31 都合と都合

 薄暗くなってきた空の中でも目立つ銀色の長髪。

 軟派で気取った態度の、若い男だった。


 その男は正くんに視線を向けて、嘲るように笑った。


「まぁいいさ。別にソイツでどうにかなるとは思っちゃいなかった。余興みたいなもんさ」


 男の後ろには、ドレスを着た女の人が控えていた。

 俯いていてその顔はよく見て取れないけれど、その煌びやかなドレスも相まって、とても綺麗な人だということだけはわかった。


「あなたは、誰……?」

D7ディーセブン。そう名乗れば、アンタはわかるんじゃないか?」


 私の問いに男────D7はめんどくさそうにそう言った。

 やっぱり。それは、先日私を迎えに着た魔法使いたちと同じコードネーム。


「魔女狩り────」

「大正解。さすが、我らが姫君は聡明でいらっしゃる」


 わざとらしく丁寧な言葉遣いで、D7は挑発するように言った。

 氷室さんが警戒を増して、私の前に乗りでる。


「あなたが、彼にあの魔具を……?」

「そうだ。姫様の近くに面白そうな奴がいたから、面白半分で力をやったんだ。一人くらいは殺すと思ってたが、期待外れだな。まったく、泣けるぜ」


 D7はやれやれと肩を竦めた。

 この男が正くんを焚きつけて、あんなことを。

 それがなければ、正くんはこんなに傷つかなかったかもしれないのに。


「やっぱ生きた人間ってのはめんどくせぇな。操り人形に意思なんて必要ない。なぁ、クリスティーン」


 そう言って、D7は傍に控える女性の頭を撫でた。

 クリスティーンと呼ばれたその女性は何の反応も示さず、ただD7に全てを委ねている。

 まるで、何の意思も持ち合わせてなんていないみたいに。


「善子さん。正くんを連れて逃げてください」

「ばか、そんなことできるわけないでしょ!? 私も魔女狩りの話くらい聞いたことある。魔女を根絶やしにしようとする人殺し集団。そんなの相手にして、私たちだけ逃げるなんて……!」


 善子さんは声を潜めて叫んだ。

 けれど、D7が私を狙って来た以上、善子さんたちを巻き込みたくなかった。


「あの人の狙いは私なんです。善子さんたちだけなら、うまく逃げ切れるかも……」

「だったら尚更逃げられないよ。アリスちゃんを狙う不埒者を目の前にして、私が自分だけのこのこ逃げると思う?」


 善子さんはとても優しく微笑んで言った。


「こう見えても魔女歴は長いし、それなりに修羅場を潜り抜けてきてるからね。そこそこ腕に自信はあるんだから。それに、私たち友達でしょ? 水臭いこと言わないの」

「……わかりました。じゃあ、一緒に」


 D7から視線を外さないまま、氷室さんも頷いた。

 三人で何とかこの状況を潜り抜ける。

 幸い相手は一人だけ。向こうの本拠地で二人相手に戦ったときに比べれば、大分マシのはず。


「お、何だかヤル気じゃねぇか。元気で何より」

「私はあなたたちの所には行かない。何度迎えに来たって、その気持ちは変わらないよ」

「は?」


 D7はあからさまに首を傾げた。

 理解できないというように。どこか小馬鹿にするように。


「何を勘違いしてやがる。俺は迎えにきたんじゃねぇよ。ブッ殺しにきたんだ」

「え……」

「どういうこと……?」


 氷室さんがすかさず尋ねた。


 そう。魔法使いは、お姫様である私の力が必要で、それを求めて私の身柄を抑えようとしていた。

 だからこそあの時、D4ディーフォーD8ディーエイトはあんなに必死になって私を奪いにきた。


「当たり前だろ。例外なんてないんだよ。いくら姫様だったとしても、魔女になっちまったってんならそれまでだ。殺すしかねぇ」


 D7は冷たく言い放った。

 その言葉で、一気に緊張が走る。


「お上からのお達しだ。魔女に堕ちた姫君を討てってな。アンタは国に見捨てられたんだよ」

「…………!」


 言いようのないショックが私を満たした。

 それは殺される、ということにではなく、殺してもいいとされたことに。

 別に『まほうつかいの国』に思い入れはないし、他の魔法使いの人のことだって知らない。


 けれどあの時私を迎えにきたD4とD8は、手段はともかく、私を守ろうとしていた。

 私を大切だと言って、救うって言って戦った。

 だから。彼らのあの言葉と顔があったから、私はどこか憎めずにいた。


 そんな彼らが私を殺してもいい、なんて言うのかな。

 何にも知らない私が、何を都合のいいことをって思うけれど。

 でも、何故だかとても信じられなかった。


「まぁ仕方ねぇって。魔女になっちまったんならな。それはダメだ。救いようがねぇ。だって魔女は死ななきゃいけないんだからよ」

「何それ。そんなのアンタたちの都合でしょ!」


 善子さんが叫んだ。

 そんな善子さんに、D7はうざったそうに答えた。


「ああそうだ。だけど殺されたくないのもそっちの都合だろ? 結局どいつもこいつも自分の都合でやりたいことやって、ぶつかった奴らが殺し合う。世の中ってのはそういう風にできてんのさ」


 そんな悲しいことを、D7は平然と言うのだった。

 傍に控えるクリスティーンを慈しむように撫でながら。どこか悟ったように。

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