中国古代の王朝~「周のはじまり」~

周王朝の初代は「武王」である。父たる「文王」は商王朝を妥当する前に崩御したため、武王は文王の位牌を掲げて進軍することとなった。文王という旗頭は真に都合が良かったであろう。武王としては、父の遺志を接ぐという名目で「易姓革命」の生臭さを消しやすく、父のカリスマを利用することができる。従う諸侯も、武王だけでなく文王の霊魂を信じる事ができる。どこかの伊達と酔狂で革命ごっこをしている提督の言い種ではないが、「人は理想のために死ぬのではなく、理想を体現する人のために死ぬ」。体現する人として、文王は偶像化されたのである。

 文王は後の世に「聖人」となった。確かに「姫昌」としては「質実剛健」「質素倹約」

を旨として、むやみに周辺民族を討伐せず、そのカリスマ性で有能な人間を惹き付けてきた印象がある。しかし投獄後、商王朝に懺悔のように「伯」の称号を賜ってからは、討伐を繰り返しているところをみると、姫昌といえど怨恨は消せなかったに違いない。そのような姫昌に諸侯はついていったのだから、「聖人」としてのカリスマ性より、「姫昌」としての怨恨の方が諸侯の理解を得やすかったのではないだろうか。

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