新選組の漢達
葵
近藤勇の本懐
先の政変で、会津から新選組の名を拝命し、遂に本格始動を果たしたものの。
局長、近藤は本懐を遂げること未だ叶わず、憂いていた。
攘夷の完遂である。
この時期、幕府内で攘夷論は二分していた。
開国はやむなし、然れども各国と対等な国交への道を切り開く。との、
勝や佐久間らが掲げる形の攘夷と。
国交など言語道断、皇国日本から夷狄を排除すべきとする攘夷とに。
当然、後者の論者である近藤からすれば、勝らが掲げる攘夷論は『異国かぶれからくる開国論』でしかなく。
近藤は、ゆえに悩んでいた。
まだ、新選組が取り締まる不逞浪士たちのほうが、近藤の想いに近い、という事に。
彼ら不逞浪士たちの、“屈辱的開国の責任者である幕府および徳川を糾弾し、幕府の天皇への恭順と、即時の攘夷実行を望む、過激尊王攘夷論” は、勿論、
今上天皇、孝明帝の望みである、“あくまで徳川主導の施政の元、攘夷を決行すべしとする、公武合体尊王攘夷論” とは異質のものであり、
いってみれば、道を誤った尊王であることには間違いない。
然れども、それでもその心は、同じ尊王攘夷なのだ。
近藤たち新選組は。
その同じ志の者たちを取り締まり続けている。
今日も内心の溜息を押し殺し。
近藤は、夕餉の広間へ向かった。
「おかえりなさい、先生」
手をつけていない夕餉の膳を前に、近藤の高弟、沖田が顔を上げた。
「ただいま、総司」
己の膳の前へと座りながら、近藤はにっこりと返す。
「近藤様、お初にお目にかかります。冬乃と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
沖田の向こう隣から女が顔を出した。
「お、貴女が冬乃さんか。ここで働いてくれることになったと聞いてます。こちらこそ宜しく」
近藤が新しく入ったこの女中に会うのは、今夜が初めてだ。
色々複雑な事情があって、沖田が面倒をみていると聞いている。
端正な彼女の顔が、近藤の返事に嬉しそうに微笑んだ。
これは組の若い男たちが騒いでいるわけだと、近藤は内心納得しながら、
椀のふたを開けて食べ始めると、斜め隣で沖田もまた食べ始める。
この男、沖田は、十代のはじめから家族と別れ、近藤の道場 “試衛館” にいた。
そのために近藤は、沖田から父同然の恩師という扱いを受けている。沖田はいつも、近藤が夕餉の時間に帰ることを分かっている日には、近藤より先に食べ出すことはしない。
待たずに食べてくれていいと言っても、笑って聞かないのだ。
その試衛館。
他の江戸の大道場からは、散々に、荒々しい野武士剣法と揶揄されていた道場だが。
試衛館では常、真剣勝負を想定し、真剣と同じ重さをもたせた太い木刀を稽古に使ってきたおかげで、
今この動乱の京で、近藤たちは、竹刀に慣れてきた江戸の大道場出身者たちの上をゆく剣で圧倒している。
それに、そうして成長期から重い木刀で散々鍛えてきた近藤と沖田は、当然、筋骨隆々の逞しい体をつくりあげた。
鍛え上げた胸筋と、どっしりした足腰に、鋼のような胴。
さらに沖田の場合は持って生まれた骨格にも恵まれ。高い背丈に、その広い肩は、逞しい上腕を支えて張り上がっていた。
申し分なく立派に成長した高弟の、褐色の精悍な顔を。近藤は誇らしげに見上げる。
「どうだった今日の外回りは」
そして今夜も、さっそく尋ねた。
局長である近藤は、沖田ら助勤職を直接に管轄してはいない。
彼らの実際の指揮は、副長である土方と山南がやっている。
だが、近藤もこうして、浪士たちの最新の動向を逐一確認していた。
「お、山南さん、おかえり」
「ただいま、近藤さん」
やがて広間に入ってきた山南も加えて、近藤たちは政治論に花を咲かせる。
山南もまた、近藤と同じく現状を憂いており。互いに励ましあう、大事な盟友である。
いつかは。いや、必ずや近いうちに。
本懐を遂げる。
近藤の想いは、日増しに焦燥とともに燻れども。
今宵もこうして近藤の、志に燃ゆる夜は更けてゆく。
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