14 ガールズトーク

 家に帰って鞄を乱雑に放り投げ、ついでに制服も脱ぎ捨てる。

 部屋着に着替えるもなんだか億劫で、そのままベッドに倒れこんだ。


 気持ちがモヤモヤして気持ち悪い。

 何もしたくなくてしばらくそのままへたり込んでいたけれど、流石に家の中でも暖房もつけずに薄着でいるのは寒くなって、仕方なく起き上がった。


 暖房を付けつつ部屋着を着る。

 晩御飯は何食べようなんてぼんやりと思いつつ、さっきのことが頭に残っていまいち考えがまとまらない。


 本当は後にしようと思っていたけれど、晴香に愚痴を聞いてもらおうか。

 携帯を手に取ってメールを送ろうとして、でも少し悩む。


 晴香だって暇じゃないんだし、今わざわざ時間を取らせてまで聞いてもらうことかと。

 他人からしてみれば取り留めのないことだし。

 明日も会うし、というか毎日会う。その時に話す方がいいんじゃないかな。


 そう思って、作ろうとしていたメールを閉じた。

 そう。毎日会うんだからわざわざ今メールで言う必要もない。

 明日まで我慢して、朝にでも聞いて貰えばいいんだから……。


 けれど、ふと思った。

 一昨日から晴香には、心配を掛け続けてる。

 今日だってレイくんの不審な登場があったし、普段一緒にしてるお昼休みや下校も断って、その心配は深まっていると思う。


 魔女や異世界のことは、とてもじゃないけど話せない。

 なら、話せることくらい素直に頼った方がいいかもしれない。

 ありがたいことに晴香も、それを望んでくれている。


 頼ってほしい、相談してほしいって言ってくれてる。

 言えないことが沢山ある分、頼れることは頼った方がいいのかもしれない。


「我ながら自分勝手な解釈だ」


 一人で苦笑いしながら、メールを送ることにした。

 それなら創のことも頼ってあげた方がいいのかもしれないけれど、今回のことは女子同士で話す内容だから。

 いくら幼馴染でも、ガールズトークに創は混ぜられない。


『正くんと喧嘩しちゃった』


 そうメールをして、一分と経たないうちに「今から行くから!」と返信がきた。

 そしてその返信とほぼ同じタイミングで、玄関の鍵がガチャリと開いた音がした。


 私たちの家は隣同士にあるけれど、漫画でよくあるみたいに、部屋の窓が向かい合わせではないから、窓から窓へみたいな来方はできない。

 どちらにしても家の間にはそれなりに距離があるから、例え向かい合わせだったとしても、渡るのは難しいけれど。


 どたどたと、二階にある私の部屋まで駆け上がってくる音が聞こえて、勢いよくドアが開かれた。


「どうしたの!? なんかされた!?」


 心配そうな顔で、私の体中をぺたぺたと触診する晴香。

 そんな必死な晴香の姿がなんだか嬉しくて、私は思わず笑みを溢した。

 こんなに心配してくれる友達がいるなんて、私は幸せ者だ。


「ちょっと、なんで笑ってるの? あ! もしかして騙したな!?」

「ごめんごめん。騙してないよ。メールしたことはホント。ただなんか、晴香の顔見たら安心しちゃって」

「えーなにそれー。こっちは心配して飛んできたのにー」


 私の反応に、不満そうに呻く晴香。

 私はもう一度ごめんと謝って、下のリビングに促した。


「それで? 何があったの?」


 私が淹れた、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを飲んで落ち着いた晴香が、改めて聞いてきた。

 自分の分のコーヒーを持ってソファに座る晴香の隣に腰掛けてから、私は校門でのことを話した。


 善子さんとのことはもちろん話せないけれど、正くんとのやりとりを説明するだけでも、私の心境は十分に伝わった。

 晴香もまた、私と同じように怒って眉をぎゅっと寄せた。


「それで、何もせずに帰ってきたの?」

「うん。あれ以上あそこにいたら、自分が何するかわからなくて」

「そんなの、一発お見舞いしちゃえばよかったんだよ。パーじゃなくてグーでね」


 晴香は普段は温厚で優しいけれど、怒ると怖い。

 心配してくれる時も少し強気になったりするけれど、怒らせると容赦がなかったりする。

 小さい頃、創が晴香を怒らせてボコボコにされていたことがあった。

 流石に今はそこまでしないとしても、怒った晴香は少し攻撃的になる。


 晴香も、善子さんとは私と同じくらいの付き合いがある。

 仲もいいしその優しさをよく知っているから、正くんの発言には怒り心頭だった。


「でも男の子は叩けないよ」

「アリスはそういうところ優しすぎるよ。そろそろ正くんにはガツンと当たらないと」


 確かに晴香の言う通りだとは思う。

 でも、今日少し言っただけでもこんなにモヤモヤしてしまったんだから、真っ向から思うことを言ったら、私の方がしんどくなってしまう気がする。


 それからひとしきり正くんの文句を言い合って、なんだかスッキリした。

 自己嫌悪に似たモヤモヤもだいぶ晴れて、やっぱり晴香に話してよかったと思った。

 同じ視点で同じ気持ちを持ってくれる友達がいることが、どんなにありがたいことか。


「でもよかったよぉ。私はてっきり、正くんに告白でもされたのかと」

「え!? こ、告白なんてそんな……別に正くんは私のこと好きなわけじゃないでしょ」


 空になったマグカップをテーブルに置いて、ホッと胸を撫で下ろす晴香。

 それを私が慌てて否定すると、晴香はジトッとした目で私は睨んだ。


「ずっと思ってたけど、それ本気で言ってる?」

「だって正くん、一応モテモテだし女の子に困らないでしょ。確かに中学からの付き合いだから、顔なじみではあるけど、別に好きなられるようなことなんて何もなかったし……」


 どんなに思い返してみても、正くんが私を好きになるようなことが思い浮かばない。

 そんな私を、晴香は未だにジトーッとした目で睨んでくる。


「なんていうかさ、アリスって鈍感?だよね」

「えーなんでよー! だって正くんが私に絡んでくるのって、なんていうか、私が正くんに全くなびいたりしないから固執してる、みたな感じじゃないの?」

「それを言ったら、私だって正くんになびいてないけど、アリスみたいな絡み方されてないでしょ?」

「それは……」


 指摘されて口ごもる。

 確かにm学校中の女子が正くんに惚れているわけじゃない。

 いくらモテモテだからといって、全員がそうなわけじゃない。

 自惚れた態度そのものはどの女の子にもするけれど、私にするような絡み方を他の人にしているところは、見たことがなかった。


「まぁ正くんが悪いけどさ。でも正くんは、アリスのことが好きなんだよ」

「でもそんな確証ないでしょ?」

「実は……前に聞いたことあるんだよね」


 私の言葉に、晴香はそう呟いて気まずそうに目を逸らした。


「ちょっと、何で教えてくれなかったの!?」

「言えないよー! いくら相手が正くんでも、人の恋路でしょ? その相手本人に言っちゃうのは野暮でしょー」

「何それ! どっちの味方なの!?」


 そんなもの律儀に守る必要ないのに。

 私が困ってること知ってて黙ってるなんて、ひどい。

 真面目に腹を立てている私を見て、晴香は笑った。


「ねぇ、笑い事じゃないんですけど」

「ごめんごめん。でもなんかアリス可愛くてさ」


 微笑ましく笑う晴香を見ていると、怒りはすっと治った。

 別に晴香に悪気や悪意がないことはわかってる。

 でもやっぱり少しくらい教えて欲しかった。


「それで、誰から聞いたの?」

「正くん本人から」

「え」


 予想外すぎる答えに、私は思わずフリーズした。

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