第42話

昔はデパートの入口だったが、今では木花を運んだ段ボールが埋めている、そういえば隣のフラワーショップに塞がれたコーヒーショップもあった、ガラスの奥は宝くじ売場にあり、世俗と上質が板一枚に隔てられている。


デパートは昔からあった、それはスーパーと同じで、変化した自分がそこに価値を見出した、大きな展覧会で体力と時間をぶつけるよりも、合間合間の隙間に鑑賞を置くことで、転換となり、養分となる、学習は自身を光らせる、それは毎度の新鮮な洗浄だ。


酒は命の水だなんて、たった一日の空きのあとに拝むほどだ、へたに効けば狂いそうになるが、うまく酔えば平時の違和感は消え去り、近視眼の中で世界に集中できる、ほど良い顕微鏡は一人部屋を作り、研究熱心に没頭させてくれる。


それほど注文したわけではないのに、気のきいた一杯の水が運ばれてくる、グラスもプレートも片づけられて、さあ帰る準備での一時の給仕だ、好きなぬるい水が数分腰をのばしてしまうが、こういう締めのサービスがあると、心が本当に潤される。


くしゃみを一度、二度、続けてとまらず、珍しいと思いつつ大きく息を吸うと、破裂する前に首の後ろに吸引されたように丸い痛みが発生する、これか、腰ではないが、ぎっくりか、こんな些細では、寝違えるよりも納得できない。


くしゃみをして得た首の痛みこそ、なにかすべてのような気がする、つまづいて骨折するように要領を得ないが、どう飲み込むかなのだろう、鼓膜に異常はなくとも耳に狂いはある、こういうことなのだろう、もう受け入れて生きるしかない、この覚悟の一点だろう。


四日経って怒りを覚える、下手だとは思っていたが、数日のあとも馴染まない髪型に、腕の悪さよりも配慮のなさを感じる、分け目に注意してください、その言葉に仕返しをするように、へこんだ畝に雑草がぴょんぴょんしている、おかげでようやく、切る場所が定まったようだ。


闘争の熱さだけを見ていたらしい、看板を立てて拡声器でがなる文句の中身ではなく、その表面だけで寄せつけていなかったのだろう、問題が出され、それに対しての解説と解決が理論で述べられると、感情だけでない理解として飲み込める。


ロールで巻いたサラダなんで涼しげだ、サボテンが佇立する太陽で生まれたパンケーキは、鶏や牛にグリーンを巻く、ワニが闊歩しそうな湿地のイメージを持つ偽りのメキシカンだろうか、ところで変貌して装いを異にした巻物を、たっぷりつめて注文するアメリカン。


休みの日課としての読書が行われないと、仕事のずる休みよりも頭にまとわりつく、形を変えて出来たのではないだろうか、そんな疑念のつきまとう時間があり、普段気にならない髪の毛にもストレスを覚える、やはりしたほうが、そう思う気力のありあまりだ。


路面反射だけで火膨れしそう、雨を避けるようにスカーフで頭上を覆う老婆があり、焼け死ぬことを回避しているのが見てわかる、シエスタの照射だ、日傘でも肌を濡らす日光の土砂降りが、不思議と思える雨の多かった今夏だ。


知らんぷりしていた靴底が、ベランダの洗濯ばさみのように劣化している、立ち寄った修理屋さんに訊けば、少しの手間で売り上げを手に入れるのではなく、最善の方途を授けてくれる、金もうけにマスクを売るスタンドもあれば、良心で遠ざけて気持ちをくれる店もある。


魂から泣く子を知っている、そう頻繁に起きるわけではないが、時たまそういう事がある、それは赤子が口を大きく開けて声を出すのと同じで、理由はあるが大人には説明にならない、それは一個の中で生じる意欲の衝動であり、純粋な悲鳴なのだ、そういう姿を見ると、自分も他人も、生かしたくなるものだ。


お盆だからか、まだ空は明るくとも、あたかも子供のように人人は街から消えていく、暑さか自粛か、夏は夜こそ生動するのに、家の窓から吹き込む風に食卓を囲むのだろうか、それともテイクアウトを並べるのだろうか、置いた鞄に蟻が歩く、足下には雀が跳ねる、小さいものはまだまだ元気だ。


休日は平日よりも形式が定まっている、そんなことはなくても、午前すること、それから午後にすること、根本は変わりなく、動きもほとんど同じだ、雇われの少ない日日においても、必然と時間割が決まっていたから、人工的に区分する習わしなのだろう。


食事は連鎖していく、一つを触媒として違った店へ移ろう、その流れの中で気になりながら入らなかった店へわざわざ運ばれる、こんな日射しの中で、そんな時は息が詰まり、早く太陽から逃れたく、要領の悪い仕事とみなして、並ぶ列を越えて席の空いた店内を覗く。


昼を解散の合図として、紙面を好きに埋めていく、もう少し時間が進めばエネルギーは別に注がれて、まだ余力を残したわき水としての表出は別の方向に行くだろう、まだ二連休残っている、来月の休みのつながりも考えると、ようやく一区切りがつけそうだ。


打ちっぱなしのコンクリートに、白く巻かれたむき出しの配管が天井に、白く清潔な杉材らしき木目が色をつける、流行りの店とはこういうことか、セメントの区画が資本をちらつかせている、アイデアを集合させる力の大きさを感じつつ、制御できないスタッフの運動に個人店の威力を見透かす。


テレビに赤いユニフォームの中継を見ながら、いつ以来の立ち呑みだろう、前回に喋ればいいと焦っていたのは、慣れていないのおせっかいだろう、ミスがあったからこその慎みだろう、一杯で頭がふらつくからはみ出すことは無いだろう、イカでほどほどにするだろう。


ウィルスにはそんな怯えないが、細菌にずっと疑いを持ち続けていた、乾いていないイカを口に運んでは筋トレのように噛み続け、右手を動かしてばかりいる、さすがに杞憂は杞憂に終わったから、眼の疲れを原因に据えて、抑えることない活動を維持しよう。

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