17 自分の気持ちがわからない
「善子ちゃんから聞いたんじゃないの? 僕の話」
しばらくの間無言で歩いてから、唐突にレイくんは切り出した。
いきなりの切り込んだ話にどう答えるか悩んだものの、私は正直に答えることにした。
「少しだけ、ね。レイくんがしたことは聞いたよ」
「やっぱりね。善子ちゃんはさぞかし僕のことが憎かろう」
私は答えなかった。
特に気にした風もなくそう言う、レイくんの横顔をぼんやりと眺めてみる。
何を考えているのかさっぱりだった。
「別に言い訳はしないよ。善子ちゃんが君に話したことは本当のことだと思うよ」
「言い訳じゃないにしろ、弁明はないの?」
「それを君にしたって仕方ないだろう?」
「それは、そうだね……」
確かに私にされても困る。それは善子さんにするべきことだ。
善子さんがどうしても聞きたい話を、私が聞いても何もしてあげられない。
「僕のこと嫌いになった?」
「……わからないよ。私はその時そこにはいなかったし、人の話だけであなたのことを決めつけられない。私は、今目の前にいるレイくんのことしか知らないから」
「君は本当に面白いね」
レイくんは私の顔を見て、ニッコリと微笑んだ。
その笑みの意味がわからなくて、私は思わず目を逸らした。
「普通なら軽蔑したり罵ったりするところだよ? 君は本当に変わり者だ」
「変わり者って、一日に三回も不審者登場するレイくんに言われたくないんですけど」
ムッとして私が言い返すと、今度は困ったような笑みに変わった。
「それを言われると何も言い返せないなぁ。一応、君に対しては誠意を持って接しているつもりなんだけど」
「夜中に女の子の部屋に窓から侵入するのが誠意なんて、変わった生活文化をお持ちだこと」
「まぁ、住む世界が違うからね」
私が嫌味ったらしく言うと、とてもレイくんは軽い調子で返してきた。
あまりに当然のように放たれた言葉に、私は思わずその顔をまじまじと見てしまった。
「僕、何か変なこと言ったかな?」
「住む世界が違うって、それどういう意味?」
「そのままの意味だよ。僕はこちらの世界の住人じゃない。あちらの世界から来たのさ」
それはつまり、私が魔女狩りたちに連れていかれた異世界。魔法使いたちが住まう世界。
「別に、特別驚く様なことじゃないんじゃないかな。二つの世界は繋がっていて、行き来ができる。ならここにあちらの世界の人間がいたって、なんら不思議じゃない」
「それは、そうだけど……」
「まぁこの魔法も神秘もない世界に、好き好んでやってこようとする魔法使いはいないだろうけどね。ただ、つい最近までこの世界は魔女にとって、魔女狩りのいない安寧の地だった。この世界になんとか辿り着こうとする魔女は少なくなかったよ」
「じゃあ、レイくんも安全を求めてこの世界に?」
私の問いに、レイくんは静かに首を横に振った。
そして歩みを止めると、私の顔を真っ直ぐに見て、空いている手で頰に触れてきた。
「僕は、君に会うためにこの世界に来た。僕の愛しいプリンセス」
まるでキスでもしてくるみたいに顔を近づけて、囁くように言う。
真っ直ぐに向けられた瞳から目が離せなくて、まるで吸い込まれてしまいそうだった。
「で、でも────」
「それが全てだよ。僕は君を求めて、君に会うためだけにここにいる。それ以外のことなんてどうでもいいんだ」
「わ、私たち……今日初めて会ったのに……」
「僕はずっと前から君を知っている。ずっとずっと、会いたかったんだ」
私のささやかな抵抗なんて許さずに、レイくんは完全に私を捕らえていた。
組んだ腕は絡まっていて、頰に添えられたその手は、私が顔をそらすことを許さない。
まるでお伽話の王子様みたいに煌びやかで優しさに満ち溢れたその姿に、思わず引き込まれそうになる。
私の身体を包み込むその腕の中に、身を預けてしまいそうになる。
「僕に、君のことをもっと教えて欲しいんだ」
甘く囁くその声に、力が抜けていくのを感じる。
自然な動作で近づいてくるその整った顔に、抵抗ができなくなって────
唐突に、あの悲しそうな顔を思い出した。
容赦なく私を襲ってきておきながら、大切な親友だと言った二人のことを。
世界を越えてまで私に会いにきた彼らは、私にとって一体……。
「やめて!」
私はなんとかレイくんの手を振り払って後ずさった。
あの二人の顔が、レイくんに吸い込まれそうになっていた意識を呼び戻してくれた。
なんで今このタイミングであの二人のことを思い出したのか。
どうして私を襲ってきた彼ら顔が、私を思い留まらせたのかはわからなかったけれど。
でも、とても心が痛んだのは確かだった。
「ごめんねアリスちゃん。今のは僕がいけなかった。つい気持ちを急ってしまったよ。許してくれるかな」
レイくんはそう言って私の頭を撫でようとして、でも私が僅かに頭を逸らすと、困った顔をして手を引っ込めた。
「……歩こうか」
私の手を取るレイくんに、今度は抵抗しなかった。
レイくんはそんな私を見て安心したように微笑むと、そっと指を絡めてきた。
恋人のように手を繋いで、私たちはまたゆっくりと散歩の続きを始めた。
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