第六話 提案と浮遊の角音
「ねえ、グラーシェって今日の放課後、図書委員の仕事あるよね?」
「え? え、ええ。そうですが……」
校庭での、奏技学の授業中。
今回は角音の指向性──何に向かって効果を発揮するか──についての授業だった。
既に説明を受け、今は順番に列に並んで順番に課題を行っている状況だ。
そんな時ミウは、グラーシェに問いかけた。
「図書委員っていつも何の仕事してるの?」
「基本的に本の貸し出しの受付とか、本棚の整理とかですね。今日は図書室をお休みにして、新しく入った本などと一緒に整理するってリブラリー先生が言ってました」
リブラリー先生とは、国語学の教員であると同時に図書室の教員もしている、マビトの男性の先生だ。
その仕事に似合わず筋骨隆々で背が高く、顔付きは少しいかつめ。
けど意外と繊細で心優しい、愛され体質の先生でもある。
「そっか。あんなに広い図書室だから結構大変じゃない?」
「ええ。一応二日かけてやるつもりなのですが……大変なのには変わりないですね」
苦笑いしながらそう答えるグラーシェ。
三階部分まで吹き抜けでかなりの広さを誇るあの図書室を整理するのだから、相当の苦労なのは間違いない。
だからこそミウは、一つの提案を出してみた。
「ねえ、それ……私たちも一緒にやっていいかな?」
実は、事前に話はつけておいてある。
ハンナとピルピィに、この授業の開始前に相談してみたのだ。
グラーシェの力になりたいから、何か手伝ってあげたい、と。
ミウが推察するに、グラーシェは寂しがっているのではないかと思うのだ。
彼女は以前から
ハンナとのやりとりで、ミウはそれについて、気兼ねなく話せて、お互いの気持ちに素直になれるような友好関係であると考えるに至った。
それならミウがするべきことは、どんどん彼女の助けになれるように動くべきだと思ったのだ。
「え? で、でも……悪い、ですよ」
グラーシェはその提案に、戸惑った表情を浮かべる。
「ううん、私が手伝いたいの。ほら、図書室ってすごく広いでしょ? もしかしたら、面白い本とかもたくさん知れるかなって!」
「でも……」
「ハンナもグラーシェもいいよって言ってくれたの。キラリエさんも誘ってみて、そっちは来るかどうかわからないけど……でも、これだけいればきっとすぐ終わるよ!」
総勢五人(うち一人未確定)なら、仕事も五倍速だ。
それに、ミウはもっとグラーシェに気兼ねなく頼ってほしいのだ。
彼女は、あまり自分のことを話したがらない性格だ。
現にミウは、彼女が本を読むのが好きだということしか知らない。
だから、もっと彼女と話して、一緒のことをして、もっと気を許してほしいのだ。
「どうかな……?」
ミウは彼女と物理的に距離を縮めて問いかけた。
それは何か滲み出るようなものがあったようで、グラーシェは少し悩んだ後、
「……じ、じゃあ、先生に相談してみますね」
「うん! ありがとう、グラーシェ!」
心を許してくれたのか、彼女はおずおずとそう答えてくれた。
「ミウジカさん。次はあなたの番ですよ」
「あっ、はい! 今行きます!」
駆け出していくミウ。
少し、自分の足取りが軽くなったような気がした。
これで、何か変わることがあるといいんだけどな、と思いつつ、ミウは角笛をベルトから取り外す。
目の前にあるのは、ミウより少し小さいくらいの岩だった。
「これを浮かせてみなさい」
「はい!」
考え込むことが少し上向きになったからか、今なら何でも出来そうな気がした。
「……いくよ、クエストゥルス」
角笛に力を込める。
角笛の大きさが、どんどん巨大になっていく。
それは、大きく湾曲した赤黒い大きな角笛。
湾曲した部分に骨のような掴み手が支えになった、強大な力を感じる角笛だ。
そしてミウは、その吹口に唇を触れさせる。
この授業についても、予習した結果がきっと出るに違いない。
ミウは、クエストゥルスに角音を強く込める。
────そして、角笛からは、力強い角音が奏でられる。
だが、それは予想外の方向へと発展していった。
「……あれ?」
何も起こらない。
岩は、その場から少しも動かない。
いや────それどころか、ミウの視点よりどんどん下に潜っていく。
と、いうより、ミウの身体の方が浮き上がっていた。
「わっ、ちょっ!?」
それは、ミウの制服のスカートも思い切り上に向かっている事を意味していた。
ぶぴ、と恥じらいから外れた変な音が角笛からしたと思った時には、既に他の生徒が遥か眼下になっていた。
「わーっ、見ないで、見ないでぇっ!」
制御しよう制御しようと考えていたからか、初期実技試験ほどの速度ではなかった。
ただ、それは少しずつでも確実に、まるで弱い重力が空に向かって働いているように少しずつ浮かび上がる。
既に先生へ実力を見せ終わったハンナは、ミウを下から見上げながら冗談めかして、
「おーいい眺め。今日もストッキングの中は純白だな〜」
「は、ハンナの馬鹿! ていうか降りられないよぉ!」
ダカポ村の意地悪な男の子を思い出すようなハンナの言葉を空から掻き消しながら、必死にスカートを押さえるミウ。
慌てて空でじたばたしても、角音の効果は消えてはくれない。
しかも、
「あっ」
その拍子に、角笛クエストゥルスを手放してしまう。
がらん、と地面に落下するクエストゥルス。
「うわーっ! 助けてーっ!」
戻ってくる手段を失ったミウは、涙ながらにどんどん上昇していく他なかった。
「ったく……今助けるから待ってろー」
ミウの情けない命乞いに溜息混じりに答えたのはハンナだった。
彼女はベルトから角笛を取り出すと、力を込めて角笛ボルーグへと変化させる。
その六尺棒のように長い角笛の中心部分にある吹口から、ハンナは聴いたことのない角音を奏でる。
そして、そのまま棒高跳びのように走り込み、ボルーグを地面に叩きつけて彼女は跳んだ。
「はっ!」
その瞬間、ハンナの脚とボルーグの先から黄色いオーラのようなものが噴き出す。
────それは、人体の限界を超えた跳躍力を生み出し、ハンナの伸ばした手をミウの手と繋げた。
「わっ……!?」
「お待たせ、下着丸見えのお姫様」
冗談めかしてそう言ったハンナに、ミウの顔は真っ赤になった。
そしてミウは彼女の腕の中に抱き抱えられて着地、そのまま地面へと戻る事ができた。
それでも少しずつ浮かび上がろうとする身体を押さえるために、リエリー先生は告げる。
「ミウジカさん。自分の角音を無力化するための解除の角音を忘れたの?」
「あっ、そういえば……」
「出た、ミウは焦ったらすぐ忘れるからな」
ぷぷぷ、と笑うハンナに頬を膨らませながら、ミウは拾い上げた角笛で解除の角音を奏でた。
すると身体は浮かび上がらなくなり、ミウの身体は正常な状態に戻った。
「角音を解けるのは吹いた本人のみ。他人の角音を無力化するには高度な角音の技術が必要なのよ。分かったわね?」
「はい……ごめんなさい」
リエリー先生に強く言われ、しゅんとするミウ。
「それに、これは角音の指向性の授業です。この課題は岩を浮遊させる必要があるのよ、ミウジカさん」
「はい……うーん、言われた通りにやったんですけど……」
ミウの中では、確かに岩に向けて角音を奏でたはずだった。
しかし、実際に吹き出たのは自分に向けての浮遊の角音だった。
頭を掻きながら、角笛を見つめるミウ。
「まあまあ、またいつもみたいに練習すればいいじゃねーか」
「……うん、頑張ってみる」
ハンナにそう言われ、ミウは頷く。
すると、リエリー先生はため息をつくも、ミウの顔を見直して、
「はあ……まあ、評価を決めるのは一週間後の試験よ。それまでに仕上げておきなさい」
「……! はい、頑張ります!」
厳しい言葉ながらも、少し優しい口調でそう言ってくれた。
角音を少しだけ扱えるようになったからか、リエリー先生もあまり強めに当たらなくなったような気がする。
全くの駄目駄目な生徒ではなくなった、ということだろうか。
それがミウの成長度合いを表しているようで、ミウは少し嬉しい気持ちになった。
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