第53話 鳥殺し


 堕ち星の太刀を左手に構えた鳥迫月夜は鳥迫月夜以外の何者でも無いのだが、それは別人でもあった。顔つきも柔らか味のある本来の彼女らしい顔立ちから遥か遠くを凛と見据えるような強く そして悲しげに 限りなく気高い女性の顔立ちに変わったように見える。発せられる声音も深く澄み 聞く者の耳を捕らえて離さない。


 動いたのは国神と右鈴原だった。


 鳥迫月夜に斬り込んだ国神と右鈴原に対しまったく動じることもなく刹那のタイミングで紙一重にこれを躱す、実際に髪が舞い散り斬られたのかと錯覚してしまう、紙一枚ほどの間合いすら無いのだろう。そしてヒュンと一振り、長い刀身が美しい弧の軌跡を描いた。

 国神と右鈴原が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


( これが主の願いか )

「 ああ そうだよ 」

( 愚かよのう人間 じゃが面白い 流石見込んだだけのことはある 楽しませてもらったぞよ 悠吏 )

「 なら礼をよこせ 山犬 」

( なんじゃ )

「 まがちを始末したい 」

( 何故じゃ 命乞いはせぬのか 今ならまだ妾ならば誰か一人を贄とすれば主を救えるのじゃぞ そうすれば今一度 そして今度こそ 姉と添い遂げられるのじゃぞ それに あの女なら鳥殺しを使えるであろう )

「 そしたら月夜がいなくなる 」

( それが主の望みであろう 鳥殺しを使えば鳥追いの娘は鳥殺しと共に完全に崩壊する 晴れてあの体はお前の女の物じゃ )

「 それじゃダメなんだよ 」

( くだらんな 悠吏 )

「 僕は強欲なんだよ 知ってるだろう 」

( 本当にくだらんヤツじゃな じゃがそんな主がたまらなく愛おしいぞ 悠吏 )

「 何ドサクサに紛れて告ってんだよ 」

( よいではないか 最期の語らいじゃ )


「 ユウリ君 動いちゃダメだ 必ず私がなんとかする お願いだから動かないで 」

「 ……七星 ごめん 姉貴を 」

 国神と右鈴原を斬り倒した鳥迫月夜が岬七星らに手当てを受ける悠吏のもとへと駆け寄る。

「 悠吏 本当にバカなひと 」

「 ……姉貴 もうじきまがちが穴から出て来る 毒は零の炎で周囲の大気を燃焼させることで今は封じてる ヤツは硬質化と流動化を繰り返しながら攻撃してくる 流動化した時がチャンスだ その時に内部に入り込み硬質化させて内側から崩壊させるしか手はない 」

「 その変化を外部から制御できるの 」

「 ……鳥殺しの放つ高周波だ 共鳴させれば制御出来る筈だ 」

「 で どうやって内部から崩壊させるの 鳥殺しを使えばいいのね 」

「 ……いや 僕が入って崩壊させる 」

「 まちなさいよユウリ そしたらあなたが…

 泣きそうな顔をしたありさが堪らず割って入った。

「 ……大丈夫だよありさ 僕に憑いてる旧神と契約して来た ヤツならまがちを内部からなら崩壊させられる そして僕はヤツに守ってもらえる この前みたいに後から救出してくれ 」


 ……嘘つき



 



 こぉぉぉぉぉッ


 洞穴内部から黒い大結晶体が燃えながら這い出て来た。結晶体の上部には人の首の無い上半身の様な物があり肩から巨大な翼が押し広げられてある。


 こぉぉぉぉぉッ


 翼がバサリと羽ばたいた。

 結晶体から無数の触手の様な物が伸びて硬質化して降り注ぐ。これを前線の岬七星のブレードとサクラのサクラメントが弾き返す、それでも彼女らを掻い潜った幾つかを砂叉丸 チギル キリカ の鳥殺しの槍を構えた鳥図切の3名が受け凌ぐ。そして中心には大きな糸切り鋏を手にした鳥迫月夜が控えていた。


 こぉぉぉぉぉッ


「 おぞましき毒鳥よ 地に沈むがよい 」


 ツ ク ヨ ワタ シト ウ ツ クシイ セカ イ ヲ


「 黙れ 」


 鳥迫月夜が合わせられた二つの刃先を解き放つ。

 刃先からキィィィィンと高周波が鳴り響き それが共鳴しながら徐々に大きくなっていく。


 こぉぉぉぉぉッ


 結晶体も共鳴を始める。


 ドーム上部より降下ワイヤーで悠吏を抱き抱えたありさが結晶体へと降下した。


 マ タ キサマ カ


 翼が鉈の様に悠吏とありさ目掛けて振り下ろされる、これを結晶体に駆け上がった鳥迫月夜が糸切り鋏で切り落とす、そしてもう一つの翼も。


 悠吏……


 鈴音……


 月夜が糸切り鋏の刃先を結晶体に突き刺した。


 ドプン。悠吏が結晶体へと沈み込む。


 鈴音……月夜……


 結晶体が取り込まれた悠吏もろとも瞬時に霧散してキラキラした粒子となり洞穴内へと散っていく。

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