第18話 同胞と魔法のために
小笠原の家から帰る頃には、もう日が暮れかかっていた。
やはり、家々の間の道に人通りはない。もっとも、それが隣を歩くミオノの魔法によるものなのかどうかは分からなかった。
むしろ、僕が気にしていたのは別のことだ。
「17年前って、何があったの?」
それがどういう事件なのか、小笠原は決して語ろうとしなかった。
ミオノはミオノで、その話を聞かせまいとするかのように、僕の腕を引っ掴んで小笠原の家を飛び出してきたのだった。
「蒸し返す? 収まった話を」
「そうじゃなくて、ちゃんと知りたいんだよ」
小笠原の話には一片の嘘もない。人の心を読める魔法使いでなくても、真剣な口調やまなざしで分かる。
いったん関わったからには、何がどうなっているのか、とことん突き詰めたかった。
それでも、ミオノの返事は冷ややかだった。
「知ってどうするの?」
魔法使いの同胞を傷つける者たちへの怒りに燃えていた、今までのミオノとは思えない。むしろ、僕のほうが熱くなっているくらいだった。
「もしかしたら、次の容疑者と関係があるかもしれない」
「そんなの、もういないわ」
信じられない言葉だった。それでは、今までの苦労が水の泡だ。
僕は魔法使いでもないのに、諦めきれなくて食い下がった。
「だって、今までの全員シロだったじゃないか」
遊び人の長瀬雪野も、オタクの藤野明も、引きこもりの小笠原健太郎も。
最初はミオノや魔法使いたちに助けてもらってばかりだった僕は、しまいには自分で情報を聞きだしたり、喧嘩を仲裁したりするようにまでなっていた。
ミオノたちの役に立つのは、これからだ。
それなのに、返ってきた言葉はつれなかった。
「じゃあ、手詰まりね」
納得できなかった。
あれだけ僕を罵ってコキ使って、それで誹謗中傷の犯人が見つからなかったら投げ出すなんで、ミオノらしくない。
「諦めるの?」
「探すわよ、これから」
いつもの通り、いや、いつにも増して、不自然なくらいに偉そうな態度だった。
そこで再び、僕はようやく最大の問題に戻ることができた。
「だったら、17年前の事件から……」
もしかすると、これが今の事件の引き金になっているのかもしれない。
でも、このひと言を口にした途端、ミオノは横目で鋭く僕を睨み上げて言った。
「自分で調べたら?」
家に帰ってから両親に尋ねてみたが、首を傾げるばかりで何も答えてはくれなかった。スマホでネット検索してみても、17年前の事件について触れた記事はない。
情報源として思い当たる相手は、事件について調べていた生徒会長しかいなかった。
次の朝、僕は生徒会室に走っていって尋ねてみた。
「確かに資料は残っているけど、よくは知らないんだ」
生徒会長は手持ちの資料ファイルを片端から開いて見せてくれた。
新聞記事の切り抜きや、魔法使いたちに対する誹謗中傷の張り紙やビラが並んでいる。
でも、ざっと見た限りでは、「魔法使いが暴れた」ことぐらいしか分からない。
新聞の日付はメモしてあったが、何月何日の事件かを伝えている記事はなかった。
あっさりと答えられて、僕は肩を落とした。
「結構、有名な事件だと思ってました」
小笠原の思わせぶりな物言いや、ミオノのようなこだわりから、よほどの大事件だったのだろうと想像していたのだ。
「立場が違えば、記憶の重さも違うもんさ」
言われてみれば、確かに、そうだ。
いじめにあった側は、いじめた側よりも、そのときあったことをよく覚えているものだ。
生徒会長はどうなんだろうか。
今は引きこもっている小笠原との間に、どんなことがあったかは聞きたくないけど。
代わりに、僕は17年前の事件にこだわり続ける。
「詳しいこと、知ってる人はいませんか?」
生徒会長は、ちょっと考えて答えた。
「そうだね……年配の先生とか? 実は僕も聞き取りやったことなくて……何か分かったら教えてよ」
そこで、職員室で年を取っていそうな先生を捕まえて聞いてみた。
見ず知らずの生徒がいきなりやってきても訝しがることもなく、すぐに答えが返ってきた。
「ああ、聞いたことはあるよ。何か、揉めてたらしいね」
「どんなことで?」
椅子に座っているところに、つい、身を乗り出してしまう。
答えるほうがうろたえるのも、無理はない。
「そこまでは知らない。興味なかったからね、あんまり」
情報を引き出すのは難しそうだったが、食い下がらないではいられなかった。
「大きな事件だったみたいなんですけど」
先生は机に向かうと、面倒臭そうに答えた。
「そんなことはしょっちゅうあったのさ、忙しくていちいち……」
手詰まりになって相談を持ち掛ける先は、やっぱり、ここしかなかった。
僕の話を聞いたところで、生徒会長はちょっと考える。
「つまり、仕事のある人が気にするほどの事件じゃなかったってことだね」
「よっぽどひどい事件だったんだろうって思ってたんですけど」
それを気にしていた小笠原の話には、触れないようにする。
生徒会長も、それには気付かないようだった。
ところどころ穴の開いた、生徒会室の天井を見上げてつぶやく。
「知ってる人は知っていて、聞けば誰でも義憤を覚える……っていう程度の事件か」
そこで、ふと気になったことがあった。
あまり知られていないとはいっても、魔法使いたちとの間にあったことだ。
交流センターでボランティアをしている生徒会長が知らないのは、なぜだろう?
その考えごとは、ぽんと手を叩く音で遮られた。
「政野さんの世代の人なら知ってるかも」
確かに、魔法使い関係のことなら政野さんだろう。
でも、17年前にボランティアなんてやってる暇はあったんだろうか。
「どうして政野さん?」
どう見ても、定年退職した人がセカンドライフでの自己実現をもとめてやってることにしか見えない。
だから、生徒会長のひと言は意外だった。
「当時、中高生だったらヒマなはずだからさ」
そこで冗談めかして付け加える。
「執行部の仕事は遅くまで忙しくて、今日、一緒に行けないけどね」
「え……」
といっても、気になったのはそっちじゃない。
当時13歳から18歳の間で、17年経ってるってことは。
「え……政野さん30代?」
「年のことは言わないほうがいいと思う。たぶん、気にしてるから」
相談をもちかけると、年のことは政野さんのほうから口にしてきた。
「まあ、たしかに老けて見えてたんだけどね、当時から」
30代でボランティやってるとすると、この人、そもそも本業は何なんだろう。
つまらないことを気にして相槌も打てないでいるうちに、政野さんは事務所の奥にある棚を漁ると、古い小冊子を引っ張り出してきた。
厚紙で挟んだ更半紙の束を、紐で綴じただけの粗末なものだった。
見るからによれよれのページに付けられたボロボロの表紙には、題名さえも……。
いや、書かれていた。
「季刊……どうま?」
これも魔法によるものらしく、次第にはっきりと現れてくる。
ミニコミ誌のようだった。
政野さんが、懐かしげにつぶやく。
「同胞と魔法のために……ウァンガルドの前身だね」
魔法使いたちと僕たちの世界をつなぐミニコミ誌『どうま』のページをめくっていくう指は、いつのまにか震えていた。
ふだんは口にするのも照れ臭い、「正義」というやつが胸の内で熱く燃え上がる。
「どうして、こんなひどいことを?」
そこには、魔法使いの青年たちが起こした暴動の経緯が日付抜きで記されていた。
でも、僕の怒りは、それに反撃した街の人々に向けられていた。
「魔法使いでないものに、魔法は効かないからさ」
政野さんは皮肉っぽく笑った。
それはそれで、腹が立つ。
「そんな、一方的に」
青年たちは返り討ちに遭って袋叩きにされたが、それらは全て正当防衛で片づけられたのだった。
でも、政野さんは僕の抗議を一言で切って捨てる。
「それが人間だよ」
「魔法使いだって人間です」
間髪入れずに言い放った僕に、政野さんは静かに切り返した。
「本当に、そう思っているかい?」
一瞬、言葉に詰まりそうになる。
どこかで、僕は魔法使いたちとの間に線を引いている。
心の底にある、そんな本心を押さえ込むと、声は裏返った。
「思ってます」
政野さんは、得たりというように、いつになく意地悪い笑みを見せた。
「じゃあ、必要以上に首を突っ込まないことだ……これは対等の喧嘩なんだから」
「放っておけません」
政野さんの言うことは、屁理屈だった。
そのケンカ自体、止めるのが当たり前だ。
でも、そう言う前に、政野さんは大真面目な顔で言った。
「じゃあ、君はあらゆる不正義と戦えるのか?」
子どもの理屈だと思ったが、僕は言い返せなかった。
できないことは放っておくなら、それはご都合主義というものだ。
そこで、政野さんの口調が和らいだ。
「魔法使いたちはね、自分たちの限界を知っていたのさ。そうでない者たちと、下手に関わらないことで身を守ってきた。でも、助けを求められれば遠慮なく手を貸してもきたんだ」
「もういいです」
そんな魔法使いたちの中で、なぜ暴動なんか起こしたのか。
分かりきっているだけに、考えるのもイヤだった。
それでも、政野さんは敢えてそれを口にする。
「人間は、自分たちとは違う者を気味悪がるし、自分より弱ければ迫害する。特に、魔法使いの女は美しい……」
みなまで言わずに、自分の部屋のある2階へと上がっていく。
残されたのは、僕が開いたままにしていた『どうま』……『同胞と魔法のために』のページだった。
記事の内容をまとめると、だいたいこんなところだ。
恋人を穢され、逆上した魔法使いの若者が刃物を手に、魔法で足音を消して犯人への闇討ちを図った。
若者は報復されて瀕死の重傷を負い、非力な魔法使いたちはなけなしの、あるいは先祖伝来の、魔法をかけられた武器で暴動を起こしたのだった。
事件のむごさと、僕たちの「同胞」が魔法使いに対してやったことに、胸の奥が痛んだ。
マギッターもないのに、ミオノの姿が目に浮かぶ。
確かに、魔法使いの女は美しいのだった。
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