新の55 冬の鉄塔は



 三が日、言葉は俺の部屋でのんびりと過ごした後、じゃあまたねと言い残して帰っていった。

 一月に入り三が日が終わるとすぐに学校が始まるからそれも仕方の無いことだ。


 言葉のいない部屋が少し広く感じる。

 気がつけば部屋の壁に言葉の服がつってあったり窓際に置かれた見慣れない観葉植物は言葉が持ってきたのだろう。

 出会って半年とちょっとだが、不思議なほど馴染んでるんだよな、あいつ。

 去年の事を思い返しつつ俺は明日から始まる学校の用意を始めた。



「あけましておめでとう」

「おめでとうございます」


 新年の新学期の教室はそんな挨拶であふれていた。


「あ、ミント!あけましておめでとう!」

「ミントくん!久しぶり!」

「よう、あけましておめでとうだな。3人共」

 教室に入るといつもの様に、駿と詩織、沙織姉妹が話していた。

「相変わらず3人一緒なんだな?」

「そうでもないけどね、ははは」

「ん?どうしたんだ?駿?」

「ちょっと聞いてよ!駿たら最近アリサといい感じなのよ!今日の朝だって……」

「あ〜!別にいいじゃないっ!沙織ちゃんにはミドリンがいるだろ!」

「姉さんにも困ったものです」

「あ!あのね!詩織だってここのところ怪しいんだから!やたらとにやけて携帯見てるし!」

「……気のせいです」


 新年明けても相変わらず賑やかなことだな。

 やがて始業のチャイムが鳴りホームルームが始まり三学期が始まる。

 今年も楽しくなりそうだ。



「相変わらずなのね」

「そうだな」

 初日は授業がないので昼までに学校が終わったため、俺は何となく屋上の鉄塔へと足を運んだ。


 冬空の下の鉄塔は寒々とした印象を齎らし上へと上がる手摺もひんやりと冷たい。

 そんな鉄塔の上では言葉が当然のように街を眺めていた。


「今日はいないかと思ったぞ」

「私も今日は来ないかと思ったわ」


 並んで見るまだ夕暮れには程遠い街並みはそれはそれでいいものだった。


「それほど寒くないんだな」

「ええ、意外と大丈夫なものよ」


 学食で買ってきた、少し冷めてしまった紅茶を渡し俺もコーヒーを開ける。

 時折駆け抜けていく風が寒さを感じさせるくらいで思いのほか寒くはない。


「よいしょっと」

 鉄塔にもたれて2人並んで座り雲ひとつない空を見上げる。

「いい天気だな……」

「あなたってたまにお年寄りみたいよね」

「気のせいだ」

 飲み終えた紅茶の缶を、コトンと地面に置き俺の肩に頭をあずける言葉。

 特に何か言うこともなければ俺から何か言うこともない。穏やかな時間がゆっくりと静かに過ぎていく。



「……そろそろ帰るか?」

「ええ、そうね」


 冬は日が落ちるのが早い、まだ夕方と言うには早い時間だが辺りは僅かに夜の気配を漂わせる。


「ん?一緒に帰るのか?」

「問題ないでしょ?今更と思わない?」


「それもそうだけど、何か聞かれたか?」

「ええ、もうそれは根掘り葉掘りとね。だから問題ないわよ」

「そっか、じゃあ帰るか」

 鉄塔を降りて俺たちは初めて2人並んで校舎を出て行く。

 流石に新学期初日だけあってほぼ人影もなく俺が思ったようなことにはならなかった。


「だから言ったでしょ?問題ないって」

「なるほどな……先に言えよな」


 帰り道の途中、言葉はそう言ってクスリと笑った。

 そう……ちゃんと自然にだ。

 本人はどうやら気がついてない様だが、言葉も少しづつでも本来あるべき姿になりつつあるんだろう。


「どうかした?」

「いいや、別に何でもない」

 繋いだ手を握る力が少しだけ強くなったのか、言葉がそう尋ねてきたが俺はあえて何も言わなかった。

 何故なら……言葉がちゃんと感情を表すのはまだ俺の前だけだから。

 学校はもちろんのこと、駿やミドリンといった友人といるときでさえ作り物の表情を崩さない。

 それは俺だけが特別であると自惚れると同時に悲しいことでもある。


「学校が始まるとすぐに試験なんだよな」

「そうね、あなたは試験勉強する人なの?」

「すると思うか?」

「しないわね」

「だろ?」

「その割には成績優秀なのよね、あなたって」

「そう言うお前もしないだろ?」

「ええ、授業だけで充分だから」

 言葉は入学以来常に1位を守っているし、俺もだいたいは20位以内をキープしている。


 いつものスーパーで買い物をして店のおばちゃんに冷やかされ2人で当然のように俺の部屋に帰る。

 言葉の"帰る"がいつの間にか俺の部屋を指していることに改めて気づいた。


 まるで半分同棲してるみたいだな。


 キッチンに立つ言葉の後ろ姿を眺めそんなことを思い顔が熱くなるのを感じた始業式の日だった。

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