第52話

向こうのスーパーに目を休めるべく置けば、蒸気が蜃気楼している、間におでんがあったり燗所があったり、冬の鍋さえ湯気を立てている、明るい照明にさかさのワイングラスが煌めいて、とりどりの夢を見せてくれるなんて、思わない、口笛の音楽は耳に聞こえて、ただ唇を尖らせるばかり。


明日休み、だから今日は動こうと、いきり立つ体をおさえながら、顔に気持ちは意識する、休み一日で調子は戻り、ふわふわした気分とは裏腹に、一気に狂暴にもなりうる、雨がしとしと降っているから、しみじみ働き転がればいい。


すっかりしかめ面がくせになった、それほど顔に表す思いもないくせに、やはり誰かのならいでそうなるのだろう、やたら表情を動かしてばかりで、内にそれだけ感情の変化でもあればいいのに、一辺倒だからこそ様様になりたがる。


みのむしの絵の前に休憩する、白くひっかいたような筆触に、本日の特別展でのメールが思い出される、懐古する国と街は時計裏の悪意か、一方には正義があって、多数に非難がある、一本の紐にそれぞれぶら下がる構図に、ふとふと蜘蛛の糸。


茎の太いサトイモ科の葉に囲まれる、星形の重なったような図柄の絨毯にかかとをつけて、どこかの足音が耳につく、水分の足りない時候に目はあくびして、とうとうと向こうの日差しから陰を受ける、まだ休み、開きっぱなしのまなこに少しの休息を。


先走りするクセは変わらない、悲嘆に打ちひしがれて、声もままならないくらいなら、誰かはたくさん話してくれて、引き出せる、火傷するほどの温度差ではなくても、痛みを覚えるほどに熱されているなら、うっかり近づく者も減るだろう。


春の息吹を眠気抜きに感じる、ただ新しい人の入りによって、頭が禿げあがるようだ、この新鮮な幕開けが何よりも貴重で、身内を感激でよみがえらせると言えば、ひどく気色悪くなるだろう。


気力や体力のせいにならない、暇さえあればのそれがしのくせは、あきらめによってやんでしまった、たとえ実行に移さないでいても、安楽な気分を持つような頭の向きはとがめるべきだ、辛く悩ましくても、意欲は絶対に失ってはならない。


霧雨に歩かされて公園を通れば、秋模様が地に敷かれている、昨日の画面は雪景色のあとに春の息吹で、虫の音はすでに消えてしまったか、朝と夕は短くなって陽光を昼に限定している、進みに気づくのが遅いせいか、憂愁の訪れがまだないとはっとする。


松は色を変えずと喜ばれていた、自分は散る変化のほうが好ましく、葉を落とさなくても伸びきった毛は切る必要がある、それは落ちるといわないか、沈みがちの季節に静かでいられるのは、あの子のせいか、それとも自然のおかげか。


しめやかな雨模様を足下に感じながら、すこしだけ耳を休ませる、北欧の音楽が気分も天気も波長を合わせていても、耳を開ければにぎやかな旅行の会話が店内に思い出されるよう、今日はひさしぶりに昼から一飲みを、それはうまみもよりもふくよかな白ワインで。


底に残ったコーヒーでねばるように、香水を鼻にしながら席に居着く、雨が降れば客は少ないと思えば、しずくを逃れて人人は集まってくる、バトミントンもボール遊びも今日の公園にはない、掃けない落ち葉を自由にさせて、ときたま雨傘が横切るだけだ。


帰り来ない主人を待つ犬のように、二階のカフェから通りを眺める、アイデアを形とする実像が降りてきては下を向き、尽きれば再び通りに待つ、感想とは異なる想像世界は作法が異なり、一緒に考えて出来ないことを悲嘆してはいけない。


同時に持つことは可能でも、やはり力は分散される、新人が頭を大きく埋めるなら、元にあった人への関心は薄れる、思い描く対象は若返りして、面と向かった両の眼はマスクの上で笑っている、しかし同じ失敗は繰り返さない、余計な手出しはせずに、見守る気持ちで華を迎えていたい。


誤情報に従って足を運べば、予定と異なっていても入れてもらい、一杯する、すると先週の予定がずれていたらしく、ひょんなことで調子が合う、良い事だ、他では味わえない浸かりに微笑み、鯛も鰆も身がほどける、間違っていることが正しい一時もあると、にやにやする夕だ。


百合の香りはバジルの匂い、誕生祝いの花束に埋もれて花弁を開くすぐそばには、仏炎包にたわしのような黄緑の袋が、秋風は屋内に吹き込み階段を伝って香気は拡散している、まだまだいわれのない憂悶は来ない、このまま冬さえ越しそうだ。


陰気に対しては徹底した抗戦を、観察と分析ばかりの我が身だからこそ、同種の卑劣で偏狭な言動を嫌悪する、肝心なのは時と場で、常に太陽から隠れるように愚痴愚痴するのは、声音の小ささだけで厭われるべき、それがすぐ後ろに近づいたら、胸のむかつきは昂進する。


たった数台の自転車だけで、世界の彩りがすべて反射しているようだ、昼前に鋭く斜めを区切る光と影に、水面の反映が星を瞬かせる、こんな日はステンドグラスを透過して、トレンチコートも厚く温度をとどまらせる。


メロンのようにふと味が思い出される、自然のまんまの娘の味は、にゃんにゃんにゃんと擬声して異郷の響きを歌わせるよう、とはいえ醸しは黒くない、飴色がかった滴の澄みきりが、今も日中食指をそそらせる。


知らせに慌てて家を出れば、商業目的ではなくても広告に用いるつもりだったか、画像を残す媒体を忘れる、おそらくそれで良いのだろう、便利な道具に頼って記憶をなおざりにするより、一手間かけて稚拙で汚すか、たぶんそれをしに来たのだろうと、スケッチに目をしょぼつかせる。

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