第51話 終劇の幕開け


 瀬戸内に浮かぶ小島である鼠仔猫島、この島のほぼ中央部に位置する場所には大洞穴と呼ばれる天然の直径約57mの縦穴が穿たれてある、かつての伝承ではこの穴には底がなく そのまま地獄にまで通じているとされていた。

 そして今現在、新大日本帝国軍により、この穴より大結晶体の引き上げ作業が進められていた。


「 3号機 1mだけ巻き上げろ バランスを崩すな 」

 作業主任の男が声を張り上げる。

 洞穴を取り囲む様に配置された5機の赤い大型クレーンがギチギチと軋みを上げる。

「 国神司令 いけそうです 」

「 ほな始めよか 」

「 はい 総員 只今より引き上げ作業を開始する 自動制御に切り替え駆動を確認後に各自速やかに退避 各班の指示に従い港に向かえ 始めェッ 」

 主任の号令の下、クレーンのモーターが駆動を開始する、洞穴を囲むドーム内にモーターの焼けた匂いが立ち込めた。

「 本当に我々は残らなくてもよいのですか司令 」

「 大丈夫や あとは勝手に出て来てくれる もうやる事はあらへんのや はよ退避し じきに国連軍の攻撃が始まるさかいな 」

「 国神様は 」

「 ウチは見届けなあかんからな 」

「 どうかご無事で 」

「 ほいな 任しとき 」

「 では 」


 鼠仔猫島から帝国軍が撤退を開始した時、洞穴のあるセントラルドームには国神と右鈴原のみとなっていた、モーターの駆動音だけがうるさく鳴り響いている。

「 全員撤退させてよいのですか 」

「 もう止められへん ここで無駄死にすることも無いやろ 関東と国連軍はどないや 」

「 関東方面では依然激戦が続いております 国連軍は現在四国沖にあります ホーネットと話し合っている模様です 」

「 何で話し合いなんや ホーネットも国連もウチらの目的は知ったはずや 即時攻撃やないとおかしいやんか 」

「 ホーネットとて この国を失いたくは無いのでしょう きっと何か策があるのでは 」

「 そか 何の策やろな 」

「 もちろん私が止めるという策です 」

「 やっぱそれか まあそれしかあらへんわな 月夜ちゃん 調子はどうや 」

 国神と右鈴原に向き合い、血濡れた拘束衣姿の鳥迫月夜が突然現れた、隣には八嶋ユキの姿もある。

「 おかげさまで 絶好調です 」

「 おかしいなぁ 呪いをかけて虫の息の鳥殺しは封じたはずやのになぁ なんで完全に融合して単一個体になっちょるんや 月夜ちゃん で 何の用や 」

「 もうヤメてください 」

「 そら叶わんわ もう手遅れやさかいな これは死んでいったもんらの想いなんや この国を守るっちゅうな おまえらの生きた平和な時間は仮初めの泡沫の夢や 現実やあらへん やから邪魔するな 」

「 私には私の守らなければならないものがある 」

「 意見の相違っちゅうやつやな やがムリやで 無茶な融合とエネルギー不足で安定してはらへん 既に崩壊期に入っちょるやろ おまえに残された時間はごく僅かのはずや 」

「 わずかでも在ればそれで構わない 」

「 誰を相手にする気や そんな時間与えるわけないやろ そっちのJKの時間遅延も今ウチに見せたんは失策やな もう通用せえへんで 最後の切り札にするべきやったな 」

「 勘違いしないで 私 高校はもう卒業してるんだから JKって この変態 」

「 ……リンちゃん 」

「 私を見ないで下さい 女 紛らわしい格好をしてるお前が悪いのだぞ 口を慎め 」

「 それより外から銃声が聞こえへんか 兵は撤退しとるはずやろ 」

「 自主的に残った私の部隊がドームの警護に当たっております 島に入り込んだホーネットと鳥追いの仲間の者らと交戦しているのでしょう 精鋭達です 国神司令が最後の詰めが甘い事くらい皆んな知ってますので司令は特に気にする事など何もありません 」

「 ……月夜ちゃん 」

「 私を見ないでください 知らないです 部下に慕われてて良かったじゃないですか 」

「 ほなウチもちゃんとせなあかんな 鳥殺し 今度こそ終いにしちゃる 」

「 こちらの台詞です 国神 」

 鳥迫月夜の手に複雑な形状の双刃の刃物が形成された。これを見て神職姿の国神も腰の小振りの太刀を抜き放つ。

 深緑の軍服姿の右鈴原も抜刀した。

「 ウリリン あなたの相手は 私 八嶋ユキよ 」

「 力量の差も判らんのか未熟者 聞こうと思ってたのだが貴様が何故左原の長刀を持つ 」

「 これは私のご主人様からの大切なプレゼントよ それよりあの私の愛しのクズマスターはどうしたの 」

「 ふっ サハラの弟子か あの軟弱者は穴に落ちたぞ 生きておっても毒に狂っておろう 」

「 安心したわ バカがもっとバカになったら少しはまともになるかもね 」

「 大した師弟愛だな 」

「 違うわよ 性欲愛よ 」

「 …… 」


「 いざ参る 」×4






「 やはり兵を残してたわね 」

「 しかも精鋭部隊かよ こりゃ近づけねぇぞ 隊長 どうする 」

「 まずいな 相手は守りを固めてある このままでは弾薬と時間の浪費だ かと言って一旦引く訳にもいかん こいつらを月夜のいるドーム内に行かせる訳にはいかんからな 得策では無いが このままこいつらを釘付けにするしかあるまい ただ釘付けにするだけなら我らとトーマだけで充分だろう ありさは倉庫に戻り例のルートを 」

「 わかったわ じゃあ皆んな死なないでね 」

「 オウ リサも死ぬなよ 」

 青狛 町田 林 トーマ を残しありさがバイクに跨り交戦中のセントラルドーム前を後にする。






「 クソっ 何も出来んのは歯痒いな 」

「 そうカリカリすんな三刀 お前も目覚めたツクちゃん見て感じただろう あれはもう俺らの知ってるツクちゃんじゃない こうなったら成るようにしか成らんよ 」

「 それでもツクはツクだ 」

「 ああ わかってるさ 」

 山中の倉庫のような建物に三刀らが到着した時には鳥迫月夜の心臓は既に停止していた。が、体温は50度以上の高熱を発し続け約10時間後に常温へと低下し完全な死を確認してから鳥迫月夜は目覚めた。( おはようございます )と言葉を発した彼女に一同はみなゾッとした、泣き崩れていた三刀小夜でさえ顔面が蒼白になったのだ。

 目覚めた鳥迫月夜は以前と何ら変わらなかった、美しく儚げな顔立ち、優しい声音、少し青白くはあるが透き通る肌、それはみなが見知った鳥迫月夜だった。ただ一つ、死んでいることを除けば。

「 で どう成ると思う 鎌チョの冷静な意見が聞きたい 」

「 政府軍が島から撤退を開始した時点で作戦は完了したんだろう もう国連軍でも核でも止められんさ 俺らの人類史はこれで終わりだ 第1期混沌世界を経て第2期新世界の始まりだ 2000年後くらいには俺らの時代は人の愚かな歴史として語られてるんじゃないか 過ぎてしまえば単なる歴史の1ページさ 結果的にそれでいいのかもしれん だがな 個人的には良くないぞ そんなの俺が死んだ後にやってくれ 俺はまだ人生を楽しみ足りてねぇんだ だからツクちゃんに賭ける 」

「 鎌チョ 私はな ツクを失うのが怖いんだ 真月を失い私は私自身を喪失した そんな私を繋ぎ止めてくれたのがツクだ ツクまで失ったら私は そんな世界なんか要らない 」

「 なら信じろ三刀 闘えない俺らにはそれしか出来んのだから 」

「 わかっている すまん鎌チョ お前には弱音を吐きたかったんだ 」

「 ああ いつでも聞いてやるよ それより忍者部隊は大丈夫か 」

「 鳥頭切の4人か 結構経つな 」

 この山中の用途不明の倉庫の様な建物の床部分に開閉部があるのをありさが発見したのだ、そこを開けると地下へと続く狭く古い階段があった、鳥頭切の4人はその調査に向かったのだ。

 外にバイクの音が聞こえありさが入って来た。

「 ありさ君 どうなってる 」

「 守りが堅くて私達はドーム内には入れない ただ敵の残存兵力も多くはない 隊長達が釘付けにしてるわ 通路の調査は 」

「 まだ戻って来てないんだよ 」

 と、小夜がありさに返事をしたと同時に地下通路からガスマスクを装着した羽折まひるが顔を出した。

「 やはり洞穴内部と繋がっていました 洞穴壁面に穿たれた祭壇のような小さなスペースに繋がってます 上部からのワイヤーがかなりのスピードで巻き上げられているようです 」

 ガスマスクを外し まひるが早口に報告する。

「 でかしたわ ワイヤーを切断出来るかも オジサンはマスクをしてユウリの壺とプラスチック爆弾を持ってついて来て 荷物係よ まひるは小夜とここに待機 誰か戻ったら伝えて 」

「 かしこまりました それから洞穴の下方の闇の中で時々炎が 」

「 ユウリね あのバカ何してるのよ オジサン行くわよ 」

「 おう 三刀 信じてろよ 」

「 ああ 鎌チョ 信じるさ 」





「 いきなり落っこって来たと思ったら何なんだよコイツ 」

「 シネ シネ シネ シネ ツクヨ 二マトワリツク ムシケラ 」

( まがちの神守りの成れの果てじゃな まがちの毒に侵食されておる もはや人では無いぞ )

「 見りゃわかるよ 首が繋がってなくって手が触手の黒い結晶体の人間なんかいないよ 」

「 ナゼダ ナゼ オレノ ドク 二 オカサレン 」

「 そりゃ月夜といいことしたからに決まってんじゃん 」

「 ギィ サァ マァァァァァァ 」

( これ悠吏 あまり怒らせるでない )

「 コイツ 僕が上で腕斬ったヤツだよな 炎の刃が通らんぞ 山犬 どうしたらいい 」

( 流動化と硬質化を繰り返しておる 斬れんのなら根性で叩き割れ )

「 無茶言うなよ この太刀じゃ重さが足りん なんかハンマーみたいなの出してくれよ イヌエモン 」

( 変な名前を付けるな 主とは精神が繋がっておるだけじゃ 甘えるでない )

「 役立たずの神様だなぁ ワイヤーも国神の結界で守られてるしどうすんだよこれ 」

( 主に出来ることなど何も無いということじゃろう 人間 )

「 もういいよ 役に立たないんなら引っ込んどけよ 」

 巻き上げられる五本のワイヤーに繋がれた全長40mほどの黒い大結界体の上部で悠吏は玖津和あきらの成れの果てと剣を交えていた、玖津和あきらの頭部は結晶体の上に落ち、既に半分くらい融合している、首の無い体の腕があった部分からは何本もの触手の様なものがうねうねしており、それが伸びて攻撃してくる、触手は攻撃と防御の際は硬質化して悠吏の斬撃を弾き返すのだ、体も結晶体から伸びる触手で繋がっている様子で黒く結晶化している。

「 はてさて どうしたらいいんだ 」

「 ユウリ そこにいるの 」

 上方よりありさの声が聞こえた。

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