二
「今日から皆さんといっしょにレッスンを受ける藤本
その見目麗しい女性は人懐っこい笑顔と、字面こそ標準語だが、関西弁のイントネーションで簡単な自己紹介をした。
僕が凪に出会ったのはバイトが見付かったのと同じ年の茹だるような蒸し暑い夏の日だった。三年ぶりの猛暑に見舞われた七月。最高気温は30℃を優に超え湿度は70%を超えるのが常だった。僕が通っていたアナウンススクールでのことだ。
スクールには特に決まった入学時期はなく、月謝制のいつ入っても、いつ辞めても良いシステムをとっていた。芸能プロダクションの傘下ということもあり、スクールとしては良い人材を発掘できればそれで良いし、見込みがなくともきっちり月謝を納めてさえいれば何年だって在籍を厭う所以はなかった。
凪はその日に初めてレッスンを受けているとは思えない人当たりの良さと快活さで周囲の空気を和ませていた。自然と彼女の発言や発表の一挙手一投足に注目が集まる。その上(というか、それらがこの上か)、はっとするような整った目鼻立ちとスタイルだ。完全に僕の一目惚れだった。三分話しても生まれない恋もあれば、数秒眼球に認識しただけで生まれる恋もあるのだ(この段階では一方的にだが)。しかしながら、凪のあまりの美貌に自分には到底不釣り合いだと思ったのも現実だった。教室で凪と自然に言葉を交わすようになってからも、そんな彼女への劣等感は消せずにいた。
僕は師匠に、凪という女性に出会い、対する自身の気持ちを打ち明け、相談した。
「アホか。ナンパとは非日常や。三規生は毎週必ずその女に会えるんやろうが。それは日常や。お前の日常生活の面倒まで見きれるかいな」
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