ロミニアホルン角音女学院
@tabikuro
第一章 ミウジカ・ローレニィは『落ちこぼれ』
第一話 ミウジカ・ローレニィは『落ちこぼれ』
────
通常、人間とは一つの頭部に胴体、そしてそれぞれ一対の腕、脚があって成り立つ生き物だ。
しかし中には、頭部から伸びる一対の
古代の人々はそんな人々を『
この少女、ミウジカ・ローレニィもそんな角を携えた角人の一人である。
そして角人がその角音の腕を研鑽する為に一三歳から通う学校──ロミニアホルン角音女学院。
ミウはそんな学院の実習室で、真っ赤な顔をして煮詰まっていた。
「んんん〜〜っ!!」
ミウが立っているのは、演奏技術学の実習室、その教壇の上である。
教壇には石が一つ置いてあり、ミウは今螺旋が絡み合ったような形状の、クリーム色の角笛を口に咥えている。
角音というものは、専用の音楽器である
つまり今、ミウは必死に角笛に息を吹き込んでいるのだが、結果として何も起こっていない。
何故なら、彼女は
「……ミウジカさん、全然音が出てないわよ。石も割れてない」
「ぷはっ……だめ、出来ない……」
角笛から口を離し、大きく深呼吸をするミウ。
ぜえ、ぜえと息を荒らげても、目の前の石には何も影響がない。
突如、教室中に嘲笑の渦が響き渡る。
「ふふふ、ミウさんたら、まだそんな初歩も身につけてませんの?」「あの人だけですのよ、最初の試験が未だに突破出来ていないのは」
うふふだのおほほだの、高貴な生まれの少女たちが口々にお上品にこちらを笑う。
彼女らは既に最初の小試験──力持つ角音で石を砕く──といったいくつかの試験を突破しており、いくらかミウより先に進んでいるのだ。
いや、ミウが遅れていると言った方が適切だろうが。
「……ミウジカさん。あなた、入学してからもう一ヶ月よ? こんな初歩の初歩、本来なら入学前に出来るのが当たり前なのに」
「はい……すいません」
額から上に角が伸びている角人のリエリー先生は、もう聞かなくても分かるくらいにご立腹だ。
いや、ご立腹というよりかは半ば呆れているというのが正しいだろう。
確かに、みんな同じ渦巻いたクリーム色の同じ角笛を使っているのだから、一人だけ出来ないという事は本来ありえないはずなのだ。
ありえないはずなのに……。
「……よく見てなさい。アカリさん、前に」
「はい」
溜息を洩らしたリエリー先生が、教室の前の席に座る少女を呼ぶと、その少女は通りの良い声で返事をし、席を立つ。
アカリ・ミヤシロ。
この第一学年でトップの成績を誇る、この女学院で最も将来が有望されている生徒だ。
すらっとした出で立ちと大人っぽい雰囲気、ほんの少し低めだが毅然とした態度を感じる声。
整った顔立ちはまさしく芸術品で、瞳は血に染まったような、それでいて宝石のように煌めく紅色。
黒い長髪は臀部まで伸び、職人が心を込めて均一に染め上げたかのように美しい。
そして額から上に伸びた二本の角は、先にゆくにつれてほんのり赤みがかっており、まだ根元の部分は肌の色も感じる。
そんな彼女が、ミウの隣を通り抜ける────。
「まだ、なのね」
微かに桃色に艷めく口元の奥から放たれた一言は、それとは真逆で凍り付くように冷たかった。
「ちゃんと見てなさい、ミウジカさん。ではお願い、アカリさん」
「はい」
使うのは、ミウと同じ渦巻いたクリーム色の共通の角笛。
アカリの白くて細い指が、その凸凹の表面を撫で、握る。
吹込口の部分に、彼女の唇が乗る。
紅の瞳を覆い隠す瞼。
長いまつ毛にミウが少しだけ見とれていると、彼女は全身を脱力したまま、軽く息を吹き込む。
すると奏でられるのは、聴いた者全ての心を優しく撫でるかのように軽やかな音。
「綺麗……」
ミウは思わず、そう呟いてしまった。
その瞬間────ミウが砕けなかった石が、簡単に二つに割れる。
ぴしり、という音もなく。
まるで、それに最初から亀裂が入っていたかのように。
しかも割れた表面はつるりと均一であり、彼女の音には少しのブレすら見られなかった。
さらに。
「え……」
その石は更に真横から真っ二つに割れる。
それをミウが認識した瞬間──十字の割れ目を基準として、三六〇度に残り三五六本の切れ目が入る。
教室内にどよめきが走る。
「…………」
アカリが目を瞑ったまま角笛から唇を離し、教壇の机の端を軽く叩く。
するとそれらの石の破片は、ばらばらと崩れ落ちた。
一瞬の静寂。
その後に巻き起こるのは、拍手と賞賛の嵐だった。
「アカリはさすがだわ!」
「学年一の天才!」
クラスメイトたちが口々にアカリを褒め称える。
これが自分に向けられた言葉ならどれだけ嬉しいことか、とミウは悲しくなりながら溜息をつく。
しかしそんな感情とは裏腹に、アカリは少しも笑んだりせず、さもこれが当たり前のものであるかのように席に戻る。
「見てご覧なさい。アカリさんは既にここまで出来るのに、何故あなたはこんな簡単な事も出来ないのかしら」
リエリー先生のキツい一言が、傷心したミウの心に塩を塗る。
更にその上から海水をぶちまけるかのように、生徒たちが口々に先生に進言する。
「先生、ミウジカさんがいると授業が進みませんわ」「退学させた方がよろしいのではなくて?」「こんな子は我らが学院の恥ですわ」
散々な言われようだ。
流石に目頭に涙が浮かんでくる。
アカリはそんな喧騒に参加するまでもないというように、ただ冷たい瞳でミウを見る。
「お静かに。……けれど、そうねぇ……」
ふと、授業終了のチャイムが鳴る。
それと同時に、生徒達はミウのせいでまた授業が進まなかった、と口々に告げる。
「あら、もうこんな時間。皆さん、角笛の手入れは忘れずに。いいわね」
はい、と揃った声で答える生徒達。
ミウも泣きそうな声で答えるが、もう正直限界だった。
(今日もダメだったなあ……)
何せ、今日で五回目の小試験。
もちろん初歩が分からなければ応用が出来るはずもなく、授業には置いていかれっぱなしだ。
アカリの言葉も、一理どころか百理でも千理でもある話なのである。
机から授業用具を回収し、ミウは教室を後にしようととぼとぼと歩き出すと、リエリー先生が彼女を呼び止める。
「ミウジカさん。次の演奏技術学の授業の時、あなたは歴史準備室に行くように」
「え?」
「新任の先生に基礎を教えてもらいなさい。それが出来てから次の試験を行うわ」
「は、はい」
「あとね、ミウジカさん」
ミウの言葉を遮るように上から彼女の名前を叩きつけるリエリー先生。
彼女は自分の前髪を指差しながら、溜息をついて告げる。
「前髪。切るか纏めるかしなさい。そのままだとみっともないわ」
その言葉に尋ねかけていた言葉を失い、自分の前髪を一房つまむミウ。
ミウの栗毛色の髪はショートボブで、前髪は目が隠れる程に長い。
この半月程、忙しくてそんな事に気を付ける余裕もなかった。
恥ずかしさで頬を赤くしたミウを見てまた溜息をついたリエリー先生は、彼女の横を通り過ぎながら告げる。
「気を付けなさい。いくら
強めの口調でそう言われ、ミウは思わず、
「……はい、すいません」
そう、答えるしかなかった。
「ほら、次の授業に遅れるわよ」
「あ……す、すいません、失礼します」
次の授業まであまり時間が無い。
その事に気付き、慌てて教科書類と筆箱を持って廊下に飛び出す。
その様子には、他の生徒から感じられるような自信と気品は欠片もなかった。
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