凪が僕の部屋に住み着いて六日目にさらっと言った。

「私の両親は私の実の親ではないねん。私は養女として貰われて行ったけど、私には実の両親の記憶なんて何にもないねん」


 全ての展開が光の速さに思えた。まだ出会って一カ月と少し、八月上旬だった。部屋の北東隅に置いた観葉植物パキラについさっき与えた水が粒となって葉から落ちた。僕はそんな深刻なことを飾らず率直に自分だけに話してくれる凪が愛おしくて堪らなかった。


 凪は掃除、洗濯、料理、何でも甲斐甲斐しくこなした。親元を離れて一人暮らしの長かった僕にとって、それらは益々凪のことを好きになる理由にはなってもその反対になるはずもない。それまで女性に家事をすることを求めるのは男のエゴに過ぎないと思っていたにも関わらず。


「もしもし、今どこで誰と何してるの?」

「えっ、出水君と飲みに行くって言わなかったっけ?」

「ほんまに?じゃあ、出水っちに代わって」

「どうも藤本さん、三規生さんをお借りしてしまってすいません」

「じゃあ、ちゃんと返してな。利子付けて!」

 高嶺の花だった凪が自分に向けるそんな他愛ない嫉妬心も僕にとっては心地良さでしかなかった。

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