第16話 空になったコーヒーカップ

 1本の電話を入れリビングに戻ると、円詩子はオレの中学時代の卒業アルバムを眺めていた。背筋を伸ばし、静かな表情でアルバムを眺めるその姿を見れば、姉貴の見立てとおり、楚々としたお嬢様に見えなくもない。


「露子さんは?」

 静かにそう尋ねる円詩子の声は震えていた。


「少し仕事をするらしい。親父とお袋は寄り合いに出ている。だから、ココにはキミとオレしかいない」

「そうなんだ・・・・・・ 中学の頃から、茜音ってキレイよね」

 俯むいたまま、円詩子はアルバムに目を落とし、静かにそう声をもらす。


「ああ、キレイだと思う」

「アナタって、茜音の事にだけは素直なのね」

 少し悲しそうにそう笑う円詩子の瞳は俯きながらも何処か遠くを見つめている。


「茜音と最後に会ったのは6月の第二土曜日だったわ。桜木町で待ち合わせて、2人で映画見て、アウトレットで買い物して、馬車道まで出て食事して、野毛で買出しをした後、あたしの部屋でお酒を飲んだの。夜遅くまで、たくさん、たくさん、おしゃべりをしたわ」

 アルバムをしずかに閉じつつ、ゆっくりと顔を上げるとその瞳は涙で揺れていた。


「知ってる? 茜音って、酔うと笑い上戸になるのよ・・・・・・ ピーナッツが箸で上手く掴めないくらいで大笑いしたり、TVのコマーシャルで亀がゆっくり歩いてるの見て、ビールを噴出したりするの・・・・・・ あんなキレイな顔してるのにビックリでしょ? それにイギリスにいたときから凄くドジでね。だけど、すごくすごく思いやりがあってね・・・・・・ 」

 堰を切ったように涙が溢れだす涙。


「・・・・・・きっと、露子さんにウソをついてお家に上げてもらった罰ね。茜音との色んな楽しい思い出を一気に思い出しちゃったわ」

 声を上げまいと必死に堪えているためだろう、口元に手を当てながら円詩子は小刻みに震えている。


 オレは彼女の震えが治まるのを待つことしか出来ない自分に少し呆れながら、空になったコーヒーカップをいつまでも眺め続けていた。

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