明日は我が身


 あるプロジェクトにヘルプで入った時のですが、その現場は徹夜が続いている。よくある炎上案件でした。


 メンバーはすでに限界を超えています。

 限界を突破しているのも当然なのです。徹夜が続くのが日常になっていたのです。幸いな事に、その現場は使える風呂が近くにありました。着替えを洗濯出来る場所もありました。そのために、長期滞在を行っているメンバーが多かったのです。私たちヘルプメンバーは、メインでメンバーに休息を与えるためにやってきたのですが、そう簡単にメインメンバーが楽にならないのがIT業界です。

 問題だらけのプロジェクトのプログラムをいきなり渡されて、プログラムが組める人間などいません。パフォーマンスを発揮するには、正確な引き継ぎが必要になるのですが、引き継ぎをするくらいなら、自分でやったほうが早いのもこの業界では常識になっています。

 そのために、ヘルプメンバーを増やしてもメインメンバーの仕事が減るわけではないのです。


 それでは、何のためにヘルプメンバーを投入するのか?

 簡単に言えば、会社に対する言い訳です。そして、メインメンバーに週に一度か二度でも帰る時間を与えるためなのです。


 そうしないと死人が出ても不思議ではない状況になってしまうのです。


 人は、睡眠を取らないとダメな生物です。イルカのように、半分の脳を休ませるような起用な睡眠はできません。

 それは、歴史が証明しています。今まで、睡眠を取らなかった人は居ないのです。”産まれたばかりで死んだ子は寝ていない”とか誰も幸せにならないツッコミの必要はないです。人は、寝ないとダメなのです。


 しかし、徹夜が続いているメンバーたちは、自分が寝ている感覚が無くなっているのです。


 どうなっているのか?


 簡単です。気を失っているのです。「落ちる」柔道などの格闘技で使われますが、IT業界で「落ちる」は、寝落ちを示すか、サーバがダウンするか、どちらかを示す場合が多いです。そのために、デバッグをしていた隣の人間が急に動かなくなっても驚きません。

 居眠りを”船をこぐ”とか言いますがそういうレベルでは無いのです。

 キーボードやマウスを操作する音がしていたのに、急にしなくなったり、立ち上がって急に倒れ込んだり、ジュースを持ったままの状態で動かなくなったり、休憩場で死んだように寝ているのをよく目にします。

 その場合には、危険がなければそのままにします。居眠りではないのです。居眠りは、徐々に動作が緩慢になっていくのでわかります。

 「落ちる」のは、いきなり動作が停止するのです。それこそ、知らない人が見たら”死んだ”と判断するかもしれません。


 落ちた人間たちは、本人は起きているつもりになっている場合が多いので、おかしな状況になってしまいます。

 会社も事情が解っているので、ヘルプのヘルプを導入します。炎上案件では愚策です。人を投入してもうまく回りません。


 落ちる場所が増えるだけです。

 最初のメンバーだけなら、良かったのですが、ヘルプが入ってきて余裕ができた。そこに新たなヘルプが入る。第二陣は、本当のヘルプです。雑事を行ってくれるのです。それこそ、プリンターから打ち出された資料を持ってきたり、テストデータを作ったり、雑事をこなしてくれます。しかし、そうなると、メインメンバーは動かなくなります。落ちる頻度は減るのですが、落ちるタイミングが悪くなります。

 会議中に落ちてくれればまだ良かったのですが、会議が終わって、戻る階段の途中で意識を飛ばしてしまったのです。

 階段を転げるように落ちました。衰弱した身体には耐えられるダメージではありませんでした。


 階段で落ちた男性は、”事故死”扱いになりました。


 傍観者を決め込んでいたよその部署にも飛び火します。

 ヘルプを出している部署も、2週間や1ヶ月の約束でヘルプを出します。しかし、”返してくれ”と言えない事象が発生してしまったのです。そのために、ヘルプを出した部署もよほど余裕を持っていた部署を除いて、飛び火します。


 フロアー全体に火が燃え広がり、全社的な大火になるまでさほど時間が必要はありません。


 傍観者たちも火中なのです。


 ”明日は我が身”

 この言葉が、誰よりも解っているはずなのに、傍観者で居られると思ってしまった他の部署は、火が大きくなる前に消化に協力していれば・・・。


 日常の一幕がドラマチックになってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る