第9話 嘘つき


 2年前のGWに体験した不思議な出来事、あれはいったい何だったんだろう、酷くおぼろげで曖昧で本当にあった事なのか 夢ではなかったのかと強く問い正されたなら私は俯いてしまうだろう。だがそれは在るのだ、今でも私の中に、鎌首をもたげてシュルシュルと音を立て炎のような赤い舌をちらつかせているのだ。


 海乃が聞かせろとせがむので私の代わりに小夜が話してくれた。

「 えェェッ なんっスかその話 ガチなヤツじゃないですか ズルいっスよ2人だけで てか何で百目で特集組まなかったんスか 」

 そうなのだ、私はその為に小夜に話しを打ち明けたのだ。雑誌で取り上げられれば……

「 すまんツク 私はあの時お前に嘘をついたのだ 私はお前をまだ子供だと判断した だから本当の事は言わなかったんだ 」

 三刀小夜みとうさやは何を言っているんだろう。

「 当時お前の話しでは同行者は高校の時の同級生となっていたが実は違うのだろう 本当は右鈴原うりんばらなのだろう 」

 違う、その名前は彼の名じゃない。

 彼の名前は 左々原悠吏ささはらゆうり 左の左原 左々原悠吏だ。忘れてなんかやるもんか、それは彼が名乗ってくれた大切な名なのだから。

「 ツクよ そんなに怖い顔をするな どうもこの名はお前にはNGらしいな じゃあユウリ店長と呼ぼう それならいいだろうツク 」

 私は俯いて小さく頷いた。

 当時、私は小夜に相談した時 店長のことを高校の同級生とした、別に隠したわけでは無い、隠したかったんだと思う。

 だってあれは私と彼の2人だけの秘密だから。

 でもバレてた。

「 お前の話しの内容から同行者が男性なのは推測出来る 当時も今も お前の周りに男と呼べる代物はユウリ店長だけだ バレバレだ 」

「 ちょいまち 俺もちゃんとカウントしてくださいよ班長 」

 すかさず海乃が突っ込んだ。

「 なんだ海乃 カウントして欲しいなら身の周りをもう少しキレイにしろ 今度刺されそうになっても助けてはやらんぞ 」

「 ぐぅぅ 」

 海乃が拗ねた顔をする。

「 あの時お前が私に助けを求めていたのはわかっていた おそらくユウリ店長に2度とあの場所には近づくなと言われたんだろう だから私に話して百目奇譚で取り上げて都市伝説スポットとして注目を集めたかったのだろ どうにかしたかたんだろうツク 」

「 あっ それいいじゃないっスか 注目が集まれば人が集まる 人が集まればまた……

「 だから子供なのだよ でそのあとどうする 村興しのマスコットキャラにでもするのか そんなの河童にでもやらせておけ 相手は仮にも地主神だぞバチが当たる 」

 怒られているのは海乃だが、当時 同じ事を考えていた私もしゅんとしてしまう。

「 海乃 さっきの話で気になる所を言ってみろ 」

「 そりゃ やしろにいた謎の女の子 それと荷物が運ばれていたのと地蔵の数が違ったことかな あっ あとツクヨちゃんがロン毛とドライブデートしてた事っス 」

「 デートじゃないです 」

「 ドライブデートは気になるがひとまず置いておこう で やっぱりその3つだろうな ただ女の子に関しては格好と喋る内容を除けば普通に人間だ 変な格好をして変な話しをするヤツなんて世の中にはごまんといる 特殊な場所がそう思わせてるだけで もし学校のクラスにいたら単なる変なヤツだ この手の不思議話に共通することは違う見方をすれば違う説明が出来てしまうってことなんだ 結局 最終的な確認作業を行っていないんだよ もしその場でツクとユウリ店長がその子を保護して警察に通報していたら まったく違う話になっただろう 」

「 じゃあ班長はその子は単なる変わった子供だったと 」

「 いや 確認してないのだからわかりようが無いと言っているのだよ 聞き手側の考え方しだいでどうにでもなってしまう 答えなど無いんだよ 」

 そうなのだ、ヒメは普通に食べて普通に喋って普通に遊んだだけなのだ、最後の場面も私は店長に抱きかかえられて目を閉じていたんだ、何も見ていない。

「 どちらかと言うと私は残り二つの方が気になるんだ まず地蔵の数だが 行きは7体帰りは6体と言うなぞなぞみたいな話しだが 単なる思い違い 或いは数え間違いが最有力だろう ただ行きと帰りで符合する数がある ツク お前らは何体の地蔵を磨いた 」

「 6体です 」

「 赤いバンダナを巻いた数は 」

「 6体です 」

「帰りに手を合わせた磨かれて赤いバンダナを巻かれた地蔵の数は 」

「 6体です 」

「 つまり地蔵は最初から6体だったんだよ 」

「 でも行きの7体目のお地蔵さんはすでに磨かれてバンダナが巻かれてたから 」

「 ああ お前らが磨いてバンダナを巻いたんだよ 」

「 どう言うことです 」

「 お前達が7体目と思った地蔵の正体は実は1体目の地蔵だったんだ 移動したんだよ 」

「 キター マジっスか班長 」

「 そもそも六地蔵と言ってだな 地蔵は大抵6体なのだよ あと地蔵は移動するぞ 笠地蔵の話を知らんのか 」

「 昔話じゃないですか 」

「 何を言ってるんだツク お前の話はまるっきり昔話そのものじゃないか 」

「 じゃあ何の為に移動したんですか 」

「 お前達は1体目の地蔵を見つけたからこそ鎮守の杜に辿り着いた 逆に言えば地蔵を見つけなければ杜に行くことは無かった つまり誘い込まれたのだよ 鎮守の杜の彼女のもとに 」

「 なんで 」

「 さあな 忘れ去られたものを不憫と思ったか 他に何か理由があるのか 地蔵のみぞ知ると言うやつだ 荷物を運んでくれたのもおそらく地蔵達だろう 」

「 今日は会長の話とツクヨちゃんの話で 俺 興奮して眠れそうにないっスよ 生きてて良かった 」

「 ならもう帰れ海乃 これから嫌な話しになるぞ 」

 そうだ、小夜は私に嘘をついたと言ったのだ。

「 ツク お前にはあの時 近くの寺に事情を話して後の事はすべて任せて来たから何も心配することはないと言ったがあれは嘘だ 」

「 えっ 」

「 鎮守の杜も社も地蔵達がいた参道も もう無いんだ 今は大型パチンコ店の駐車場になっている 」

「 何で 心配するなって言ったのに 安心しろって 」

「 お前達が行った時には既に決まっていたんだよ 私はお前から話を聞いた翌日に社に行ったんだがな その時点で社は焼け落ちていた ガソリンが撒かれていた 放火らしい 燃やしたのはおそらくユウリ店長だろう 」

 ガタン と海乃が勢いよく立ち上がった。

「 ちょっと待ってください班長 意味わかんないっス なんであいつが 」

「 なんだ海乃 帰れと言ったろう 私はその点ではユウリ店長を高く評価している なんせ私も燃やしに行ったのだからな 車のトランクにはガソリンを積み込んでいた 」

「 どうして店長やサヤさんが 」

「 危険だったんだよツク お前は憑かれていた あのままだったら祟られていただろう だからユウリ店長はお前を護る為に燃やした 」

「 そんな 」

「 そもそも道端の下草に埋もれた地蔵など誰も気づかないんだよ 気づいても何もしない それが普通だ なのに気づいて手を伸ばした その時点で既にお前は日常の外側に踏み出していたんだ だから辿り着くはずの無い場所に辿り着き 出会うはずの無いものに出会ってしまう お前自身が危うい存在だったんだよ だからこそ同調してしまった 」

「 でもでもでも なにも神様燃やさなくったって なんか方法あるっしょ それこそトリオイで土地ごと買い取って ちゃんと立派な社に作り直して……

「 奢るなよ人間 そんなことをして何になる 貴様らのそれは同情であり憐れみだ それは人間のエゴだ そのものに必要なのは同情や憐れみではない 畏れであり信仰である 信仰を失ったものなどもはや神とは呼ばん 神を造るのも人間なら神を殺すのも人間だ だから かつて神と呼ばれし亡霊を 縛り付けられているものから解き放ってもとある姿に帰してやったんだ 」

 店長は あの話に続きはいらないと言った、だから自らの手で終わらせたのだろうか。燃え盛る社の前で店長は再びヒメに会えたのだろうか、もし会えたのなら2人は何か話しをしたのだろうか。

 炎の中で私たちに教えてくれたあの綺麗な唄を歌うヒメの姿が目に浮かんだ。


「 ツク 大丈夫か 」

「 はい もう大丈夫です 」

「 すまなかった 話さなければいけないとわかっていたんだが今まで話せなかった お前を傷つけてしまうのが怖かったんだ 私は弱い人間だよ 」

「 そんなことないです サヤさんがいなければ私は誰を頼りにすればいいんです これからもめいいっぱい頼りにさせてもらいますよ 覚悟しておいて下さいね 」

「 それは張り切らざるを得ないな 任せておけ 」

「 あっ 俺も仲間に入れてくださいよ 」

「 海乃は知らん 好きにしろ じゃあ今日は解散だ 明日からが本番だ忙しくなるぞ ゆっくり休んでおけ 」

「 ラジャー 」

「 了解っス 」




( 数週間前 都内某所 )


「 仕ッ事だよ〜ン 」

「 ワン ワン 」

「 アラートよ 」

「 アラート? どうせいつものクッだんねぇやつだろう 」

「 お国の検知システムに特定ワードが引っかかったみたい 酉狩清次とりかりきよじ 90年以上足取りがまったく掴めなかった戦犯だってさ 」

「 90年? やっぱチョーくだんねェ だいたいソイツ今何歳なんだよ 」

「 ターゲットはそいつが持ってたスペシャルなものよ 」

「 ダースベイダーのフィギュアかなんかか 」

「 いいえ パンドラの箱よ 」

「 パンドラねェ 」

「 いくわよ トーマくん 」

「 へいへい リサ様の仰せのままに ワン ワン 」


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