第20話 静止した時の中で


「 なんかみんな普通に生活してるんですね 」

「 当たり前だ 国民の大半は以前と何ら変わらん日常を送ってるよ じゃなきゃ生きていけんからな その反面 個々の抱えている不安とストレスは相当のもんだと思うぞ 軍に入隊する者や反政府活動に走る奴らは外側に発散出来るが それが出来ない人達は今までの生活にしがみつくしかない 特にこの国は平和過ぎたからな 国民がわからないんだよ 自分達がどうしたらいいのかが 表向きは普通に見えてもそうじゃない 国民全体が集団鬱状態だ 自殺者も急増している 」

 私と三刀小夜は外を歩いていた、私が暮らしていたワンルームマンションのある見知った街並みだ。

 意識が戻り 1週間ほどのリハビリでほぼ普通に動けるようになったのには医師も驚いていた、普通に活動出来るようになりちゃんとした私服や下着が必要になったので 今日は外出してマンションに取りに戻るのだ。

 私が少し外を歩いてみたいと言ったので海乃の運転する車を降りて小夜と街を歩いているのだった。

「 集団鬱ですか みんな大変なんですね この辺は反政府活動はないんですか 」

「 住宅地だからな 今 この辺の地価は跳ね上がってるはずだぞ 何が起こるかわからん都心部と逆転していると聞いた 」

「 土地買っとけばよかった 」

「 だな そう言えばユウリ店長は持ちビルだったろう 今売れば高く売れるぞ ちょっと寄って行くか 」

 あきらかに小夜は私を気遣っている。

「 誰もいないんでしょ 変な気は使わないでくださいよ 」

「 そうか ならいいが 見ろツク 黒煙が上がってるぞ 新宿方面だな あらがいの団か 」

 小夜の指差す方を見ると遥か彼方に黒煙が立ち昇っている。数名の通行人も私たちに反応して同時にそちらを向いた。

「 あらがいの団って昔し活動したテロ組織ですよねぇ 関係があるんですか 」

「 ツク 岬七星と知人だとは絶対に人には言うなよ 」

 突然、小夜が小声で囁く。

「 了解です 」

「 あらがいの団はリーダーの瑞浪空みずなみそら以外全員その場で射殺されている だがテロ行為には参加してない当時10代前半の団員もいたらしい その1人が岬七星と聞く 」

「 瑞浪空は生きているんです 」

「 いや ここまで大々的に活動を再開したのに名前が出てこないはずない 空は海乃辺りの年代の人間にとってはカリスマ的存在だからな 知名度を利用しない手は無いだろう 生きていたとしてもホーネットとは無関係じゃないのか 」

 ドン。いきなり私たちの前に横から飛び出してきた男性が小夜と接触した。

「 あッ わりィ わりィ お姉さん大丈夫 」

 黒のジャージの上下に編み上げブーツを履いた見るからにガラの悪そうなチンピラ風の男だった。

 少しよろけた小夜が変な顔をした。

「 警告だ 動くな 息もするな 」

「 …… 」

 突然の男の言葉にハッとして小夜を見ると濃いカーキ色のつなぎを着た小夜の腹部に何か細長いものがくっ付いている、いや、突き刺ささっている。

「 物分かりがよくて助かる 」

 男が小夜の腹部からそれを引き抜いた。それは奇妙にうねった刀身10㎝ほどの極端に細長いナイフだった。

「 警告を無視すれば内臓が傷ついて死んでいた 」

「 貴様 」

 小夜が私を背に回し男を睨みつける。

「 次の警告だ 黙ってついて来い 無視すれば1人殺す 」

「 サヤさん 従いましょう 」

「 ああ で 命の保証はあるんだな 」

「 殺すのが目的なら気が付かない内に2人とももう死んでる 」

「 わかりました 」


 男は私たちを気にする素振りも見せずにズンズン前方を進んで行く。

「 サヤさん お腹大丈夫ですか 」

「 心配するな 大丈夫だ 少しチクチクする程度で出血も殆んど無い 奴の言う通り内臓は傷ついてないみたいだ これなら暴れてもなんら問題ない 」

「 ムチャしないでください 」

「 わかってる それよりツク お前は大丈夫か 」

「 はい リハビリに比べれば楽勝です いつでも全力で暴れられます 」

「 よし ただ相手はプロだ 最悪の状況になるまでは従うぞ 」

「 はい 」

 我が鳥迫家では幼少より代々受け継がれる古武術を習わされるしきたりがある、私が教わったのは筋力を持たない女性に特化した柔の拳がメインだ。素人相手なら複数の男にも引けを取らない自信はある。が目の前の男は素人ではない、武器を携帯した本物のプロだ、それくらいわかる。小夜も家の道場でよく一緒に汗を流した、亜流ではあるが昔しデンジャークィーンなんて呼ばれてた事もあるらしい武闘派だ。万全な状態の2人がかりならもしかしたら勝機もあるかもしれないが今の小夜は傷つき私は病みあがりだ、とてもでは無いが太刀打ちできない。だが捨て身なら相打ちに持ち込める可能性はある、どうせ半年間死んでたも同じだ、いまさらずっと死んでもたいして変わらない、小夜だけはなんとしても守らないと。


 15分ほど歩き街外れのコンテナ置き場に到着した。未だ男の目的がわからない。

「 初めまして 鳥迫月夜ちゃんに三刀小夜さん やっと会えたわ 」

 そこには1人の女性がいた、黒のアサルトスーツに身を包み金髪をポニーテールにした三刀小夜に負けず劣らずの野獣系美人だ。

「 意識不明だと聞いてずっと困ってたのよ 回復してよかったわ 」

「 私らに何の用だ 」

「 せっかちネェ いいわ じゃああの箱は何 」

「 箱とは何だ 」

「 とぼけないで あなたたちが隠してた箱よ 」

「 もしかして葛籠の事を言ってるのか 何ヵ月前の話をしてる 」

「 しかたないでしょ 意識不明になったのはそっちじゃない 」

 そうだ、葛籠だ。意識が戻ってずっと何かが抜け落ちていると感じてたんだが葛籠だ、葛籠はどうなった。

「 今はあんな葛籠なんかどうでもいい状況に世界が陥ってるだろ お前ら大丈夫か 」

「 なんか話が噛み合わないわねぇ いい 世界がこうなったのはあの箱の所為なのよ 」

「 何を言ってるんだ 分かる言葉で喋ってくれないか 」

「 本当にわかんないの あの箱が津波を引き起こした原因だって言っているんでしょ 」

「 どう言うことなんですか なんで葛籠が津波を 葛籠は今何処にあるんです 私の葛籠は 」

「 ツク 落ち着け 」

「 ハァ やんなるわ じゃあ説明してあげる 箱をあなたたちから奪ったのは私たちよ 私たちは箱を本国に移送しようとした 艦隊を組んでね 太平洋上でその移送艦隊が消息を絶った同時刻 同海域で原因不明の巨大津波が発生した 私たちの国目掛けてね そして同時刻にツクヨ あなたが意識不明になった すべてが1つの事なのよ 」

「 ちょっと待て そんなこと私らに言われても知らんぞ そもそも葛籠を勝手に持って帰ったのはお前らじゃないか 私らだってあんな葛籠押し付けられて困ってたんだ 何処ぞの誰かが持って行ってくれて厄介払い出来たと喜んでたんだからな 」

「 そんなことどうでもいいわ 質問に答えて あの箱は何なの 」

「 知らん 警察から取り上げたなら調書くらい見ただろう あれはほぼ事実だ 私らはあれ以上の事は知らんのだ そもそも艦隊を組んで移送するくらいならお前らの方が知ってる事が多いんじゃないのか 」

「 関与した人物達は全員艦隊と一緒に消えたわ 答えを導き出せるのはツクヨ あなたしかいないのよ 私たちと一緒に国に来てちょうだい 私たちは正義では無いけれど悪ではないわ 悪い様にはしない 」

「 知ってる事があるなら話すし協力もする がそれは従えん 葛籠が津波と意識不明の原因とわかった以上 ツクをそこに近づかせるわけにはいかん ようやく意識が戻ったんだ 理解してくれ 」

「 言ったでしょ 正義では無いと トーマ 連れて行くわよ 」

 それまで女性の傍らに無言で立っていたトーマと呼ばれた例の男が一歩踏み出した。男の手には黒い塊がある、それは銃だった。

 小夜が私を庇うように身構える。ダメだ、銃を出された以上 もうどうする事も出来ない。


「 それ以上ツクに近づいたら殺す 」


 突然、私たちが背にしたコンテナの上から声がした。それは聞き覚えのある声だ。


「 やあツク 目覚めたんだね 遅くなってごめん これでも頑張ったんだけどね 」

「 店長 」

「 ンだ テメェッ 」

「 言ったろうスパイ君 ツクに近づいたらぶっ殺す 」

 コンテナの上からストンと悠吏ゆうりが飛び降りた、私たちと男の間に割って入る形だ。悠吏は何時ものフィールドジャケットにカーゴパンツという出で立ちなんだがなんかポロポロだ。

「 店長 ダメ 銃を持ってるの 」

「 大丈夫だ 」

 そう言うと悠吏は低く身構え左手を地面を掴むように差し出した。

「 バカが死ねよ 」

 男が悠吏に銃を構える。

「 ユキ!」


 悠吏がユキと叫んだ瞬間にすべてが青白い1枚の写真となる。視界にあるものすべてが静止しているのだ。悠吏も銃を構えた男もその後ろの金髪の女性もなにもかもが、空気さえもが、1枚の写真のように停止している、私自身も視界すら微動打にしない。いったいどうなってしまったんだろうか、そんな青白く静止した世界の中で音が聞こえる、何かが砕け散りそれを踏みしだく音が、何かがこちらに近づいて来ている。そしてそれが遂に固定された私の視界に踏み入った。

 それはセーラー服姿の1人の少女だった。ショートボブに凛とした眼差しの少女の周りで静止した時間が虹色に発光しながら砕け散り美しい軌跡を描く、砕け散り踏みしだかれる聞いた事も無い唄声のような音が残響する。少女の手には2本の長い鞘に収められた刀があった。

 少女は悠吏の側まで進むと跪き1本の刀の柄を差し出した、そして、悠吏の地面を掴むように出された左手にそっとあてがう。

 その時少女の視線が私を捉える。


「 ツクさん あなた見てるわね 」


 そして静止した時間が砕け 解き放たれた。

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