惑の44 伝えれない気持ち
夏が過ぎ季節はあっという間に秋の訪れを感じさせる。
つい先日までの暑さが嘘のように、涼しくなり放課後の鉄塔の上は肌寒さを感じるようになった。
日が暮れるのも早くなり6時を回る頃にはあたりは夕暮れに包まれる。
「秋だな・・・」
「そうね」
俺と言葉はいつものように鉄塔の上で並んで座り他愛もない話をしていた。
夏の終わりのあの日、お互い告白めいたことを言ったことなどなかったかのようにいつも通りの日々を過ごしている。
変わったことと言えばいくつかある・・・言葉が少しだけ、そうほんの少しだけ、笑うようになったことくらいだ。
作り笑いではなく、ちゃんと笑えるようになりつつあるのじゃないだろうか。
以前からその兆しはあったと思う。
ふとした時に感じた違和感の正体はたぶんこれだったのだろう。
「あっという間に冬がくるな」
「そうね、冬になるとここってどうなるのかしら?」
「多分めっちゃ寒いと思うぞ」
「でしょうね、厚着しないと来れないわね」
「来るつもりかよ?」
「一応は。ね」
秋口でもそれなりに寒く感じるのに冬になれば、とてもじゃないがこうしてのんびりとは座っていられないだろう。
先程まで聞こえていた部活をしている生徒の声や吹奏楽部の演奏が聴こえなくなっていた。
「帰るか?」
「そうね」
そう言って立ち上がった俺に言葉はそっと身を寄せて抱きつく。
俺も何も言わずにその細くて柔らかい身体を静かに抱きしめてやる。
「ありがと」
「どういたしまして」
俺から離れるとそう言って僅かに微笑んでみせる。
これがもうひとつの変化だ。
元々手を繋いだりしてはいたが、こういったことにはちょっと照れもあり恥ずかしくもあったからほぼしてこなかった。
言葉が言うには、こうすることで自然に笑えるんだそうだ。
俺としては、最初どうかと思ったが案外慣れとは恐ろしいものですっかり今となっては毎日の日課になりつつある。
屋上から出て行く言葉を見送ってから俺も鉄塔を降りる。
流石に帰りを一緒にってわけにもいかないためにこの辺りは以前と変わりはない。
校門を出て真っ直ぐに家へと帰る。
ただいま。と言っても誰もいない部屋の電気をつけてソファに腰掛けてテレビをつける。
大して見たい番組があるわけでもないけど何となく手持ち無沙汰で。
ガチャ。
「ただいま」
「おかえり」
両手に買い物袋を下げた言葉が入ってくる、いつもと同じように。
慣れた手つきで買い物を冷蔵庫にしまいながら今日の晩御飯の用意をする言葉を俺はリビングから何となく見つめていた。
特に、本当に特に取り立てて俺たちの関係が変化したわけじゃない。
わけじゃないのだが・・・僅かな、そうほんの僅かな変化があるように思う。
それは俺の気持ちであり言葉の気持ちなのだろう。
テーブルに向かい合って座りご飯を食べてとりとめもない話をして・.・・少し寒くなってきたベランダでコーヒーを、言葉は紅茶を飲んで。
また明日。と言って玄関先まで見送る。
そんな毎日。
そう、何も・・・何も変わっていないし変えれてもいない。
胸のモヤモヤは日増しに大きくなっていくようで、少しずつ自分が嫌になる。
何故なのかはわかっているはずなのにな。
そして、そんな毎日が当たり前のように過ぎ紅葉が終わり次第に季節は冬へと移り・・・
「なぁミントくん」
「ん?どうした?」
「前々から思っていたのだが、キミと柊くんはどうなんだい?」
「どうって?何だよ急に」
「キミ達を見ていると、お互いに意識しているのに何だか妙な距離感があって・・・見ているこっちがやきもきしてしまうのだよ」
「・・・・・・」
「ミントくんもわかっているんだろう?」
「・・・ああ」
「キミ達の問題だから僕はあまり何かを言いたくはないんだけどね、それでも気にはなるものなんだよ」
「ありがとな、気にかけてくれて」
普段はあまりミドリンと2人で帰ることにはないのだが今日は珍しくタイミングが合ったのでこうして肩を並べて校門へと向かっている。
「僕としてはやはりキミと柊くんはお似合いだと思うんだけどね」
応援はしているから、と肩を叩いて高笑いしながらミドリンは迎えの車に乗り込んで帰っていった。
わかってはいるんだけどな。
そうひとり呟いて俺も帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます