたけれど。
ここ数日切迫した時ばっかり接していたから、この可愛さを見逃していた。
思わず抱きしめたくなるのをぐっとこらえて、我慢した結果その腕に腕を絡めることにした。
氷室さんは少し驚いたようにこちらを見てから、マフラーの陰でこっそりと口元を緩めた。
「氷室さんお腹すいた? とりあえずどこかでお昼食べようか。何か食べたいものある?」
駅前なら大抵のものはある。ファミレスでドリンクバー片手にお喋りしてもいいし、良い感じの喫茶店でお洒落を気取ってみるのも良い。
ちょっとだけ背伸びして、イタリアンのお店でパスタをくるくるするのも良いかもしれない。
氷室さんは何が好きなんだろう。そういえば私は氷室さんのこと何にも知らない。
「私は……」
少し迷ったように目をきょろきょろとさせてから、氷室さんは不安げに言った。
「……かき氷が、食べたい」
いつ雪が降ってもおかしくない、冬に突入した十二月のこの頃。
寒そうに着込んでいる氷室
そして私たちは、冬でもかき氷をやっているお店を探すことに相成りました。
私も長らくこの街に住んでいるけれど、一年中かき氷を出しているお店があることを今日初めて知った。
もちろんというか、氷室さんはこの店の存在を知っているようだった。
そうでもなければ流石に、この季節に食べたいとは言いださないよね。
駅前の栄えている部分から少しだけ路地を入ったところに、落ち着いた雰囲気の喫茶店があった。
とてもかき氷を出しそうな雰囲気ではない、ちょっと大人びた雰囲気の喫茶店だった。
店先には氷のマークの側がさりげなく掲げられていて、そこだけ少し違和感がなくもない。
テラスがとても素敵だったけれど、今の季節は流石に寒いから店内の奥の方の席につく。
氷室さんは常連なのか、店員のお姉さんが「あらいらっしゃい」と気軽に声をかけていた。
軽食も取れるお店だったので、まずは各々食事をしてから、私は温かい紅茶を、氷室さんは待望のかき氷を注文した。
氷室さんが頼んだのはイチゴのシロップがかかった、ザ・かき氷。「今日はブルーハワイじゃないのねぇ」なんてお姉さんが言っていた。
確かにそっちの方が見た目は氷室さんに合っている気もするけれど、余計寒そうに見えるよなぁきっと。
「氷室さんがかき氷好きだなんて知らなかったなぁ。ここよく来るの?」
「……ええ。いつでも食べられるのは、ここだけだから」
一定のペースで淡々とかき氷を食べ進める氷室さん。
そのペースで食べていると頭が痛くなりそうなものだけれど。
というか見ているこっちが痛くなる気がする。でも夢中でかき氷をつつくその仕草は、なんだか愛らしかった。
「……食べる?」
そんな氷室さんを見つめていたら、氷室さんは首を傾げながらかき氷を一掬いして差し出してきた。
食べたくて見つめていると思われたのかもしれない。私もかき氷は好きだけれど、それは暑い真夏にこそその美味しさを十全に発揮するわけで。
でも氷室さんの親切を無下にするわけにもいかない。食べると頷くと、氷室さんはそのままスプーンをこちらに寄せてきた。
反射的に口を開けて、図らずもあーんと食べさせてもらっていた。
あれ? もしやこれは本当にデートなのでは?
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