35 私が守りたい友達
「大きく出たな」
D7は笑わなかった。
鼻で笑われてるかと思った。嘲られ見下されると思っていた。
けれどD7は笑わなかった。
軽薄な顔ではあったけれど、私の言葉を意味のあるものだと聞いていた。
「争いをなくす。魔女を呪縛から解き放つ。アンタ、自分が何言ってるのかわかってるのか?」
「そのつもりだけど?」
決して一過性の気持ちじゃない。
自分自身が魔女になって、そして私は沢山の魔女に助けられ、守られてきた。
私の大切な友達は、その日を必死に生きている。
いつか訪れる死の恐怖に耐えながら、それでも毎日を必死に生きている。
何の罪もないのに汚名を着せられて、理不尽に蔑まれて、理不尽に罵られる。
魔女ごときと罵倒される。生きていちゃいけないって、死ななければいけないって否定される。
そんなの許せなかった。仕方ないなんて思えない。
私の大切な友達が、そんな風に理不尽に苛まれる姿を見ているのは辛い。
私の力なら、お姫様の力なら、それを終わらせることができるかもしれない。
何故か、そんな確信に近い気持ちが湧き上がってきたから。
もし本当に私にそれができるのなら、私はそのために足掻きたい。
「そういうのを世迷言って言うんだぜ。争いはなくならねぇよ。人がいる以上、必ずどこかで衝突する」
「そんなことはわかってる。誰も争わない平和な世界なんて、そう簡単にできることじゃない。私は、魔女と魔法使いがもう争う必要のないようにしたいの」
「それも同じだ」
D7は溜息をついた。
「魔女と魔法使い。存在しているだけでその在り方は相反してんだよ。必ずぶつかる。俺たちはわかり合えたりなんてしやしねぇのさ。アンタが味方の魔女を守りたいってんなら、魔法使いを全員ぶっ潰すって言った方がまだ現実的だぜ?」
「私はそんなことはしないよ」
だって別に、魔法使いが悪いわけでもない。
彼らは彼らで、自分たちの信じることを貫いているだけ。そこが、魔女とは交わらなかったというだけ。
そんな魔法使いをこっちの一方的な気持ちで否定してしまったら、それは魔女狩りと同じ。何にも解決しない。
────それに、私が守りたい友達は────
「────魔女がいなくなれば。魔女が魔女でなくなれば、争いはなくなるでしょ?」
今度は笑った。身をよじってD7は大笑いした。
けれどそれは私を馬鹿にしているというよりは、心の底から愉快だと思っているかのような笑い声。
「やっぱおもしれぇわアンタ。魔女を魔女でなくす。つまり、『魔女ウィルス』そのものをどうにかしようって魂胆か」
「……何がおかしいの」
あまりの大笑いに私が不機嫌に返すと、D7は悪い悪いと謝った。
「あんまりにも突拍子も無いことを言いだすもんだから、ついな」
ぜーぜーと荒らげた息を整えて、ニヤリとしながらD7は言う。
「『魔女ウィルス』の研究は大昔からされてる。しかしその詳細は未だに不明だ。もちろんウィルスそのものを失くすことも、感染者を治す方法もとっくに模索され尽くしてる。それでも何も解決してねぇんだ。アンタみたいな小娘が、どうにかできる問題じゃねぇよ」
「魔法使いがどれだけの研究をしてきたのかは知らないけれど、まだ試してない方法があるでしょ」
「姫君の力、か。確かにその力をそんな風に使おうとする奴なんていないだろうな。面白いよな、アンタは」
D7は遠い目をして、まるで何か大切なものを慈しむように言った。
「やっぱアンタは、優しい優しいお姫様だ」
その表情は、とても私たちを殺しにきた人のものとは思えなかった。
何かとても美しいものを見ているように、その表情には濁りがない。
「その理想は大切にすればいい。夢を見るのは自由だからな。けどよ、だからといってやっぱり俺は、アンタを見逃すわけにはいかねぇんだわ」
けれど一変。D7は元の魔女狩りの顔に戻った。
私たちを殺しにきた顔。容赦をしない冷徹な顔。
「俺は魔法使いだからな。やっぱ魔女を殺さないわけにはいかないんだわ。それに、アンタをこの手で殺せるんなら、そんな光栄なことはない」
「なにそれ。私ってよっぽど恨み買ってたの?」
「ちげーよ。逆だ逆。アンタみたいな良いお姫様、他の誰かに殺されるより、自分の手で殺したいのさ。敬意を評してな」
問答の時の空気から一変して、D7から強い殺気が伝わってくる。
それに合わせて、氷室さんと善子さんが私の前に乗り出した。
「ありがとう、花園さん」
私に背を向けながら氷室さんは呟くやうに言った。
「あなたの気持ちが、あなたの心が伝わってきた。その過酷な道に、私も寄り添うから」
「こっちこそありがとうだよ、氷室さん。私なんかの力になってくれて」
「……友達、だから」
「そうだね。私も友達を守りたい。みんなを守りたいの」
氷室さんは頷いた。
氷室さんならわかってくれると思った。無茶だと無謀だとわかっていても、それでも私の気持ちをわかってくれるって。
私のことを友達だといってくれて、命をかけて助けに来てくれた氷室さんなら。
「私だってアリスちゃんのお友達でしょ?」
善子さんがにっこりと微笑む。太陽のように。
「それに、私はいろんな意味で先輩だからね。可愛い後輩の覚悟には、力を貸してやるしかないでしょ」
「ありがとうございます善子さん。すいません、巻き込んでしまって」
「巻き込まれたなんて、そんなこと思ってないさ。魔女になって以来ドタバタには慣れてる。こういう日が来るかもってことも、覚悟してたよ。それに、私はアリスちゃんが正しいと思うしね」
自分の正しいと思ったことをする。その善子さんの生き方に、少しでも近付くことはできているかな。
その尊い想いに、少しでも寄り添えているかな。
けれど、正しさを貫こうとしている善子さんが力を貸してくれるというのなら、きっと私の選択は間違いじゃなかったんだって胸を張れる。
「ヤル気は十分ってか。魔女風情が」
嘲る笑みでD7は私たちを眺める。
「良いかお姫様。アンタに一つだけ教えておいてやるよ。アンタがいくら正しいと思っていたとしても、それが本当に正しいかどうかはわかんねぇんだぜ……!」
「それはあなたたちも同じでしょ! 魔法使い!」
「言うじゃねぇか。泣けるぜ、ホントに」
D7は嬉しそうに微笑んだ。
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