状況は悪く 2



 6階建てのコンクリートビル、その一室。


 ここは以前、賃貸オフィスだったのだろう。

 なんたら弁護士事務所と看板を垂らしたドアを開け、中に侵入する。


 暗いオフィスに、いくつかの机とパソコン、それから観賞用の鉢植えが倒れている。

 ただしどれも風化が激しく、〜だった、かあるいは、〜らしいと単語の後に付けるべきだろう。


 今月の顧客目標数は何人です、などと意気込んで書かれた薄汚れた手書きの掲示ポスターを見れば、その日付けはとっくの昔に過ぎてしまった過去のものだ。


 床に散らばる電灯や窓のガラス片を避け、しゃがんだまま一つの大窓に近づく。

 この窓辺はブラインドが下がっており、身を隠して外を見るには適していた。

 この窓からなら、多少は襲撃地点の様子が見下ろせるだろう。

 指で埃まみれのブラインドをつまみ、覗く。


 まだ火は燃え続け、トラックの前に立ちふさがっていた。


 距離があるからか、パチパチと燃える音は遠くから聞けば実に平和なものだ。


 ぼくがあの場所にいた時から変わったことと言えば、トラックの周りに数人、バイクのフルフェイスヘルメットをかぶったやつらが近付いていることだろうか。


 彼らはバイクのヘルメットをかぶり、二の腕や太腿の外側を鉄板やプラスチックのペットボトルで補強された、数年前はどこにでもあった衣料品店の冬服を着ていた。


 人数にして集まったのは9……いや、今ボウガンを持ったのが道路向かいのビルから出てきて11人か。全員が武器と服の柄にこそ違いはあれど、似通った出で立ちをしている。


 頭の保護を重視して、身体は動きやすいように要所要所のみを覆っているのは、個人的にはなかなか良い考え方だと思う。ペットボトルもプラスチックも、よく廃墟を探せばまだ見つかる資源だというのも好ポイントだ。替えがきくし、補修もしやすい。


 少なくとも、貴重なボディアーマーをバカみたいに厳重に身に付けていたくせに、息苦しいという浅薄な理由で肝心のヘルメットは脱いでいたこちらのメンバーよりはしっかり戦闘の態勢になっている。


「…………! ……!」


 その内の一人があちこちを指差して指示している。言葉は聞き取れないが。

 どうやら、あの短い山刀を持っているのが『略奪者レイダー』のリーダー格であるらしい。

 内容を察するに、トラックの運転席を調べてみろと周りに命令しているようだ。

 そういえば、確かにまだ一人残っていた。


 ぼくがトラックの荷台に置かれている三つの死体と、その近くでまとめて転がっている軍用ヘルメットを見ているうちに、ナイフやナタを持った4人ほどが運転席側に接近した。


 ナタの一人がトラックのドアに向かって、思い切り得物を振り下ろす。


 フレーム同士の間にねじ込まれたナタは、テコのようにドアをすぐさま開けてしまった。

 まあ、そもそもあのドアは一旦取り外されていて、手動で内側から開くようにちゃちな蝶番で固定されていただけだ。多少乱暴なやり方でも簡単に開いてしまう。


 そして開いた運転席からは、ボディアーマーを着込んだ人間が1人引きずり出された。

 せっかく腰に提げている拳銃ハンドガンは使おうという考えにも至らないようで、いやいやと身体を丸めるようにしながら『略奪者』数人に引きずられていく。


 最後の『フォース』の生き残りは、『略奪者』のリーダーの前に連れてこられると、両腕を捕らえられ膝立ちになっていたところをおもむろに腹部を蹴りとばされた。

 ボディアーマーを蹴られ、しかし衝撃を殺しきれずに揺れる『軍』の隊員。


 蹴ったあと、リーダーはそれを指差して笑っているようだった。

 両脇に控えていたボウガンの二人も笑っている。


 続けて群がった数人が彼を蹴るのに夢中になっている間に、リーダーがまたトラックを指差した。

 今度は荷台の方だ。

 恐らく、あと三着ほど荷台にあるアーマーを回収しようという試みだろう。

 ボウガンのボルトは防げなかったアーマーではあるが、打撃やナイフに対しては有効な防御になるだろうし、確かに死体に着せておくにはもったいない。

 そして何よりそれらの死体からは、ボウガンよりも殺傷力の高い武器である拳銃が手に入る。


 しかし、そこで彼らを不運が襲った。

 ここまで調子よく運んできた彼らだが、一つだけ、あのトラックにされている改造について知らなかったのだ。


 ぼくらが乗っていたトラックは、手動でエンジンを起動させるための改造や、中のバッテリーを種類問わず付けられるような互換性を持たせるための拡張、傷んだ電子回路の非純正品による交換などがなされている。


 『軍』のお抱えのエンジニアもどきがよくやることだが、こういう場合はわりと雑に、例えばスパークプラグの発火の代わりに運転席側にエンジン近くからぶち抜いて導線を繋いできていたりする。チェーンソーの発動機に付いているスターターロープをイメージさせられる粗悪な代物だ。


 他にやりようがないため仕方ないこととされているが、もはや改造というよりは改悪に近い。


 そしてこれらの改悪が特に影響するのが、エンジンまわりの配管や回路の気密性だ。


 そんなトラックを火災の近くに置いておけばどうなるか。


 トラックは、じかに触れていないとはいえ近くで生じていた炎から容易に内部へ引火した。


 気がはやって注意不足になっていたのもあるだろうし、ここまでトラック自体は何も異常が起きていなかったという油断もあるのだろう。

 彼らにとっての収穫物を回収に行っていた数人は、その時荷台に乗っていた。

 突然トラックが引火したのを見て、気付いたリーダーが遠くで腕を振り回してなにやら叫んでいる。


 しかしそれも、既に遅く。


 ぼくが上から見ているうちに、4人の『略奪者』と3つの死体は、膨れ上がるようにして内側から爆発したトラックに巻き込まれた。


 乗っていた1人は転がり落ちてきて、体に付いた火を消そうと転がった。

 ボウガンの片方が慌てて近寄り、その体を叩いて消火する。すぐに火は消えたが、うずくまって顔を押さえているのを見るに結構なダメージが残っているようだ。

 残りの3人はもう終わりだろう。


 結局、こちら側の戦力を4人と1台の車を犠牲にして相手を3人は死亡、1人を重症という形になった。

 相手の被害はほとんどまぐれのようなものだが。


 いや、今こちらの犠牲が5人になった。

 リーダーが拘束していた『軍』の隊員を、奪い取った拳銃で射殺したからだ。


 そのリーダーは、遠目から見ても怒り狂っていると判るほどに周りのものに当たり散らし、撃った死体をついでのように炎に投げ込んでから、こちら側を向いた。

 ボウガンの1人が隣で何かを言って、リーダーが頷き指示を出す。

 彼の視線は、ぼくがいるビルを見ている。


 そして『略奪者』達は二手に分かれた。

 火傷を負ったメンバーを運ぶ2人とリーダー。

 そして、残りの4人がこちらのビルに向かって走ってくる。

 その中にはボウガンを持ったやつも1人。


 リーダー達が歩いていく方角を覚えてから、ぼくは窓から離れた。

 そろそろ準備が必要だ。


 再び現状を確認する。


 敵の人数は4人。

 こちらへの殺意を持っているのは明白。

 少なくとも1人はボウガンで武装し、他はナイフやナタなどの近接武器で武装している。


 相手は、ぼくがナイフ1本だけを持って逃げるのを見ていたのだろう。こちら側の状況を知った上で、4人程の人員をまわせば足りると考えたに違いない。


 依然として、こちらの状況は悪い。


 そう相手には思わせておく。

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