第20話 過去・完了の助動詞
駅前の横断歩道の脇にはたくさんの花やジュース。
いずれも五十里優梨子への手向けの物だ。横断歩道にひかれた、現場検証のチョークの痕が外灯に照らされ、浮き上がって見えた。
その脇では、手を合わせ祈る一人の男性。背は高いが、まだ若く高校生のようにも見える。オレはその男性の邪魔にならない様、途中で買い求めたユリの花を道路の片隅にそっと捧げ手を合わせた。
「九角さん・・・・・・ ですよね? 」
手を合わせていた男性が、静かにオレに話しかけてきた。
「そうだけど、キミは?」
「やだな、ボクですよ、九角さん。巧です。光木茜音の弟、
こうして、話すのはもしかしたら、10年振り位なのかもしれない。ソコに立っていたのは、確かに光木茜音の弟、光木巧の面影を残していた。
「随分、背ェ伸びたな」
見た印象を語る以外、何を話して良いか言葉が浮かばない。
「高校に入って急に伸びました。今は181センチあります」
上背だけでなく、胸板も厚く、明らかに鍛えているのが見て取れる。
小学校の時は同じサッカークラブに属していて、何故かオレに異常に懐いてくれていたチンチクリンの小学生。それがオレの光木巧のイメージ全てだった。
「サッカー続けてるんだな」
「はい。昔と変わらず大学でもベンチウォーマーですけど」
確かオレとは5つ違いだから、今は20歳のはず。
「五十里さんは姉と仲が良かったので、ボクもスゴク可愛がってもらいました。なんで信号無視なんて・・・・・・」
自身が持ってきたのであろう、真新しいのマリーゴールドの花束の前で遠い目をする巧。
「五十里は信号無視をした車にやられたのか」
オレの脳裏に昔聞いた嫌なブレーキ音が甦る。
「いえ、五十里さんが歩行者用の信号が赤なのに、急に飛び出したって話です」
初めて聞く話だった。
「姉も五十里さんも突然過ぎますよね」
「あぁ」
五十里の事故について思考をめぐらせる前に、震える巧の声がオレを捉まえる。
「オレ、五十里さんにずっと憧れてました。初恋ってヤツです。結局、告白も出来ずに終わってしまいました・・・・・・」
その想いが本物であった事は、流れる涙と表情から察しがついた。
夜の帳。
行きかう観光客と外灯に照らされる供えられた花や飲み物。そして、そこに真剣な表情で佇む二人の男。知らぬ人から見たらシュールにさえ映るだろう。
「自分は姉の事も大好きでした。ケンカする事もありましたけど、朗らかで優しい自慢の姉でした」
「キミの姉さんはオレに、弟と仲が良いのを自慢していたよ」
「姉さん、そんな事を言ってたんですか?」
「ああ。高校の時に生意気だけど、サッカーが上手くて気持ちの優しい自慢の弟だと言っていた」
「九角さんを目の前にサッカーが上手いって言っちゃうのが姉さんらしい・・・・・・や・・・・・」
後半の声は震えが混じり、殆ど聞き取る事が出来なかった。
「今更だけど、オレの初恋の相手はキミの姉さんだ」
「あれだけ世間で騒がれましたから、流石に自分も……知ってます」
涙で少し声を引き攣らせながらも、巧はオレの言葉に答えてくれた。
巧は言葉を続けた
「姉の事を本気で好きになってくれてありがとうございました。アノとっつき辛くて、有名な九角先輩に好かれていたなんて、流石、姉さんだ」
オレの人物評としてはマイルドに思えた。
「とっつき辛いは余計だよ。それに勝手に過去形にするな」
「過去形?」
「『た』は過去・完了の助動詞だ。中学で習ったろ?」
理系のオレでは口語文法はかなり怪しいが間違ってはいない筈だ。
「オレは今でも君の姉さんの事が好きなんだ。だから、勝手に過去形にされるのは弟のキミであっても嫌なんだよ」
想いが生き続ける事を拷問と例える人がいたが、だとしたら、想いを勝手に消されるのは冤罪での処刑に等しいのでは無いだろうか。
「そういう言い方をするから、九角さんは、とっつき辛いって言われるんですよ」
オレは肩を震わしている巧のひとつだけ叩き、『隠れ処』へと向かった。
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