第10話
「え?僕が?」
なんかモカさんが急な無茶ぶりを始めたんだけど、これはどう返せばいいんだ?僕の今の持ち物で殺傷力が一番高そうなのはボールペンになるけど、これってどのくらい有効打になりうるんですかね?ゲームでも見ないよポールペンを武器に戦う人。
「そう、あたしも一応女の子だし、男の子に守ってもらうの憧れるなぁなんて」
そういいながら両手を合わせてお願いするかのように僕を見つめる。くそ!!刺激が強すぎる!!こんなこと言われて断れる男がこの世に存在するのか?いやいない(反語)。そうだよ、モカさんだって明華だって女の子なんだ、それを守るのはラブコメの主人公の役割。つまりこの任務を遂行することこそラブコメへの近道!!
なればこそ、この身が傷つこうがどれだけの痛みを伴おうが、あのトカゲみたい化け物を始末するのはこの僕の役目!!そして僕がこのおかしな空間からの脱出を鮮やかに決めて差し上げよう。
「不肖、この阿智良湊がお嬢さんをお守りしましょう」
「へ?」
そういって僕はモカさんとトカゲの間に割って入った。なんか予想外でびっくりしたような表情と声だったけど、それは気にしない。今僕はラブコメフラグが建つか建たないかの瀬戸際にいる、ここが分水嶺、ここがターニングポイント、ここが僕の物語のスタートだ!!
「っしゃあ、こっからは僕のステージだ!!」
花道オンステージとか聞こえてきたらいいのに、それはそれで怖いけど。
さて、調子に乗って前に出たけどどうするんです?見よう見まねで格闘技っぽくやるしかないか?それかさっきの日本刀って僕にも使えたりしないかな?
そう思って周りを探したんですけどあら不思議、さっきのSPと一緒に消えたのか日本刀が一本も見当たらない。やっぱりこれはステゴロタイマン一択になりそうです。あの時のエンコンはかなり堅かったはずだから覚悟きめないとまずい。
トカゲのよだれが一滴垂れた。そのタイミングで僕は真正面からトカゲに向かって走り出し右手でこぶしを作りその汚い顔面に一発パンチをお見舞いしてやろうと思った。しかしその時トカゲの口がゆがんだのが見えた。こいつ今笑った?
途端に四足歩行の形になると、その長い爪を利用してスパイク代わりにでもしたのか、すごいスピードで僕との距離を詰める。
「うっ!!ごほぉ!?」
その爆発的なスピードを維持したまま、僕のおなかに頭突きをしてくる。きっと車との衝突事故って こんな衝撃が来るんだろうなって思うくらいの衝撃、圧倒的なまでの重量が体を浮かせてそのあとから遅れてやってくる強烈な痛み。鍛えようのない内臓にいダイレクトに響く波が幾度となく反響しては干渉しあってより強い波となって襲い掛かるような感覚。
そのまま2回地面をはねて背後のシャッターをぐしゃりとゆがませてようやく止まる。幸い出血などは見受けられないけど、内臓のほうはどうなっているかわからない。
まずい、息がしずらい……ボクサーもこんな感じでダウンするんだろうか。クラっときて頭を持ち上げるのに精一杯。さらには頭痛が心臓の鼓動とリンクしているかのように感じる。
ただ、なんだろうか、あのトカゲ……何かがあれば、きっかけがあれば何かすごいことが思いつきそうなのに。モヤモヤする。
「くそったれ!!」
息ができるようになってから立ち上がってトカゲをにらみつける。お腹に鈍い痛みが残っているが、それでもまだ相手にするくらいはできそうだ。というか女性を置いて逃げるとかいう選択肢は僕には存在しない。死ぬか相手を倒すかそれだけ。いや、さすがに死ぬはいやかもしれないけど。
不思議なもので、さっきのスピードとモカさんの動き、記憶の中のエンコンと明華の速度を思い出し、何とか直撃を避けることはできそうな自信だけは湧いてきた。
もう一度だ。今度はゆっくりと動きを最後まで目で追う。距離を詰める間もそのトカゲの微細な動きも見逃さないように集中する。先に動いたのはトカゲの方だ。長い爪で僕の足を切り裂かんとばかりに振り払う。それをジャンプでよけてから、頭の上を踏みつけるようにして着地をねらう。
ただそれは予想済みといわんばかりに、すぐに二足歩行に戻り今度は逆の手で僕の顔面を狙ってくる。着地の瞬間の勢いのまましゃがんでローキックを繰り出してみた。運が良かったのかトカゲの後ろ脚に当たったもの、まるでサンドバッグでも蹴ったのかというような衝撃が襲う。表面は柔らかいが、それでも中身がぎっしり詰まっているような重さの感じる感覚。足だけでこれってマジですか?
蹴りを繰り出した右足を戻して距離を取ろうとした矢先、わざわざその蹴られた足で僕の横顔目掛けてボレーのようなキックの体制をとっていた、これは避けられないと確信して、とっさに腕を滑り込ませてガードの体制をとるもやはり衝撃がすさまじかった。
覚悟は決めていたけど腕が軋むような感じがしてから僕を吹き飛ばすには十分な衝撃。やっぱりそのまま吹き飛ばされ、何度か地面を弾んでしまった後、再びシャッターにぶち当たる。今度はそこをぶち抜いて、店の中に転がり込む。商品棚がコンビニよりも頑丈なのかそこで止まった。
折れてはいないだろうけど腕はびりびりとしびれるし、衝撃が強すぎて手が震えている。呼吸こそつらくはないが割とダメージはでかい。
ここはどうやら工具屋だったのだろうか、ドライバーやらペンチやらが並んでいた。ここなら何か武器の代わりになる物が置いてあるかもしれない。まだ震える手を無視して立ち上がって物色すると、のこぎりが目に留まった。ないよりはましだろうと手に取る。他には一応トンカチも手にしていざ鎌倉。
「第三ラウンドだ!!」
そういってトカゲに向かう、まずはのこぎりを構えて、左肩のあたりに刃が当たった。そのまま綱を引くようにして下方向に力を入れながら引き抜くようにのこぎりを滑らせた。少し効果があったのか、左肩の位置から緑色の液体が少し垂れた。しかしのこぎりの刃はたったその一回でところどころ刃がかけているように見えた。
そのまま左手に構えたトンカチでさっき僕がけりを食らった時の用に側頭部目掛けて振りかぶった。
その時、ふと僕の中に「解答」の「途中式」を見つけたような感覚が走った。その感覚はトンカチの軌道はこうだよとアシストしてくれる感覚。それと同時に、気のせいかもしれないけれど何か左手が熱くなった気がした。そのまま気にすることなく振りぬくと、トカゲがのこぎりの時よりも大きくよろめいて、地面に伏せた。
「今の……」
後ろでモカさんが何かつぶやいていた。多分かっこいいとか惚れたとか抱いてとかだと思う。
畳み掛けるなら今しかない。そのままトンカチを握り何度もトカゲの頭に振り下ろした。しかし先ほどのような感覚は無く、手には痺れがどんどんと蓄積されていく気がした。そしてのこぎりをトカゲの首にあてがった時。回復したのかトカゲが立ち上がり、そののこぎりを刃も気にしないといった感じでつかむ。その際にバランスを崩した僕は再び腹にトカゲの蹴りを食らった。
「ッあ……ゲヘェ……」
まともに声も出なかった。その辺のゴミの山がクッションとなってくれて今回は背中が助かったものの、胃からこみあげてくるものを抑えきれずにそのゴミの山に向かって吐き出した。
一緒に気力も吐き出してしまったのかと思うような感覚、視界はかすんで再び頭痛。やばいかも今度は変な文字まで見えてきた。ぼやけていてなんと書いてあるかは読めないけど。
「ここまでかな」
モカさんがそういうと僕のほうに歩いてきた。察するにこの後はモカさんがトカゲを始末するっていう事なのだろう。明華といいモカさんと言い現実の女性ってすごいなぁ。
あれ?これ……。
ほとんど無意識に近かった。僕のかすれていた視界の中に何らかの違和感を感じた。それを僕は感覚的にではあるがきっとここをいじれば、あのトカゲの……あのトカゲに一泡吹かせられるかもしれない。そう思って書いたのは多分何かの式。そこにあるトカゲに、そのパラメーターに僕が干渉してやる。
その時何か僕の頭の中ではじけた気がした、何か問題を解く手がかり、取っ掛かりを見つけたときに近い。答えの検討はつかないけど、このままいじっていけば何処かで何かがつかめる。それが失敗なのか正解の方法なのかはわからないけど、とりあえず今の方法で解き進めようっていうときの感覚。
「ぶっとべクソトカゲ」
その瞬間、僕が思い描いていた式が目の前に現れてそれは青く光って解けるようにして消えた。そして青い光が僕の右腕に巻き付くようにして変化する。直感と根本にある自覚してない理解があった。右手を軽くトカゲのほうに突き出し、そのセリフと共に指をパチンと鳴らしてみた。
体から力が抜けていくような感覚、立ち眩みにも似た感覚が襲い掛かる。次の瞬間トカゲの腹部に衝撃波が見えるほどの威力を持つも、小さな爆発が起きた。数歩分後ずさりして、ふらついてから地面に這いつくばる。その時に見たトカゲの腹部。明らかに腹部にダメージを負ったであろう、ところどころ引きちぎれたような跡と、少し体液が滴っていた。
「本当だった……」
そばにいたモカさんが驚いたような表情で僕を見る、それはそうだろう、僕も今になって目の前で起きたことに驚いている。多分いや、確実にあの爆発は僕が起こしたものだ。
そう思うと変な感情が湧き上がってきた、高揚感に似た何かだと思う。そして普段なら女性の前でこんな汚い言葉は使わないけれど言ってやりたくなったのだ。
「ざまぁ」
そう言ってトカゲのほうに中指を立てた。ただこっちも脱力感がすごい。なんだこれ、もしかしたら内臓で出血でもしているのだろうか。早く立って今こそトカゲを退治するチャンスなのに、立ち上がる力が湧いてこない。
「みなっちゃん、今のだよ今のを続けたら勝てるよ!」
しゃがみ込んで肩に手を置いてモカさんは僕にそう語りかけた。それが出来るならやってみたいが、どうにも力が出ないし、もう一度やれと言われてもできると断言できる自信がない。あれは本当に偶然が重なった出来事。多分また数学のテストの時のような状況が生まれれば、自然とできるかもしれない。
「ま、任せてくださいよ……僕が……」
ガラスの割れる音だった。
「こいつを殺す気かよ」
その声は若干の怒りが含まれていた。そしてすぐ隣にいたはずのモカさんがいなくなり代わりに立っていたのは――
「あ、明華?」
美しい金髪をなびかせ、おそらくモカさんを蹴ろうしたのだろう、右足を下すところだった。
「随分な挨拶じゃんれーちゃん」
「その呼び方やめろ」
明華とモカさんも知り合いだったのか?あだ名で呼ばれるほどに?でもモカさんがを蹴ろうとしたはなんでだろう。そもそも明華が誰かと仲良くする事があるのだろうか?そんな光景が想像しがたい。
明華がこっちを向いてから面倒くさそうな顔をしてため息をついた。
「なんでこいつがここに?」
「それはれーちゃんもよく分かってるんじゃないの?」
明華の問いにもにこやかに返すモカさん、雰囲気が穏やかではないのが、その笑顔に若干の違和感を感じさせた。それが気に障ったのか少し明華が言葉を強めた。
「お前らの信条とは逆の事やってそうだけどな」
信条ってなんすか、モカさんは怪しい宗教の会員ですか?そうですねラブコメフラグ教とかあったら僕は間違いなく夢中になるし傾倒するし没頭するし献金という名の課金もたくさんさせていただきます。つまりこの宗教はギャルゲのソシャゲなのでは?キャバクラなのでは?僕の将来が不安だ。
「そんなわけないじゃん、ここで方針が分かればあとは、消せばいいんだもん」
「そういうことか」
鞄を乱雑に床において、急に明華の右手にどす黒い色をした赤い球体が集まった。そしてそれを持ったまま歩き出そうとすると、トカゲがいち早く反応して明華にとびかかる。
しかし、それを予想していたかのように左手で払いのけ、空中で体制の崩れたトカゲの腹部をハイキックから踏みつけるようにして右足を回す。地面にへそ天となった状態のトカゲに明華はその右手の球体を押し付けた。
その瞬間、はじけた球体がトカゲ全体を包み込みその体に溶け込むように消える。トカゲの体が一度だけビクンッと跳ねるとそのあとすぐさま動きを止め、たくさんの光芒となって消えていった。
あの一瞬で?何も派手な動きはなかった。となればあの球体が何かトカゲに猛烈なダメージを与えたってことになる。
「アハハ!ホントに強いね」
モカさんの笑い声が響くも明華はそこに頃がった石ころを拾い上げて鞄の中にしまった。
「そこまでしてみなっちゃん守りたいの?」
守る?明華が僕を?なんのために?知らないうちにフラグの建設は完了していたという事か?
「一般人を巻き込んどいて何言ってんだお前」
「みなっちゃんが一般的に定義される”一般人”とは違うっていうのは、れーちゃんが一番よくわかってるんじゃない?」
「チッ」
ええ?僕一般人じゃないの?確かに晴斗からも変な奴って見られてたけどまさか一般人からも逸脱するくらいに変な奴なの?それは個性として認めていくのが今の世界的なムーブメントなのでは?
「でもね、れーちゃん、あたしはれーちゃんと敵対するつもりはないけど、今に限っては邪魔するなら」
そういってサングラスを外して、モカさんの前にいくつかの式が現れてそれはゆっくりと解けていく。同時に明華の前にも式が現れてその式が起きえるのはほぼ同時だったように思える。
「悪いけど命の保証はできないな!!」
「お前の命の心配をしとけクソが!!」
そういってモカさんの隣に5人ほどのSPが現れる。明華はモカさん目掛けて一直線に突っ込む。しかし、どうしてか5人のSPは僕の方目掛けてやってきた。
「は?なんで僕なの!??」
疲れ切っている体を無理に起こして逃げる体制をとる。また頭痛だ。立ち眩みが襲い掛かるも無視して走り出す。さっきのトカゲに放った技、あれはいったいどうやったら……僕さっき何をした?何を感じた?
次の瞬間、発砲音と僕の背中に衝撃が襲い掛かった。まさか打たれた?そのまま前のめりに倒れこむと、僕の顔のあたりに小さなゴム弾が転がってきた。僕を殺す気はないけど痛めつける気はあるようで、いったい僕が何をしたんだよ。
振り返ると少し距離はあるものの確実に僕のほうに狙いをつけてSPたちが寄ってくる。くそったれ!!と、さっきの感覚にたものがあった。それに従うようにして式を組み立てる。これであのSPをぶっ飛ばす。
式が青く光る。それが消え一番近くにいるSPに向けて投げつけた。自分でも驚いたが先ほどのトカゲの時よりも圧倒的に早かった。それがいきなり爆発すると、3人ほどのSPを巻き込んで吹き飛ばす。
「あ、そういう事か……」
まだSPは追ってくるが、どうしてだろうか恐怖心というものは感じない、それどころかまるで答えを見つけたみたいな高揚感。おそらくこれが答えにたどり着く解法なんだとわかった感覚。これだ。
モカさんと明華が戦っていたが、僕の引き起こした爆発を見て二人とも動きを止めていた。
「明華、モカさん僕分かったよ」
もう一度同じことを残りのSPに向けて放つ。先ほどよりも大きな爆発。簡単にSPたちは吹き飛んだ。これで確信も得られた。頭痛も引いた、視界の歪みも引いた。多分きっかけはあのトカゲの攻撃から始まったんだと思う。あの瀕死の状態で、僕の命を繋ぎとめるために頭の中でいくつもの方法を考えた。それを線でつなごうとしている最中に見つけた、僕の生存戦略。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます