第87話

間に合うか合わないかの瀬戸際ではないが、遅い電車だと思う、もちろん準備不足と計量違いのミスとはいえ、悠長に乗る気分など持てない時は、風情はとろくささにしかならない、それでも川を渡る瞬間は、まばたきも止めて世界を見入ってしまう。


数ヶ月ぶりなら旅情もあろう、その二週間ぶりなら慣れに食われている、車窓はなぐさめにならず、浮き足立った生活の流れはやまず、できる作業を探してしまう、腰を落ち着けて窓を見ればいいものを、昨日そうしたから満足だと、内向きな視点で目に負担をかけてしまう。


愚痴の程度が高すぎて、いくらか高尚な内容をつぶやけないものだろうか、詩趣のほころびさえなく、世間にも届かない愚図が口走るのみ、光と風に天気を併せるばかりで、警句の一つでももぎ取れないだろうか。


狭隘という言葉に親しみを覚えるくらいだから、薄薄にもならない、別意なく捕まえられる、いかに陋劣かと、作法は常常遷延として触れられず、焦がすこともできない心気をひったくる、わずかでも深厚に近づけたら、感じる言葉は様変わりするだろうに。


砕けきれなかった前夜が、宵越しの気分で朝を寝坊させている、二度目に関しても何のその、自己責任をうっちゃってままにふらつく、しょせんのあきらめを開示して、自分なんてぶつぶつと、根暗にならない柔らかさで、放屁と風が混じり合う。


構想のない頭はいかようの夜を過ごすか思案する、右か左か、それとも中か、合理と欲で推し測る、こんな生活ばかりだ、決断は退勤前にされるとはいえ、他に頭の使いようがあるのに、早く空想に思念したいと、日日のさまつを追うばかり。


決め手はスウィーツを作れるかどうかだった、文などシェア生活に役立たない、それより食を補助してくれる女の子の方が、無粋な観察者の男よりずっと必要だろう、人を幸せにする食べ物か、他人の芝が青く見えてすぐに、喜んでもらえた文章もあったと慰める。


褒め言葉は嬉しくても特別な事ではない、畑を異にすれば互いは賞賛に値する、むしろくそみそけなされるくらいでないと、人に好かれるよりも嫌われて平然といられるように、甘い評価は陰口よりも身を汚す、ほどの警戒がちょうどいい。


朝の目覚めはようようと、あと五分の布団にうなだれる、蓄積される体感だから、予想の頭はときおり首をひねる、おせっかいだと思っていたら、振り返るとそうでもない、冷気を寒さにしないすがすがしさを、若さとの接しによびおこす。


呼び声に対しての返答は大音声で、無口な奴の一声はコールセンターに雑音を混ぜる、気勢が運を呼び込むように、元気とは違う柔和が行き届く、それはおそらく気候のせい、しかし自らが呼び込んだものとして、穏和な頭が揺らいでいる。


カゴ台車を押すレリーフを象る、蛇のスティックを携えて、両手両足は顎を開くように、受粉させるべくダンボールを乗せる、中は熱湯が適温だろう、出汁がひたひたに溢れて、蜜月は滴るままに不和をこぼしていく、そんな午後のワンシーンだ。


気取った酒という固定観念はいまだはびこっているが、ワインも日本酒もそう変わらず、焼酎もウィスキーも同じ位階にある、なにせ二十年を経た芋の古酒だってある、その味わいは樽熟成とどのように違うか、オシャレとジジ臭いは似ており、つまるところ偏見を飲み込むに過ぎない。


三週ぶりだが公園沿いは、目抜き通りを逸れた休日の居場所で、ありがちなただいまを感じさせてくれる、節約ばかりで頭はでっかちだったか、すこし余裕を持たせば清貧とは異なる刺刺しさを和らげてくれる、外気の入り混む店内で、ここでしか得られない背筋が伸びる。


目の乾きを潤すように、公園の水飲み場で噴水が顔面を直射する、経験足らずよりも不作法に、ひねる蛇口がせせら笑っている、初冬の曇り空に青さが覗くほどだ、しかし気分は暗くならず、走る子供に笑われればと、小恥ずかしさにほくそ笑む。


瞬時にのぼせあがる、そんな意味は込められていないのに、ただちに疑う、自信は常に浮島よりも軽いから、人の戯曲に刺激される、生むことの苦労をわずかでも思い測れるので、だからこそ苦言か、そのたくましさが欲しくなる。


肥えた文字は照応を待つ、退勤のチャイムを、懇望してやまない隙間にひとりごとして、放つ、進む時間のまにまに停頓するそばには、働ける紙の量が重なる、肉にささらない歯牙はむなしくつぶやかれ、合図を持ってその場から去る。


誰かに使われることをどう思う、場合によりけり、出勤直後の依頼に苦虫が飛び散る、またこれか、何をそんなに慌てて見込むのか、取り集めのミスのように頼んだのか、ぶつくさ言いながら従う、それを仕事というのだろうか。


数日先の予定において、天候でどのような交通を使うか、考えても時間の無駄と知っている、それでも案ずる、ぎりぎり間に合うほどだから、それを考慮して浪費を知りながら、毎日の天気予報を見る、ほかに選択肢ができないから。


話す言葉は刪述されているのに、書く文章は無駄の境地のごとく漠然としている、見聞きすれば昭昭だろう、中道を打つ正声を欲するものの、変易なき態度は類比なく、痴愚がうろつく。


下手だからこそ文飾がやめられない、かざらない態度に清麗が光り、衒いきった者は荊榛に暴れる、上から下への流泉の心持ちで、廃興など構わず笑みにする、須臾にもがき喜ぶ、何もできず変転にからまる。

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